偽りの勇者

鷲野ユキ

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第五章

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「いいえ、確かに私が殺しました、村上茜を」
ひどく穏やかな声だった。とても、あのようなことが出来るような人には思えなかった。
「だが、これは単なる私怨とは違う。私はそう思っています」
「しかし、あなたは村上姉弟の証言によって兄を死刑囚として失い、それまでの生活も失ってしまった。これを復讐と呼ばずになんと呼べば?それに先日まで、あんなに罪を否定していたのに」
「……これは、制裁です。過ちをおかした罪への罰です。その罰は本当の罪人にもうすぐ与えられようとしている。だから私も認めたのです、自身の罪を」
そこで彼は深く息をついた。薄暗い部屋では、生白い蛍光灯が虫の鳴き声のような音を鳴らしていた。ジジッ。会話の合間にそれが響く。
聡子は、田嶋修一の面会を求めた。村上慧の件で確認したいことがある、と。
あの後、あの公園で彼は通りがかりのランナーらによって取り押さえられた。そういえば目撃者の笠原氏もいたようだった。しきりに彼の胸元の、星形に光るチャームを気にしていたように思う。
刃物によって首を裂かれた菊川美姫は、手当てが早かったこともあり一命を取り止めたようだった。重傷ではあるが意識はあるとのこと。それがせめてもの不幸中の幸いだろうか。聡子は一報をくれたバイト先の店長に感謝する。彼が心配していたのは、村上慧の身の上ではあったが。
その村上慧は、現場近くの病院に収容されていた。じきに、聡子の勤める場所に戻ってくるのだろう。そしておそらく、そこから出ることはないのだろう。
判断を誤った。その現実は聡子に深い後悔の念をもたらした。
あのとき、犯人が田嶋修一だからといって安易に彼を手放すのではなかった。そうすれば、少なくとも菊川美姫に大ケガを負わせることもなかった。
だが、なぜ彼があのような凶行に?判然としないその理由。だってあなたはお姉さんを殺していなかったのだから。田嶋修一は、彼の姉を殺したと罪を認めたというのに。
村上慧は、何に怯えていたの?
「私は、兄とは疎遠でした。正直に申し上げますと、あのような―疾患のある人間といるのが嫌でした。せまい田舎です。それだけで揶揄されるような共同体のなかで育ちました。だからそれが嫌で、私は早々に上京してきた」
田嶋修一は、まるで憑き物の落ちたかのような落ち着いた口調で語り始める。先日までの頑なに罪を否定していた彼はどこへ?そう思わせるほどに、村上慧が捕まって以来、彼は人が変わったかのようだった。その表情は、悟りを開いた僧侶のような風格を持っていた。
「だからあの事件のことも詳しくは知りません。けれど、兄について知ってることは少しある。一応兄弟でしたから。兄は、病気のせいなのだと思います、嘘がつけないんです」
「嘘をつけない?……でも、認識違いでついてしまう嘘もあるのでは?」
疑問に思い彼女はそう投げ掛ける。そう、村上慧のように。虚無を現実だと思い込んでいたら?そこに罪の認識などない。
「たとえばそれは、自分のやったことをやっていないと強く思い込むことで、なかったことにする、ということですか?」
少し棘のある言い方だった。まるで村上姉弟こそがそうだったかのようないい方。
「兄はそんな風に周りを自分の都合がいいように解釈できるほど、賢くはなかった。なんでも額面通りに受け取ってしまう。かっこいいね、そう言われれば、相手にどんな意図があろうとそのまま素直に受け取りよろこぶ。本当に幼い子どものような人だったんです」
 中度の知的障害。田嶋吾郎がそうであったのは聡子も知っている。だが彼の責任能力は証明されたのではないか。でなければ死刑判決など出されまい。いかに医療観察保護法のない時代とて、責任能力無き者に、罰を与えることはできなかったはずだ。少なくとも善悪の判断は出来たのではないのか。
