83 / 101
1964.10.10 開会式 君が代演奏 2
しおりを挟む
演奏が終わり着席すれば、いつの間に置かれたのか、空いたC―85の席に黒いバッグが置かれていて、正志は迷う頭を振り払った。今更後戻りなど出来るものか。ここまで来たら、転がるように駆けていくだけだ。
けれど懸念されたのは、隣に座るあの女が何者かということだった。もしかしたら、警察の差し金なのかもしれない。正志は躊躇した。単にトイレに並んでいただけかもしれないが、ぎりぎりまで現れなかったのがいかにも怪しい。
さらにわからないのは、先ほどまで確かに誰かが座っていたはずなのに、突如として生まれた空席だった。C―85より前方の席が一つ空いているのを見つけた正志は仰天してしまった。しかもそこにも黒いバッグが置かれている。正志は、混乱してしまった。
これは警察の罠なのだろうか。確かに俺は空席に金を置けと言った。何か所か空席が生まれたとしても、そのうちのどれかに置くように指示したはずだ。それがなぜそうなった?
前方の席も、両隣は女だった。片方はおばさんで、もう片方はポニーテールの若そうな女。一方後方の席は、グラマラスな女と、厳ついオッサンが空席を挟んで座っている。
本来俺が指定するつもりだった席はC―85、つまり後方の席だ。あの両隣の男と女はいかにも怪しい。警察は、あらかじめ俺がどの席を目指しているのか知っていたのではないか?
だとしても、なぜダミーを違う場所に用意する意味がある?必死に正志は考えた。これは、警察の仕業なのか。それとも。
正志が動くのをためらっている間にも、式は進行していく。各国の選手らがにこやかに手を振りながら入場してきた。それに合わせるようにキラキラと光り輝く花火が打ち上げられ、会場はさらに盛り上がる。
さあ、俺はどう動けばいい?正志が視線をC―85の席へと戻した。だが戻した視線の先には、あるはずの黒いリュックとグラマラスな女の姿も消えてしまっていた。
「くそ、何なんだ!」
叫びながら正志は、手前のもう一つの空席へと目をやった。そこには依然として黒いバッグが置かれていた。その隣にいるポニーテールの女の子が、なにやら身を乗り出して空を仰いでいる。その方向を見て正志は納得した。女の子の視線の先には聖火台がある。きっと、ランナーの到着を待ちわびて身を乗り出しただけだろう。だがまだ選手らが入場し始めたばかりだ。ずいぶんと気の早い娘だ、正志は思った。
あの女の子は関係がなさそうだ、どちらにせよ金の入っていそうなバッグはもう一つしかない。あれをかっさらって、あの隣のお嬢ちゃんには悪いけれど、もし偽物だったらこの会場を火の海にしてやるまでだ――。
正志は立ち上がった。そして、歓喜に沸く会場の中を移動する。鋭い目つきの男らがこちらを見ているのには気が付いたが、もうなりふり構っている場合ではなかった。
構うもんか、俺に飛びかかってでも見ろ、この爆弾が火を噴くまでだ。まさかこれだけの人間がいる中でチャカを使うわけにもいくまい。もし撃とうとでもしやがったら、そうだな、あのお嬢ちゃんでも盾に使ってやる。
人々を押しのけて、正志はバッグの置かれた席へと辿りついた。先まで身をねじって聖火台の方を見ていた女の子が、驚いたようにこちらを見た。青い目だった。
「外人か?」
とっさに思った言葉は口をついて出ていたらしい。その言葉に女の子が反応したのか、
「あなたは……誰?」
と怯えの色を瞳に浮かべて後ずさった。
「もしかして、あなたも草加次郎の一味なの?」
なぜ、コイツがそれを知っている?こいつは無関係の人間なんじゃなかったのか。もしかしたら、これも罠なのか?
草加の名を聞いた途端、正志の全身に危険を知らせるアラームが鳴り響いた気がした。罠だったのだ。とっさに、正志は荷物から水筒を取り出すと、汗ばんだ手でライターに火を灯した。
けれど懸念されたのは、隣に座るあの女が何者かということだった。もしかしたら、警察の差し金なのかもしれない。正志は躊躇した。単にトイレに並んでいただけかもしれないが、ぎりぎりまで現れなかったのがいかにも怪しい。
さらにわからないのは、先ほどまで確かに誰かが座っていたはずなのに、突如として生まれた空席だった。C―85より前方の席が一つ空いているのを見つけた正志は仰天してしまった。しかもそこにも黒いバッグが置かれている。正志は、混乱してしまった。
これは警察の罠なのだろうか。確かに俺は空席に金を置けと言った。何か所か空席が生まれたとしても、そのうちのどれかに置くように指示したはずだ。それがなぜそうなった?
前方の席も、両隣は女だった。片方はおばさんで、もう片方はポニーテールの若そうな女。一方後方の席は、グラマラスな女と、厳ついオッサンが空席を挟んで座っている。
本来俺が指定するつもりだった席はC―85、つまり後方の席だ。あの両隣の男と女はいかにも怪しい。警察は、あらかじめ俺がどの席を目指しているのか知っていたのではないか?
だとしても、なぜダミーを違う場所に用意する意味がある?必死に正志は考えた。これは、警察の仕業なのか。それとも。
正志が動くのをためらっている間にも、式は進行していく。各国の選手らがにこやかに手を振りながら入場してきた。それに合わせるようにキラキラと光り輝く花火が打ち上げられ、会場はさらに盛り上がる。
さあ、俺はどう動けばいい?正志が視線をC―85の席へと戻した。だが戻した視線の先には、あるはずの黒いリュックとグラマラスな女の姿も消えてしまっていた。
「くそ、何なんだ!」
叫びながら正志は、手前のもう一つの空席へと目をやった。そこには依然として黒いバッグが置かれていた。その隣にいるポニーテールの女の子が、なにやら身を乗り出して空を仰いでいる。その方向を見て正志は納得した。女の子の視線の先には聖火台がある。きっと、ランナーの到着を待ちわびて身を乗り出しただけだろう。だがまだ選手らが入場し始めたばかりだ。ずいぶんと気の早い娘だ、正志は思った。
あの女の子は関係がなさそうだ、どちらにせよ金の入っていそうなバッグはもう一つしかない。あれをかっさらって、あの隣のお嬢ちゃんには悪いけれど、もし偽物だったらこの会場を火の海にしてやるまでだ――。
正志は立ち上がった。そして、歓喜に沸く会場の中を移動する。鋭い目つきの男らがこちらを見ているのには気が付いたが、もうなりふり構っている場合ではなかった。
構うもんか、俺に飛びかかってでも見ろ、この爆弾が火を噴くまでだ。まさかこれだけの人間がいる中でチャカを使うわけにもいくまい。もし撃とうとでもしやがったら、そうだな、あのお嬢ちゃんでも盾に使ってやる。
人々を押しのけて、正志はバッグの置かれた席へと辿りついた。先まで身をねじって聖火台の方を見ていた女の子が、驚いたようにこちらを見た。青い目だった。
「外人か?」
とっさに思った言葉は口をついて出ていたらしい。その言葉に女の子が反応したのか、
「あなたは……誰?」
と怯えの色を瞳に浮かべて後ずさった。
「もしかして、あなたも草加次郎の一味なの?」
なぜ、コイツがそれを知っている?こいつは無関係の人間なんじゃなかったのか。もしかしたら、これも罠なのか?
草加の名を聞いた途端、正志の全身に危険を知らせるアラームが鳴り響いた気がした。罠だったのだ。とっさに、正志は荷物から水筒を取り出すと、汗ばんだ手でライターに火を灯した。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる