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1964.10.10 開会式 君が代演奏 3
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「何?」
怯える女の子の声に、その近くの観客らが反応した。彼らも異変に気が付いたのか、炎をかざす正志に目を見開き後ずさる。目の鋭い男たちがこちら目がけてやって来る。
ふん、撃てるもんなら撃ってみろ、出来るはずがないだろう、正志は自分より背の低い女の子のポニーテールを片手でつかみ、もう片方の手で水筒から伸びる導火線に火を点けようとしたところで、ドン、という大きな音が響いた。
まさか、誤爆か?
自分の作った爆弾が謝って暴発してしまったのかと思い、正志は思わず頭を庇った。だが一向に火の粉は振ってこらず、代わりに反対側の席から、おお、という感嘆のどよめきが聞こえてくる。何事かと顔をあげれば、真っ青な空に、仄かにキラキラと光る光の欠片を捉えた。
「花火だわ」
「ああ、日本の選手団だ」
ひときわ大きい、赤い花火が打ちあがった。青空の中で光り輝く、美しい日の丸のようだった。日本の選手団が、会場へと足を踏み入れた時だった。どうやら花火が上がったらしい。喜ぶ観客らをよそに、厳つい目の刑事らは何やら慌てた様子であたりを見回している。
おかしい、これは演出ではなさそうだ。その様子から正志はそう判断した。
もしかして、アイツが余計なことをしたのだろうか。神宮近くの公園で、菅野と大月の姿を見かけたことを思い出していた。アイツが、あの変な力を使って、俺の邪魔をしにきたんだろう?
ギラギラと血走る瞳であたりを見回したが、菅野らの姿を見つけることはできなかった。代わりに、鋭い目つきの男らが迫ってくるように正志には見えた。
「畜生!」
正志は叫んだ。そして、シガレットケースから煙草を取り出し、一斉に火を点ける。水筒型の物と比べると断然威力は下がる。けれど目くらまし程度にはなるだろう。それらを辺りにまき散らかすと、モクモクと煙が湧いて出た。 その隙に乗じて。正志は女の子のポニーテールを片手に、もう片方の手で黒いリュックを掴んで駆けだした。リュックは想像上にずっしりとしていて重い。正志は思わずうねってしまった。自然と手には力が入る。それは髪を掴んだ左手も同じで、
「い、痛いじゃないの!」
青い目の女の子が文句を垂れるが、この際仕方がない。こいつは警察の駒なのだ。俺を騙した代償として、コイツをさらって行こう。こいつの命が惜しければ、俺を捕まえようだなんて変な気を起こすんじゃない、と。
駆けていく会場の出口の近くで、着物姿の婦人がちらとこちらを見た気がした。まさか、あの人がここにいるはずもない。正志は正面だけを見据えて進む。
警備の人間らに目くらましの爆弾を巻き散らかして、正志は明治公園へと出た。ものすごい人出で動くこともままならないが、それは追っ手も同じこと。それどころか、群衆を危険にさらすわけにはいかないやつらの方が動きにくいに決まっている。
人の間を縫いながら、正志は逃げる先を考えていた。さて、どこに行くべきか。そこでふと思いつく。
爆弾の作り方に紛れていた、青野の資料。そうだ、あそこなんて格好の場所じゃないか。うまくいけば、別の方法でオリンピックを台無しにしてやれる。金を奪っただけじゃ物足りない。
掴んだ細い手を力いっぱい握ると、女の子が悲鳴を上げた。それに構わず、正志は駆けていく。
怯える女の子の声に、その近くの観客らが反応した。彼らも異変に気が付いたのか、炎をかざす正志に目を見開き後ずさる。目の鋭い男たちがこちら目がけてやって来る。
ふん、撃てるもんなら撃ってみろ、出来るはずがないだろう、正志は自分より背の低い女の子のポニーテールを片手でつかみ、もう片方の手で水筒から伸びる導火線に火を点けようとしたところで、ドン、という大きな音が響いた。
まさか、誤爆か?
自分の作った爆弾が謝って暴発してしまったのかと思い、正志は思わず頭を庇った。だが一向に火の粉は振ってこらず、代わりに反対側の席から、おお、という感嘆のどよめきが聞こえてくる。何事かと顔をあげれば、真っ青な空に、仄かにキラキラと光る光の欠片を捉えた。
「花火だわ」
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おかしい、これは演出ではなさそうだ。その様子から正志はそう判断した。
もしかして、アイツが余計なことをしたのだろうか。神宮近くの公園で、菅野と大月の姿を見かけたことを思い出していた。アイツが、あの変な力を使って、俺の邪魔をしにきたんだろう?
ギラギラと血走る瞳であたりを見回したが、菅野らの姿を見つけることはできなかった。代わりに、鋭い目つきの男らが迫ってくるように正志には見えた。
「畜生!」
正志は叫んだ。そして、シガレットケースから煙草を取り出し、一斉に火を点ける。水筒型の物と比べると断然威力は下がる。けれど目くらまし程度にはなるだろう。それらを辺りにまき散らかすと、モクモクと煙が湧いて出た。 その隙に乗じて。正志は女の子のポニーテールを片手に、もう片方の手で黒いリュックを掴んで駆けだした。リュックは想像上にずっしりとしていて重い。正志は思わずうねってしまった。自然と手には力が入る。それは髪を掴んだ左手も同じで、
「い、痛いじゃないの!」
青い目の女の子が文句を垂れるが、この際仕方がない。こいつは警察の駒なのだ。俺を騙した代償として、コイツをさらって行こう。こいつの命が惜しければ、俺を捕まえようだなんて変な気を起こすんじゃない、と。
駆けていく会場の出口の近くで、着物姿の婦人がちらとこちらを見た気がした。まさか、あの人がここにいるはずもない。正志は正面だけを見据えて進む。
警備の人間らに目くらましの爆弾を巻き散らかして、正志は明治公園へと出た。ものすごい人出で動くこともままならないが、それは追っ手も同じこと。それどころか、群衆を危険にさらすわけにはいかないやつらの方が動きにくいに決まっている。
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