「だからなんでもあけすけに言ってしまう。隣の女の人が好きなんだ。相手は人妻です、おおっぴらに言うべきことじゃないでしょう、それでも言ってしまう。なぜなら、自分の気持に嘘をつけないからです。なにか失敗をしても、それをごまかすほどの技量もない。亡くなった父は母とは違い厳しい人でしたから、失敗した兄をよく折檻していました。私はそれを見て育ったものだから、ごまかすのは得意になりましたよ。なぜ兄はもっと要領よく出来ないんだろうって。それで一度、兄に罪をかぶせてみたら、あっさりバレて散々父に殴られました。アイツはバカだが嘘はつかん、アイツが自分じゃないって言うのなら、アイツにお前が罪をかぶせたんだろう、と」
「嘘をつけない……それを裁判官は何と?それに、鑑定医もいたはずです、知的障害が認められているのになぜ」
「嘘をつけないというのはあくまで家族の証言でしかない、信ぴょう性は薄いと。精神鑑定も小一時間簡単に診察されて、すぐに出された結果でした。被告人は凶器の隠ぺいを図っている段階で、そこに罪の意識があり、またそれを隠そうとした点において自身の罪の重さを把握していたはずだ、と。その点、慧くんは恵まれていましたね、起訴前本鑑定で、たっぷり時間を割いてもらえて。まあ結果はこの通りでしたが」
後半は聡子に対する嫌味なのだろう。ぐ、と言葉を詰まらせた彼女をちらりと横目で修一は見ると、「けれどあなたや切られた彼女には悪いけれど、これで私の中で真実がはっきりしました」とぼそりと呟いた。
「真実?」
「ええ。そもそも村上家……旧姓木村でしたね、木村家の両親が殺害された事件。その犯人は兄ではないという確証がありました」
「それは、お兄さんが嘘をつくはずがない、ということから?」
「それもありますが、けれど素人目に考えてもどうしても不自然だった。なぜ兄はわざわざ凶器を持ち帰って隠したのでしょう。しかもその凶器は、木村家にあったものだ。とても計画的犯行とは思えないし、なにより持ち出す方が目立って仕方がない。現に、遺体をバラバラにしたと思われる薪割り用の斧は現場に残されたままだったのに。まあ炎に焼かれて柄の部分は燃え尽きてしまっていたようですが」
「それは……そうですが」
先日読み返したばかりの資料。聡子も違和感はぬぐいきれずにいた。だが犯人は障害を持っている。工作しようとしたが、それが失敗に終わっただけなのだろう。なにせ目撃者の姉弟には、両親を殺害する理由など……。そこで思考が止まってしまっていたのを思い出す。
「そうです、状況だけを考えるならば、犯行は姉弟にも可能だった。けれど彼らにはそれをする理由が皆無だ。だが兄にはそれがあるという。それに、子どもがあんな惨いことをするものかと。だから兄が有罪となった。果たして理由は本当に無かったのか」
 聡子も導き出した、認めたくない答え。そこに修一はだいぶ前からたどり着いていたのだった。
「けれど判決を覆すことはできなかった。もちろん再審するようお願いしました、しかし却下されてしまった。それでもあきらめるものか、そう思った矢先だった、妻から離婚を申しだされたのは。子供のことも考えて頂戴と。子供のことを考えたからこそ、兄の無罪を証明したかったのに、妻と娘は私にはついてきてくれませんでした」
 はあ、と大きくため息をつき、ほとんど白くなった頭を手で撫でつける。まだ四十代のはずの彼は、年よりだいぶ老けて見えた。
「はじめあなたは私のしたことは復讐だと言った。そうです、最初の頃こそ、その二文字を胸に私は生きてきた。俺の人生をめちゃくちゃにしやがって、犯人はあの二人に違いないのに。そう思って彼らのことを調べた。あの事件のことも。だが俺を置いてあの姉弟が歩んでいく様を見ているうちに虚しくなってきた。俺は何をしているのだろう、なぜ本来被害者であるべき俺が、こんなにみじめに生きていかなければならないのだろうと」
「では、あなたは一度は彼らのことを疑うのをやめたのですか?」
「まあ、そうなりますかね。結局しっぽをつかめないうちに兄は絞首台送りにされてしまった。そもそも兄のことがそこまで好きだったわけでもないのです。仮に罪をかぶせられたのだとしても、兄が軽率に隣の奥さんを好きになどならなければ、それは起こらなかったのではないか。ストーカーまがいのことをしていたのは本当です。あれには母も困っていましたから。結局原因はあの人にあったのです。そう思うようになりました」
