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三章
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しおりを挟む一線を越えると、後はなし崩しだった。夫婦なのだから夜の生活があるのは当然だったが、今まで我慢してきた分を取り戻すかのように、二人は常に共にいて、片時も離れなかった。
使用人がやって来る時間は決まっていて、それ以外は二人だけで山荘で過ごした。ソニアすら遠ざけて、二人で暮らした。
初夜以来、毎日二人は体を繋げた。今まで知らなかった快楽を知ってしまうと、やめられなかった。こんなに自分が欲情する人間だとは知らなかったし、一生、経験することはないと思っていた。
何より幸せだった。一緒にいるだけで嬉しくて、満たされる。夜の行いはその延長線上で、お互いがここに存在している、ただそれだけで十分だった。
こんな気持ち、こんな想いを、アーネストも感じてくれている。ちょっとした仕草や表情から、ありありと伝わって、怖いと思っていたのが、遠い昔のよう。冬の終わりに夫婦になり、夏に心も体も通わせた。半年前が嘘のよう。
アーネストは薔薇が好きだという。山小屋の、少し歩いた所に野薔薇が咲いているから、散歩がてら毎日見に行った。赤や白の薔薇は、野生だからか小さく花弁が少ない。アーネストが満足そうにしているから、アンも満足だった。
「帰りましたら、薔薇を植えねはなりませんね」
屋敷には庭はあったが、花園は無かった。薔薇をたくさん植えて、休憩できる東屋を立てて、アーネストと眺める。想像すると心が踊った。
「庭師に頼んでおこう。何の薔薇を植えるかは、二人で決めるか」
「楽しみです」
アーネストは、ニッと笑った。少年のような笑い方をするときは、何かいたずらを考えている時だ。
果たして、アーネストの腕が伸びてくる。アンはピンときて、腕を広げた。
どこからか、声が聞こえる。笑い合う声。子供の声。小さな男の子と女の子。男の子は銀髪で、女の子は黒髪。小さな手で手を繋ぎ合って、なんて楽しそうなんだろう。
目を覚ます。小屋の天井。カーテンの透け具合から、朝らしい。夢を見ていた。あの子たちは、自分の願望なのだろうか。あんな子供が欲しかったという自分の。なんて欲張りなんだろう。結婚して、夫と心を通わせて、まだそれ以上を望んでいる。欲というのは尽きることがない。
「アン…?」
かすれ声。アーネストも起きていた。夢で見た明るい銀髪は、今は暗闇で落ち込んだ色になっている。
「おはようございます」
「おはよう…もう少し寝ていよう」
「アーネスト様は、どうして私と結婚したんですか」
「まだそんな話するのか」
あくびを一つしたアーネストに、額にキスされる。横向きになって、抱きしめられる。お互い服を着ていないから、ブランケットを被って温め合う。
「実は小さい頃、君と会ったことがある」
「そうなのですか?」
「覚えていないのも無理は無い。本当に小さい頃だ。花園で遊んだ。それだけだ」
それだけだなんて、アンには到底思えなかった。短い説明だけでアーネストはそれ以上話そうとしない。
「結婚しようとまで、思ったんですか?その、花園で会っただけで」
「現に結婚した」
「そうですけど…」
「俺もまさか結婚するとまでは思ってなかったさ。今は神の巡り合わせだと思っている」
強く抱きしめられる。つむじに彼の唇があたる。
「見つけられてよかった…もし修道院に行くのを躊躇っていたら、君はいなくなっていた」
死んでいた、と言わないのが、彼が抱える恐怖に思えた。アンはそっと、アーネストの腕に手を添えた。
ふと、夢を思い出す。あれは自分の願望ではなく、過去の話だったのではないか。咲き乱れる薔薇、小さな男の子と女の子。アーネストに会った、あの時が夢に現れたのかもしれない。
笑い合っていた。アンも夢の中で、羨ましいくらいにあの二人を見守っていた。
温かい腕の中で、まどろんでいく。きっともう夢は見ない。もう自分たちは、子供の時のように笑い合えるから。
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