山姫さま ヒトの都を 冒険する

鷲野ユキ

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山姫さま 怪しい男に スカウトされる

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山姫さまたちが、海姫さまに会ってからのことです。
(詳しくは前作、「山姫さま オコジョと狐と 海に行く」を読んでくださいね)

帰る場所もなく、これからどうしようかと困り果てていた山姫さまと、オコジョと狐でしたが、とりあえずはこの人間たちの暮らしになじむことが第一だろうとの狐の提案で、まずはお金をどう入手するかの相談となりました。

山姫さまは日本一のお山の神さまの大切な一人娘だったのですが、その好奇心からお山を飛び出してしまい、父であるお山の神さまを怒らせてしまったのです。
ですからもうあのお山に帰ることも出来ず、しかもあのお山の恵みにも触れられないので、姫さまはいま美しいその姿以外に、かつて持っていた千里を駆ける足や、雨を降らす力を失ってしまい、いまやただの美しい女の人でしかありませんでした。

人間たちから見たら、それでも充分と思われるかもしれません。
だってただ美しくなるだけの為に、人間はたくさんお金をかけたり、その身を美しく着飾るために罪のない動物を殺したり、山を削ってピカピカの石を手に入れたりしているんですからね。

でも今の山姫さまには、着飾るお金もありませんし、安心して暮らせる家もありません。
悲しいかな、今となっては姫さまはこんな美しさなどではなく、お金が欲しいのです。
でなければ人間の世界では普通に生きることさえ難しいのですから。

そしてかわいそうなのは姫さまを追って山を出たオコジョと狐です。
彼らも勢い姫さまについて人間の世界に下りることとなってしまい、しぜんお山に戻れなくなってしまいました。
かれらもただの獣ではなく、日本一のお山の精霊ですから、いまはひとの姿となっています。
とはいえやはりお山を離れ、山の恵みを受けられない以上、ひとの姿をとるだけでも疲れるのです。

生きていくには食事をしなければなりません。
一応、オコジョと狐は獣でもありますから、人目をはばかり獣の姿に戻って草や木の実を食べることも出来ますが、姫さまはそうはいきません。
それに人間の里には山ほど豊かな恵みがありません。だから狐とオコジョでさえ食事にありつくのに難儀するのです。
そうなってしまうと、彼らは人間の食事をとるしかありません。しかし、人間の食事をとるには、お金が要るのです。

 「最悪、俺の力で葉っぱをお金に変えることはできるけども」

困り果てた顔で狐がそう言います。
人間のことを良く知らないうちだったなら、べつにだましたって構わなかろうと狐は思って、それを行動に移したかもしれません。

ですが彼らは、この山を下りてからの冒険の際に、何度か人間に助けてもらった恩義があります。
だからなんだか堂々とだますのもきまり悪く、かといってこのまま自力でお金を手にする手段もなく、もうどうしたら良いのやらで、まるで同じところを狂ったように走り続ける小動物のように疲れ果ててしまっていたのでした。


路銀もすっかり底を突き、行くあてもなく海ひめさまに会った漁港近くの町をウロウロとしていた時のことです。

狐とオコジョが今日もああでもない、こうでもないと言いあっているさなか、山姫さまはもう考えるのさえ億劫になってしまい、ただひとりぼんやりと遠くで光る海の輝きを見ていました。

あの海の外には何があるのだろう。
いや、それ以前に、この道をまっすぐ行くとどこに行けるのだろうか。
私は日本一のお山のもとで何もかもを知った気になっていたけれど、何も知らないんだわ。
せめて、あのスマホがまた手に入ればいいのだけれど。そうすれば、きっと海の外のことも、この道の先のことも調べられるのに。

そうです、姫さまの想い人だった人間の男から失敬して活用させてもらっていたスマートフォンも持ち主に返してしまいましたから、姫さまたちには何かを調べる手段も残されていないのでした。

そんなふうに、心ここにあらずで突っ立っていたものですから、最初山姫さまは自分が人間に話しかけられたことも気が付きませんでした。

「そこのお姉さん、今お時間ありませんか?」

そうなれなれしく声をかけてきたのは、人間の男でした。
なんだか派手な柄のシャツに、ハーフパンツ。とてもラフな格好で、妙に親しげに声をかけてきます。

最初の方こそ気が付かなかった山姫さまでしたが、男があんまりしつこく姫さまにむかってわあわあと喋りかけてくるものですから、ついその男の方を向いて、目と目が合ってしまいました。