「しかし……では、なにが原因で?」
「たぶん覚えていないと思いますが、半年ほど前に弁護士が児童買春法で逮捕された事件、ご存知ですか?」
「いえ……」
 もともとニュースにはうとい聡子だ。それに、やれ教師だの警察官だのが不祥事に手を出す事例はほぼ毎月と言っていいほど現れる。そのときこそやれありえないだのと騒ぎ立てられるが、数日すればすぐ忘れ去られ、そのありえないことが再び勃発するのだ。
「あれを見たのは本当に偶然でした。福島の弁護士が、10歳の女の子にわいせつ行為をしたと。たぶん、福島と言う言葉で反応したんでしょうが、今思うと、あれはまさに神の導きだったと思えてならない」
「神の導き?」
「ええ、その弁護士の名前が長曽我部正義なんて大層な名前だったんですが、その名前に覚えがありまして」
「もしかして……お兄さんの事件の?」
「ええ、木村姉弟側の弁護代理人でした。未成年の彼らに付き添って、事情聴取を受けたり、マスコミ対応をしていたように思います。その長曽我部がよりによって児童買春で捕まった」
「けれど、それは直接あの事件に関わりはないのでは」
「事件当時、木村茜は12歳。その彼女らを妙に親身になって庇護していたのが長曽我部。『こんな子供がそんな恐ろしいことをするわけがないだろう』そう沈痛な表情で子どもらを守ろうとする姿が、裁判官の心情に影響を与えたのは確かでしょう」
「まさか……茜が、その弁護代理人になにかしらの見返りを与えて、自身らを守るよう依頼したとでも?」
「定かではないのは確かです。本当に、純粋な優しい気持ちでそう思って守ろうとしたのかもしれない。けれど現実、長曽我部は捕まってるんです、よりによって児童買春。ありえなくはないでしょう」
「それは……そうですが」
美人のお姉さん。子どもの頃もそりゃあかわいかっただろう。社会人になって、やっぱり上司に迫られている。自分にその気がなかったとしても、向こうから迫られたら流されるしかなかったのかもしれない。
「決め手になったのは姉弟らの動機のなさでした。また、子どもの体力で遺体を分断するなんてことが出来るのかという点。長曽我部は無理だと言い切っていた。しかし子どもとはいえ二人がかりならどうか。家にはそれに必要な斧もある、そして彼らは日常的に薪割りを手伝っていたはずと私の母は言っていた。あの家には、しゃれた暖炉なんてものがあったそうですから。そこで私の封じていた疑問が再び首をもたげてきてしまった。やはりあれは姉弟の仕業だったのではないか、と」
「長曽我部にコンタクトは取ったのですか?」
「いえ、取れませんでした。仮に刑務所に面談を申し込んだところで、赤の他人の私がすんなり会わせてもらえるわけがありません。それに身分を示して仮に面談にこぎつけたとしても、警戒されるに決まってる」
「長曽我部が捕まったのは、村上茜の件で、ではないのですね」
「そうです、なんでも常習犯だったらしくて、一件露見したところに今まで泣き寝入りしていた被害者らが立ち上がったんでしょう、続々と余罪が追及されているようです。まあ仮に茜が生きていたとして、彼女が訴えていたかは知りませんが」
 証拠はないが、限りなくクロに近い状態。悶々とする自分を置いて、姉弟は明るい未来に向かって歩き出そうとしている。市内ナンバーワンの進学校。村上慧は大学進学するとでもいうのだろうか。別れた妻子は今頃何をしているのだろう。娘は母親の再婚相手とそりが合わず、家出を繰り返していると風の便りで聞いていた。それもこれもアイツらのせいなのに、やつらはのうのうと幸せそうに暮している、許せない――。
「そこで私は再び、彼らの動向を伺うようになりました。ジョギング帰りの姉の後をつけて見れば、不用心にも鍵がかかっていない。驚きましたよ、けれどまだ、さすがに押し入るような真似はしなかった。あの時までは」
「あの時?」
「〈自称勇者〉ですよ。自分のことを勇者だなんて、なんてやつだろうとは思いました。けれど同時にこうもったのです。むしろ勇者と名乗って当然なのは、私なのではないか」
「自分こそが勇者にふさわしい、と?何をそんな」
