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一章(アン視点)
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元々は監獄だったという修道院は予想した通り暗く、手燭がなければ歩けないほどだった。案内の者の後をついていくと、一つの部屋に通された。
その部屋は石畳で、窓は鉄格子が嵌められ、監獄そのものだった。隅に木組みの簡素なベッドが置かれ、それが唯一の家具だった。
「シスターアン」
案内人の修道女に呼ばれ、はい、と答える。修道女はアンを上から下まで観察すると、最後は顔に視線が止まった。醜い顔を見ているのだと気づいて、アンはうつむいた。
「この部屋は病人の部屋です」
と、案内人が言う。
「病気が治るまではこの部屋で過ごしてください」
「私は病人ではありません」
「判断は私ではありませんので。司教様がお決めになりました」
素っ気なく言われ戸惑う。病人がこんな監獄に入れられるものだろうか。そんなわけがない。メアリーの嘲笑いが聞こえる。アンは頭痛がして頭を押さえた。
アンが苦しんでいるのを知ってか知らずが、案内人は顔色一つ変えず、淡々と続ける。
「司教様は神への奉仕も免除なされました。ゆっくり療養してほしいとの心遣いです」
「神に仕えるなということですか」
「そうではありません。あくまで療養中の話です」
「司教様に会わせてください」
「話はしておきますが、お忙しい方ですからお会いになれるかは分かりません」
機械的な答えに、何を言っても無駄なように思えてくる。これまでも何度も思ってきた。「仕方ない」と思うしかない。
神にさえ縋れないなら、何もかも見放されたまま、このまま朽ちていけということなのだろう。
ここまで徹底的な仕打ちを受けて、アンはもう何の気力も湧かなくなっていた。
「……寂しい部屋ですね」
つぶやくと、修道女は何も言わず部屋を出ていった。ささいな会話すら、してくれる者はいなかった。
修道女の服は与えられたが、神への奉仕はもちろん、祈りの言葉すら禁じられた。何の役目も与えられず、ただ部屋にいるだけ。時々様子を見に来る修道女は皆、アンの顔を見ると同じように嫌悪して足早に去っていく。まるで見世物小屋だ。
監獄には、一冊の本すらも無かった。このまま狂って死んでくれと思っているのだろう。異母妹は今頃は、あの万人に愛される笑顔をふりまいて夫と過ごしているのだろう。考えれば考えるだけ惨めだった。
そんな暮らしが続いたある日、アンは呼び出された。
日付けの感覚も無くここにやって来てどれくらい月日が経っていたのかは分からなかったが、短く切り落とされた髪が、肩にかかるくらいまでにはなっていた。鉄格子から見える空がだんだんと薄くくすんだ空になっていったから、季節は冬に入ったのだろう。
暮らしていた建物とは違う建物に移ると、そこはアンが以前暮らしていた屋敷のような設えだった。絨毯が敷かれ、壁には絵画がかかり、窓には装飾が施されている。久しぶりの陽光がアンには眩しく映る。修道院のレンガ積みとは違う、貴族の屋敷だった。
階段を登り二階の部屋へ。ここも陽当たりがよく、ずっと暗闇にいたアンはまともに目を開けられない。手をかざして影を作ると、部屋には一人の人物が立っていた。
アンをここまで連れてきた人は、その人物に挨拶を済ませると、部屋を出ていった。
二人だけになる。挨拶すべきだろうかと迷っていると、その人は静かにこちらに近づいてきた。
背の高い男の人だった。青年に見えるが、逆光でよく分からない。室内なのに黒の外套を脱ぎもしないで、金の留め具が煌めく。
「顔を見せろ」
男は開口一番にそう言った。威圧的な物言いにアンは体を震わせた。
アンの顔を見ると誰もが顔をしかめるから、ここに来てからは黒のベールを頭から被って顔を隠していた。こちらからは向こうが透けて見えるが、向こうからはこちらが見えない、そういうレースを使っていた。
言われた通りに一度はベールに手をかけて、止まる。嘲笑う異母妹の声がどこからか聞こえて、アンはベールから手を離した。
「醜い顔です」
「顔を見せろと言った」
「どうかご勘弁を」
男は更に近づくと、無遠慮にベールを掴んできた。反射的にアンが身を引くとずる、とベールが落ちる。あ、と思ったときには遅かった。
素顔が晒され、アンはもう為す術が無かった。醜い顔。もう何年も自分でも見ていない顔。嘲笑の対象のこの顔を、男はまじまじと見た。
アンは蔑まれるのを見越して、身構えた。どんなひどい言葉を浴びせられるのか、または顔をするのか、予め覚悟しておくことで自分を守ろうとした。
だが予想したことは何も起こらなかった。男はアンの顔を見終えると、そっとベールを被せた。
「………………」
「アン・テスラ。そうだな?」
確信のように問われて、うなずく。すると男もうなずいた。
「俺はアーネスト・ストレリッツ。お前の夫になる男だ」
男の影に包まれる。男の顔が見えるようになって、目が合う。アンはまだ自分の身に何が起こっているのか理解していなかった。
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