「お姉さん、すっげー美人ですね!ちょっとお時間ありませんか?」

男はニヤニヤしながら姫さまの顔や体を舐めまわすかのように見てきます。
姫さまだって自分が美しいということは認識していますし、お山にいた頃にも山にさまよい来た男どもにこのような視線を向けられたこともあります。
それに応えてやったこともありますが、とてもじゃありませんが今はそんな気分にはなれません。

淡い恋心を抱いて山を下り、追いかけた男もいましたが、彼は海姫さまの想い人でした。
それに海姫さまの想いを無視してまで得たいと思うほどは恋い焦がれていなかったようでした。
ですからしばらく山姫さまは人間の男というものはもういいと思っていたのです。

そもそも、そんなものにうつつを抜かせるほど、状況もよくありませんでした。
なにより当面の食べるものにも困っているのでしたから。

だから姫さまは、しつこく話しかけてくる男のことを悪いけれど相手にしないようにしよう、と思いました。
どうやらオコジョと狐もこの男のことに気が付いたようで、大切な私たちの姫さまに何をしてる、と言わんばかりの目つきで男を睨んでいます。
これならさすがに諦めてくれるだろう、そう思って姫さまが口を開きかけると、

「ああ、俺は別に怪しい者じゃないんです、もちろん、ナンパでもないよ?俺はこういうもので、この美人のお姉さんをスカウトしたくて声をかけたんだ。そっちの二人はお友達?いやー、お二人ともかわいいしかっこいいですね。もしかして、何?何かグループ活動でもしてるの?」

と男が一気にたたみかけてきました。
そして、手に何やら小さい四角い紙を出してきて、三人に配りました。

「株式会社 アロエ企画」

オコジョと狐はあまり人間の文字を読むのが得意ではありません。
ですから姫さまが、その紙に書かれた文字を読んであげました。

「そうそう、これでも都会の方ではけっこー有名なプロダクションなのよ?モデルやアイドル、女優を数多く輩出してる芸能プロダクション。お姉さんたち知らない?」
「え、ええ……」

べらべらとよく回る男の舌に圧倒され、姫さまはとりあえず相づちをうっておきました。
それに機嫌を良くしたのか、男はなおもたたみかけてきます。

「あ、もしかしておねーさんたちここの人?地元民?なら知らないかもねぇ。都会の方は行ったことないの?渋谷とか、恵比寿とか。ない?ならさー、どうおねえさんたち、一緒に東京でモデルデビューしちゃわない?もちろん交通費も出してあげるし、おねーさんほどの美人だったらお金もそうとう弾んじゃうよ?どう?こんないい条件滅多にないよ?」

お金!
姫さまたちにはよくわからなかったのですが、モデルというものをすればお金をたくさんくれるとこの男は言っているではありませんか。
それはまさに今、姫さまたちには願ってもないことでした。

ですが、姫さまたちは東京というところや、渋谷というところがどういうところなのかがわかりません。
ですから、このちょっと胡散臭そうだけど、でも親切そうなこの男にいろいろと聞いてみることにしたのです。

最初は狐が口を開こうとしました。ですがそれを姫さまは目線だけでやめさせました。
おそらく、東京だとか渋谷だとか言う場所は、人間にとって知っていて当たり前、だけどいったことのない人間もいる、といった場所の様です。
それならば狐(だって今の狐は背の高い、切れ目の白く整った顔立ちに、金に近い茶色の髪をもつ男の姿なのです)がそれらについて聞くのもどうにも具合が悪そうでしたから、姫さまが何も知らないお嬢様を演じることにしたのです。
まあ、演じなくとも実際その通りなのでしたが。

オコジョは姫さまの機転におとなしく従って、黙ったままです。
だってオコジョは姫さま以上に人間の世界のことがわかりませんでしたし、あまり難しいことを考えるのは得意ではないのです。