「バカな、とお思いになるでしょう。いかなる理由があろうとも、殺人は罪です。それは私も理解しています。ですからすべてが終わった今、私はその罰を受けようとしている。だが、罰を受けずにのうのうと生きている人間を許してしまっていいのか。少なくとも、その真実だけでも明らかにしなければなりませんでしょう。いま一度、私は彼らの証言を問いただしたかった。兄が本当にやったのか、命をかけてそう言い切れるのか、と」
「そこで、実行に移してしまった」
「ええ、あの家に入るのはたやすいことでした。事件のことを鮮明に思い浮かべるよう、凶器に使われた刺身包丁―厳密に言えば事件に使用されたものとは異なる、私の昔の仕事道具です、使わなくなってしまったそれを、せめてもと思い持参しました。私とて、最初から殺すつもりはなかったのです。などと言っても信じてもらえないでしょうが」
「姉を先に選んだのはなぜですか?」
 慧は、自分を追いつめるためではないかと怯えていた。そのためにわざわざ自分と似た名前の人間まで殺したのだと。結局この被害者は関係のない第三者であったが、より恐怖を煽るために修一は姉を先に殺したのだろうか。
「目撃証言のほとんどは、茜の証言だった。慧の方はと言えば、呆けたようにただいるだけで、まるで事件のことなど覚えていないようだった。長曽我部は、ショックで記憶を失っているのだろう、とも言っていましたし、事実を確認するならまず姉の方が確実だろう、そう判断しただけです。それに慧は男の子だ。仮に力づくで対抗されたとしたら、逆に私の方がやられてしまうかもしれない。そういう卑劣な判断がそうさせたのも事実です。けれど、それでも殺すつもりはなかったのです」
 先から繰り返される、殺意の否定。では何が彼をそこまで駆り立てて、制裁を与えたのだなどと言うに至ったのか。
「押し入った私を見た茜の反応は、想像と異なりました。悲鳴を上げるだろうか、そうするのが普通でしょう。いっそ不法侵入で捕まっても構わない、ここから彼らの過去を引きずり出すことさえできれば。そのくらいの気持だったのです。けれど茜は私を見てこう言いました。『ようやくアタシを裁きにきたのね』と」
「裁きに……?つまり、彼女にはなんらかの罪の意識があったということですか?」
「ええ、そうです。私が自分の名を名乗り問い質せば、ずいぶん遅かったわね、と」
「彼女は、あなたを待っていた?」
「そうかもしれません。こそこそとかぎ回っていたのに気づいていたのかもしれません。鍵を開けっ放しにしていたのも、わざとなのかもれない」
「なぜ……?殺してくれと言っているようなものじゃないですか」
「実際、そうだったのかもしれません。刃物を持つ私を前にして、彼女は冷静に語り始めました。アタシは殺していないが、けれど大切な両親の身体を切り刻んでしまったのは確かだ、と。なぜそんなことをしてしまったのだろうと。結局待ち構えていたのは同じことだったのに、などと言う」
「つまり彼女は死体損壊に加わったと?」
「身内から殺人者が出たら、一生陽の目を浴びて生きられないだろう、そう12歳の彼女は判断した。だから誰かに殺されたように装った。隣の頭のおかしいおじさん、あの人なら罪を着せたってかまわないだろう、そう考えたのだと」
「12歳の女の子が?そんな……」
 確かに考えられない、いや考えたくない出来事だった。この国における猟奇殺人の最年少加害者になるのではなかろうか。さらに、その罪を他人――しかも障害者だ、になすりつけるなんで。おぞましい、卑劣だ、と思うと同時に、ならば仕方あるまい、という思いも彼女の胸に芽生える。だから同じような殺され方をしてしまったのだ、と。
 だが彼女が認めたのは損壊だけだ。アタシは殺していない。ならば、両親を殺したのは。
「隠ぺい工作によって、無事加害者遺族から被害者遺族へと転向したわけですが、結局世の中から迫害されるのにそう変わりはなかったそうです。暮らし向きは明るくなく、結局身体を売って生きていくしかない。けれどそれが出来るのも若いうちだけだ、これからどうすればいいのだろう。けれどこんなにアタシが苦労しているのに、当の本人は何も覚えておらず、のうのうと生きている、憎い――そうも彼女は言っていた」
