1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.9 上野 1

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 雨が降っている。ぼんやりと眺めていた窓の外では、ざあざあと雨粒がコンクリートに打ち付けられていた。まるで明日のオリンピックなぞいっそ中止になってしまえばいいのに、と騒ぐ父親が雨を降らせたかのようだった。
 昨日、小百合に教えてもらった電話番号が通じず、結局小百合の勘を頼って真理亜は上野に出た。街中はなんだか妙にそわそわしていて、いつもの東京とは違うようだった。おそらく外国からの観光客が多かったからなのだろうけれど、真理亜はまるで知らない場所に迷い込んでしまったかのような心細さを覚えた。
 上野と言っても広い。大月さんはどこにいるのだろう。いや、そもそも本当にここにいるのだろうか。まったく信ぴょう性もなにもない、勘で言われた場所をうろうろして、ただの時間の無駄なんじゃないかしら。こうしている間にも菅野さんは大変な目に合っているかもしれないというのに。
 動物園、美術館、博物館。アメ横に上野松坂屋、吉池屋。
人ごみの中を駆け抜ける。時折スーツ姿の男性を見かけては顔を覗き、相手に怪訝そうな顔をされる。背の高いひょろりとした男の人を見つけては、声を掛けようかどうかためらう。けれどどれも皆他人の空似で、探し人には巡り合わない。
 なんだか空気が湿ってきた。空も暗い。不安は増すばかりだった。疲れた脚を引きずって、真理亜は藁にもすがる気持ちで神頼みに来た。もうどの神様だっていい。上野公園の不忍池近くの、東叡山寛永寺。真理亜は財布から五円玉を取り出すと、賽銭箱に投げ入れた。五円で見つかれば安いものだわ。
 それでまさか本当に神様が願いを聞き入れてくれたのかは知らないが、ぐったりした真理亜が不忍池近くのベンチで休んでいると、首をフリフリ歩いていく鳩の大群と共に、体格のいい男性と、背の高い男性の二人連れを見つけた。一人は怪我でもしているのか足を引きずっていて、一人は疲れがひどいのか、とぼとぼと歩いている。池で甲羅干ししている亀だってもっと早く歩くだろうと思うくらいの歩みの遅さだ。
 きっとあれも他人の空似だわ、見に行くだけ無駄よ。疲れてしまった真理亜は一度そう思ったものの、背の高い男の方の格好が妙に気になった。白いポロシャツに、バミューダパンツ。そこらじゅうにある組み合わせだけれど、銀座で真理亜の隣に立って、人々の視線を集めていた彼の姿が重なった。
 まさか。そんなわけがない、そもそもあの二人が一緒に外を歩いていることがおかしい。だって菅野さんは大月さんに捕まってしまったのよ。なのになぜ、親しそうに話している――?
 話を聞くつもりで大月を探していたのに、途端に真理亜は話しかけるのに躊躇してしまった。二人を見つけて、私はなんて言えばいいの?
 大月さん、これ以上菅野さんを巻き込まないで頂戴?
 それとも。
 英紀さん、私を守ってくれたのもお金の為だったの?
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