1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.8 小石川 3

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「もしかして、英紀君と栄二君は協力関係にあるかもしれない。そうは思わなかったの?」
「それは……」
 なんだか責められたような気がして、真理亜は黙ってしまった。
「ごめんなさい。責めるつもりはなかったの。もし本当に栄二君がそんなことを企てているのだとしたら、全部私があの家を守りきれなかったのが原因だもの。まさか、そんなことが起こってるだなんて思わなかった」
 呟いて、小百合がうつむいた。
「でも、まだわかりません。だから直接会ってお話を伺いたいんです。大月さんの居場所を何かご存じありませんか?」
 必死な真理亜の瞳に押され、小百合が折れた。
「わかったわ。けれど私が知っているのは、彼の電話番号くらいなの。どこに住んでいるかまではちょっと」
「そうですか……」
 出来るなら直接会いたかったが、自宅の場所も分からないなら仕方がない。電話を掛けて見ます、と真理亜は腰掛けていたソファから立ち上がったところで、
「これは私の勘なんだけれど」
 と小百合に声を掛けられた。
「勘?」
 なにやら意味ありげに微笑みかけられ、真理亜は困惑した表情を浮かべた
「ええ。私の勘は良く当たるのよ。多分、栄二君は上野にいると思う」
「上野?」
「ええ。上野のどこかまではわからないけれど」
 そう言われて、真理亜はそれを信じてよいのか迷った。もし本当に上野にいたとしたら、この人は大月さんについて、本当は何か知っているのではないだろうか。あるいは、適当なことを言って、真理亜を大月に近づけないようにしているのかもしれない。
 無くなった孤児院の為に大月さんがそんなことをしているなんて信じたくない。口ではそう言いながらも、その実大月さんを、いえ、菅野さんだって、裏で操っているのは彼女かもしれないのだ。大事な孤児院を失って、誰よりも悲しんでいるのは彼女のはずだ。
 けれど真理亜には、とても彼女が悪い人のように思えなかった。それこそ真理亜の「勘」ではあったが。
「わかりました。電話が通じなかったら、上野に行ってみます」
「くれぐれも気をつけて頂戴ね」
「ええ。ありがとうございました。お洋服、必ず返しに伺いますから」
「その時は、すべてが無事解決していることを祈ってるわ」
 そう真理亜を送り出す小百合の手は、なんだか暖かかった。まるで、前に水で濡れてしまった真理亜の身体を、菅野が「力」を使って暖めてくれた時のような。
 まさか。そんなわけないわ。あんな不思議な力、使えるのは菅野さんくらいのものよ。
 真理亜は三井家を後にすると、まずは公衆電話を探すことにした。
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