【完】【R18】婚約者を妹に取られました。

112

文字の大きさ
22 / 49
二章(アーネスト視点)

11

しおりを挟む

 それから、どうやって会話したのか記憶がはっきりしない。覚えているのは、アンが兄をまだ愛しているということ、無理やり寝室を一つにすると言ったこと。それだけだった。拒絶された衝撃は大きく、アーネストは覚束おぼつかない足取りで、自室に戻っていた。

 兄に懸想しているなど、全く想定いなかった。会ったことは無く交わしたのは手紙だけと聞いていたのに。色恋沙汰には得意な兄のことだ。文字のやり取りだけでアンの心を奪うなど造作も無かったのだろう。

 なんとか部屋に戻る。椅子に座りそこねて床に尻もちをつく。立ち上がる気力も無かった。


 
 扉を叩く音。茫然自失していたアーネストは、はっとして立ち上がった。窓を見る。そんなに時間は経っていない。まだ昼過ぎだった。

 やって来たのは従者だった。仕事を放り出して屋敷に戻ってきていた為、抱えきれない程の書類の束を持って入ってきた。

「アーネスト様、どうしたんですか一体」
「なにが」
「酷い顔をしておられます」

 よく表情が無いと言われてきたが、今日に限って色々と言い当てられる。アーネストは息をついた。

「お前確か妻がいたな」

 従者は目を丸くした。

「ええ。幼馴染です」
「愛してると言ったことはあるか?」
「は…!?え?え、えっと…」

 顔を真っ赤にさせて、従者は頷いた。

「…ありますが、それがなにか?」
「妻は何て返した」
「…我が家のことですよ?」
「嘘と言われた」

 従者の反応を見ずに、アーネストは頬杖をつく。ありありと思い出せる。愛してる。嘘だ。これは…アンが愛されていると、自覚していない証拠だ。アンに、愛していると思ってもらえていないとも言える。

 従者に視線を向ける。トビアスの目はあちこちを彷徨って、気まずそうに両手を握っていた。

「あの…奥方に嘘だと言われたのですか?」
「忘れてくれ。気の迷いだ。お前に言うべきではなかった」
「……奥方は病の回復に努めておられて、とてもそこまで考えられないのだと思いますよ」

 長年、仕えている従者の慣れない慰めを受けて、アーネストも居心地が悪くなる。こんな話をするような主従ではなかった。気恥ずかしさを打ち消そうと、アーネストは咳払いした。
 

 寝室を一つにする、と言えたのは大きな成果だった。ショックを受けながらでもその約束を取り付けられた自分を褒めたいくらいだった。
 部屋を移す作業の邪魔にならないよう、アーネストは執務室に籠もって書類を捌くのに専念する。一息つこうと窓の外に目をやって、アンの姿が目に留まる。

 庭に出ていた。一人きりで。侍女を探すが見当たらない。体力をつけろと言った言いつけを守ろうと、庭に出てきたのだろう。キョロキョロと周りを見回した彼女は、こっそりと言った様子でベールから顔を出した。春の陽射しを受けて、彼女の姿が晒される。その美しさに心奪われて、食い入るように見入っていた。



 夜。もう寝ているだろうと寝室へ入る。アンはまだ起きて待っていた。

 そこでもまた一悶着あった。ベールは相変わらず被っているし、どうして愛していると言っただのと問われるし、しまいには容姿を褒めてきた。この顔が、兄と酷似した顔をアーネストが嫌っているのをアンは知らない。知らないとはいえ、いくらアンに褒められたとしても、アーネストの胸の内には嫌なものがくすぶる。

 しかも、やはりアンは兄に想いを寄せていた。だから似ている自分の顔を褒めた。愛していると言った言葉を信じてもらえず、他の女の元へ行けと言われる始末。元々気の長い方でないアーネストは、怒りのままに彼女の唇を奪った。自分のものだと、愛しているのだとの証として、噛みつくように口づけした。ぐちぐちと混じり合う音をわざと立てて聞かせる。気の済むまで蹂躙し終えた頃には、アンは意識を失っていた。

 
 

「なんてことをなさったんですか!」

 温厚なソニアに怒鳴られ、アーネストは何の弁明も出来なかった。アーネストは今、廊下に出ていて、思いっきりソニアに怒られ続けている。

 部屋では医師がアンの診察をしている。アンが失神して、直ぐに医師呼んだ。付きそうつもりだったが、ソニアに連れ出され、今に至る。

「……悪かった」
「本当ですよ!奥様は回復にひたすら努めていらっしゃったのに、旦那様が阻害してどうするんですか!」
「面目ない。反省している」
「…私も言い過ぎました。でもいくら夫婦とはいえ、まだ奥様と過剰な接触は避けるべきかと思いますよ」

 女性にこんなことを言わせてしまうとは。申し訳無くて、アーネストは深く頷く。もちろん一番はアンに対して、申し訳なく思っている。
 あれもこれもと求めるべきではなかった。夫婦となれただけで満足しなければならないのに、その先まで求めるべきではなかった。

「アンは、ここに居るのが苦痛なように見えるか?」

 ソニアは首をかしげる。

「まさか。いつも旦那様に感謝なさってます」
「アンから、他に何か聞いていないか?」
「何をですか?」

 自分が嫌いだとか、と聞こうとして、そうだと肯定されるのが怖く、聞けない。口をつぐんだアーネストに痺れを切らしてか、ソニアが答える。

「私から聞くよりも、本人とお言葉を交わされた方がよろしいかと」
「…うまく言えないし、伝わらない」
「でしたら、時間が解決するでしょう。お二人がご一緒する時間が少なかったのですから、これからいくらでもその機会はありますよ」

 なんでもないように、ソニアは普通の顔をしている。そんなものなのだろうか。分からない。誰かを愛するのも、誰かと仲を深めるのも初めてで勝手が分からない。

 だがアンが自分を愛していないのは明らかだった。この気持ちを、話してもいいのだろうか。話して伝えなければ、アンも本音を明かさないだろう。話をして、聞いて、お互いの落とし所を探して、出来るだけ彼女の願いに沿うように、していかなければ。たとえ離縁となっても、一度は夢が叶ったのだからと、自分を納得させるしかない。

 医師が部屋から出てくる。アーネストは報告に耳を傾けた。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

処理中です...