【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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三章

8 レイフ視点

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 首を斬り落とす。途端にアーネストの翡翠のブレスレットが砕けた。
 直ぐさま首を抱えて、繋げる。この人の話では、それなりに厳重な術式らしいが、いとも簡単に砕いてしまった。それだけ超然とした魔術の使い手なのだと思い知る。

 膝枕をして、首を固定させる。血に塗れた己の手がまだ震えていた。精密な動作など必要無いのに、あんなに狙いを定めるのに苦心したのは初めてだった。よく落とせたと思う。
 こんなに震えるのは、体が疲労しているせいだと思っていた。ブレスレットの制約に耐え、一人を抱えながら森を走り抜け、胸からは出血していた。そのせいだと。それだけでないように思えるのは、それだけこの人に肩入れしているからだ。

 ダジュール王国、第一王子、アーネスト・ストレリッツ。珍しい銀髪に碧の瞳。つるりとした顔は、女性的だ。よく整っていると言える。体躯は紛れもなく男だが、首は細い。さぞ前の処刑人は切り落としやすいと思ったことだろう。

 膝の上に乗せている彼の顔に普段の豊かな表情は無く、開いたままの碧の瞳が、死体のようだ。

 耳を澄ませる。心臓の音はしているが、ひどく弱々しい。もうすぐ死にゆく者の音なのか、生き返る音なのか。判断出来ない。

 本当に生き返るのだろうか。首を斬れば人は死ぬ。それを再び繋げた人間などレイフは見たことが無かった。
 手を離して繋がったのか確かめようにも、己の手なのに動かせなかった。外を離した途端、首が落ちてしまったらと想像すると、とても出来なかった。

 この人には、振り回されてきた。伴侶となれだの、戦争を回避するだの、一緒に逃げようだのと。その最たるものがこれだ。首を斬り落とせなどと。全く無茶なことを言ってくれる。

 確か22の年だったはず。落ち着いているだろう年齢なのに、直ぐに怒り、笑う。貴族とは思えない。素直な人だ。人間らしい。

 一度目も二度目も、こんな人だとは思わなかった。ただ政争に負けた哀れな王子。それだけだった。

 斬首された瞬間、首がこちらに転がってきたのをよく覚えている。目の光が消えていくのをただ見ていた。それだけだった。それだけで終わらせてはならなかった。

 三度目の今回も同じように過ぎていくのだろうと諦めていた。諦めていなかったのはこの人だ。あらがって生き延びた。

 この人は無限の可能性を秘めている。二度目までの人生は、一時も休まるときがないほどに、戦争と厄災まみれだった。この人が生きていたら、全てが変わる。

 だからこの人に期待してしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。

 だがこれは危険だった。やがて陛下やボーテのように有りもしない幻想を求めて狂ってしまうかもしれない。

 既に狂ってしまっているのかもしれない。斬られたいと言われたあの時、斬りたいと思ってしまった。そしてそんな感情を抱いた己に嫌悪した。

 嫌悪して気づいた。この人に惹かれている。見ているだけでも、見えずとも声が聞こえるだけでも、聞こえずとも気配を探して──気づけば存在を探していた。

 これは愛とか恋だとか、そんなものなのだろうか。かつての姉の子供に感じた慈愛とは違っていた。存在を確かめたい欲だった。
 まだその欲は小さい。愛とか恋だとか自覚はない。何故ならそこに発展するほど、相手のことをよく知らない。親交を深めるような関係でもない。

 怒りっぽい人で直ぐに笑う。怒ったかと思えば、直ぐに笑う。子供のように素直な人だとしか、思ったことがない。

 あらぬ勘違いをしてしまいそうで、あまりこんなことを考えたくない。でも他にすることがない。静かな時間が苦手だ。

 碧の瞳。内側から発光しているかように煌めいている。これを生きている証だと思いたい。どうか、と有りもしない神に願うのは、他にすがり方を知らないからだ。

 愛だの恋だのと認めてしまったら、やはりおかしくなってしまうのだろうか。

 このまま、この人が死んでしまったのなら、生きている意味は無い。直ぐにでも自死して、巻き戻って、あの牢獄に還って、今直ぐ会いに行く。
 牢獄の扉を開けて、何もかも捨てて、助けに行く。

 向こうもおそらくは自分を覚えてくれているだろう。再び会ったら何と言うだろうか。あっさりと笑って「駄目であったな」とか言いそうだ。「次はこの案で行こう」とも言いそうだ。

 こんな場面になって思い知る。短い間に、随分と求めるようになっていた。

 愛だの恋だのを認めてしまったら、やはりおかしくなったようだ。

 またたき出した碧の瞳が、すんなりと身に馴染む。
 血で汚れた手を握る手の感触が、この身をめぐらす。

 心臓の音が強くなる。間違えない。この人の音だ。



 アーネストの手がレイフの手首のブレスレットに触れた。触れただけなのにひとりでに砕け落ちる。身が軽くなる。呪縛から解けたレイフとアーネストは、互いを見つめ合った。

 満面の笑みを向けられて、息を呑む。こんなに深い感情をレイフは知らない。淡い色の唇が、ゆっくり開く。

「──よくやった!さぁ反撃開始だ!」

 どこまでも前向きな言葉に、レイフはこの瞬間、全てこの人のものとなった。


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