 確かに、彼女一人だけであったならばなんとでも生活はなったのかもしれない。上司との関係で多く収入を得ているものの、彼女自身の能力は高かったはずだ。自分一人養えるくらいの貯金もあった。けれど弟は?彼の人生を自分は見守らなければならない。離れるわけにはいかないのだ、なぜなら、
「何も覚えていないのも憎かったけれど、思い出されても困る。彼女にとって弟は目の上のこぶだったんですね」
両親を殺したのは、慧だったのだ。けれど何らかのきっかけで失ったその記憶を思い出されては、自分が死体損壊を行ったことがばれてしまう。だから離れるわけにはいかなかった。
「そのようです。そうして、彼女は静かにこう言いました。『アタシたちのせいであなたのお兄さんや、あなたの人生を狂わせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。けれど死刑執行がなされてしまった今、今更アタシが真実を話したところで警察はその事実を認めないだろう。ならばあなたがアタシたちを裁いてくれ、どうせ生きているのもつらいだけだから』」
「彼女自ら死を望んでいたと?」
そう言いながら、聡子は事件当夜、部屋の隅に積み重ね挙げられたアルコールの空き容器を思い出していた。自暴自棄になっていたのかもしれない。行き詰った出口のない二人きりの生活に。
「そうです。憎き相手です、けれど、私はそこまで言われて、もう殺すつもりなどなかったんです。アイツらは苦しんでいるんだ、そう思おうとした。けれど聞けばやはり弟の方は何も覚えていないと言う。罪の意識すらないのです。すべての元凶は、慧にあったのに」
終始穏やかだった修一の表情に、苦いものが加わった。すべてを払拭できない気持ち悪さをこらえるかのように。
「そこで彼女はこうもたたみかける。『じゃあアタシを、あの事件のようにバラバラにして殺してくれ。その様を見れば、さすがに慧も思い出すかもしれない。あの事件のことを。お父さんを殺した記憶を』と」
「お父さんを殺した……では、母親は誰に?」
「そこまでは。ただ茜ははっきり言っていました。慧が父親を殺した、アタシは誰も殺していない。考えられるのは父親が母親を殺したぐらいですが。真実は、慧に聞いてください。たぶん、彼は今思い出しているのでしょう。茜と、私の思惑通りに。だから怯えている、自分自身に。これでようやく彼を裁くことが出来る」
そこまで言って、彼は安物のパイプ椅子に腰を深くかけた。自分の仕事は終わった、とばかりに目を深くつむり、祈るように手を組んだ。それは誰に対してのものだったのだろう。
「その姉の言葉で、あなたは茜を殺して、遺体をバラバラにしたんですね」
赤く撒き散らかされた四肢を思い出す。自身の親と同じ末路をたどった彼女。しかしあの殺され方は、彼女がそう望んだものだったのだ。
彼女は、裁かれたかったのだ。
「そうです。うまく行けば今起こっている〈自称勇者〉による犯行だとごまかせるのではないか、そういう打算もあった。結局、私の中の憎しみの方が勝ったのです。結局殺してしまった。けれどそれでも、罪を裁いたことには違いありません。彼女は自分で言うように、生きるべきではなかった。だからあれは復讐ではないのです。茜の意図もあわせて行われた、制裁なのです」
だから、茜は殺害された時に裸だったのだ。これからの作業を理解していたから。
かつて自身が行ったその作業。衣類を着たままで身体を切断するのもやりにくいだろう。そう判断して、自分から服を脱いだのだと。そして、その解体された身体に上から衣類を掛けたのは、せめてもの修一の慈悲だったのかもしれなかった。
どうやら時間の様だった。脇に控えていた留置所の職員らが、彼を奥へと連れて行く。聡子はその過ぎ行く背中に声をかけようかどうか迷い、やめた。
おそらく茜の言ったように、警察は過去の死刑囚の話を持ち出しはしないだろう。持ち出したが最後、あれは免罪だったということが露見してしまう。それだけは避けたいはずだった。
だから田嶋修一は、結局過去の恨みで復讐に走ったのだと判断されるのだろう。真実など、簡単に隠されてしまうものなのだから。
人の記憶のように。
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