ですから、

「すみません、わたくし、あまり都会のことに詳しくなくて。渋谷という場所はここから遠いのでしょうか?」

と、姫さまが小首を傾げて、さも深窓の令嬢の様に男に上目づかいで問うてみれば、

「もしかしておねーさん、いいとこのオジョーサマだったりするの?それとも、ほかの国から来た人とか?」

と男は勝手に解釈してくれたようでした。

「ええ、わたくし、あまりこのあたりに詳しくないのです。ですが、言ったことのない場所ならば行ってみたいですわ」

姫さまが男の解釈に合わせて適当に相づちを打つと、

「でも、そんなことしたらおねーさんのおつきのこの二人が怒るんじゃないの?」

となにやらオドオドした様子で男が言ってきました。
どうやら姫さまがただの美人なだけでない、なにかしら重要な人物のように男に思えてきたのかもしれません。
実際姫さまはやんごとなき身分のお方ではありましたが、それも昔のこと。いまはただの人間です。
あんまり警戒されてしまうと、お金を得られる機会がなくなってしまうかもしれません。
ですから姫さまは慌てて、

「この二人はわたくしの幼なじみなのです。その、わたくしが外の世界を見てみたい、といったら、ついてきてくれたのです」

とありのままのことを話してしまいました。

ですが結果的にそれは功を奏したようでした。
男の顔に浮かんだ警戒の色は薄れ、代わりになにか納得したような表情を浮かべて、

「そうかぁ、お嬢様もたいへんだねぇ。もしかして、このお二人もどこかのお嬢様とかご子息だったりするの?」

とオコジョと狐に向かって聞いてきました。
すると今度は心得たとばかりに、狐が口を開きます。

「姫さま……いえ、こちらのお嬢様ほどではございませんが。わたしたちもあまり外の世界を知らないまま育ちまして、こうして時折屋敷を抜け出しては外を歩き回っているのです」
「プチ家出?おにーさんもお嬢ちゃんもその髪の毛、染めてるの?だとしたら結構グレてるんじゃない?よくそんな髪の色許してくれてるね。いや、許してもらえなかったのかな。だから家出を繰り返してるわけだ。ならさあ、皆で一緒に渋谷に行っちゃわない?話を聞いてるとテレビもスマホも持ってないんでしょう?まるで監禁じゃないか。君たちには君たちの自由があるっていうのに。ねえ」

どうやら男は、金茶の髪をした狐と、その美しい冬毛をそのまま髪としたオコジョの見事な白髪を、反発のつもりで染めていると思ってくれたようでした。
だからこいつらは家出をしたいのだろう、ならばスカウトして都会に連れて行くこともたやすいのではないかと考えたのです。

「その、東京や渋谷はここからどのくらいかかるのですか?」

狐が、普段の雑な口調を改めて、一生懸命「ご子息」ぶって男に問います。
これを聞いたオコジョはおもわず笑ってしまいそうになりましたがガマンガマン。
うっかりここでゲラゲラ笑いでもしてしまったら、せっかくの姫さまと狐の演技が台無しです。
ですからなるべくしおらしく、憧れでもあるたおやかで美しい姫さまの所作をなるべく真似るよう、オコジョは必死で我慢していました。

そんなオコジョの笑いをこらえる顔にも気づかず、男は親切に答えてくれました。

「渋谷はここから車で3、4時間くらいかなぁ。ファッションの街とか若者の街とか言うくらいだし、チョー気に入ると思うし。しかもそんな美人でスタイルもいいしさぁ。あっという間に有名モデルや女優になれるよ。そうだ、君たち家からお金は持ってきた?持ってきてない?そんなんでどう家出するつもりだったの?え、盗むのはよくないって、まあそうだけど、金がなけりゃなにもできないじゃん。うちの事務所に来てくれたらお金も弾むしさぁ、どう、一緒に渋谷の事務所まできてみない?」

これは、姫さまたちには好都合でした。
いまいちモデルや女優というものがよくわかりませんでしたが、見た目が優れていればなれるもののようです。
それに、ここに留まっていても埒があきません。
渋谷という場所が人間にとって有名な場所であるのなら、そこに行けば人間のことをより詳しく知ることもできるかもしれません。

だから、この男の提案を実に好意的で、ありがたいものだと受け止めて、彼らは男の運転する車にあっさりと乗り込むことにしたのでした。
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