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三章
11(異母妹メアリー視点)
しおりを挟む皇帝陛下の御成り。少年の小姓を先頭に、十数人が仰々しく列を成してそぞろ歩いてゆく。列の中央は連合王国を束ねる皇帝陛下が、輿に乗って入場する。
メアリーはそれよりも、ウィレムが気になっていた。
弟アーネストとのやり取りで、すっかりウィレムの態度は一変した。偽りの笑みは消えて、顔を歪めている。睨みつけている先は、皇帝陛下の列ではなく、あの二人だろう。アンとアーネストは、陛下の列を前に静かに佇んでいる。ウィレムの激情に気づいているのかは、ここからでは分からない。
何故ウィレムがこうなってしまったのか。メアリーには検討もつかなかった。
だがアーネストは相当の切れ者で、父のニセ金ではメアリーを糾弾してきた過去がある。兄のウィレムに対しても、何かを掴んでいるのは明白だった。
「何があったのよ」
小声で聞いてみる。いくらウィレムと険悪な仲でも、候爵家に関わることなら見過ごせない。それにアーネストの糾弾のせいで流産した過去がある。恨みはあった。
ウィレムは答えなかった。怒りでメアリーの声が聞こえなかったらしい。袖を引っ張って、ウィレムの注意を引く。
「ウィレム、落ち着いて」
「うるさい」
振り払われ、一蹴される。舌打ちまでされては、怒りが湧く。皇帝の列が二人の前を通る。ぐっと抑えて、メアリーは震える手で裾を持ち上げお辞儀をした。
王座に座った皇帝陛下に、一同が膝を折る。どん、という王杖を床に打ち付ける音で、顔をあげる。
「皆の者、よく集まったな」
手を差し出す動作で、席に座る。椅子を引く音が静まってから、皇帝は口を開いた。
「余がこれほどまでに王であり続けられたのは、他でもないそなたら諸国の働きあってのもの。感謝している。特に昨年は念願のユルールの土地を奪えた。帝国はますます栄えるだろう」
だが、と嘆息する。
「嘆かわしいことに、海峡を隔てた島国のブライトンでは王が処刑され、長らく王不在の政治が続いている。王無き政を行っているのは、たった一人の平民の男だと言うではないか」
ブライトンは、アンの母親の故郷だ。王族の母親を持つアンは、国が滅んでいなければ、あんな冷遇を受けなかっただろうし、メアリー自身も手をくだせなかっただろう。
そしてたった一人の平民の男のことは、誰もが知ってた。元々は議員だったという。王の処刑後、圧倒的な政治手腕によって登りつめ、最高権力の護国卿の地位を得てからは、議会を解散し独裁を続けているという。
だが何故こんな他国の話をするのか。アンが気になった。相変わらずベールで見えない。皇帝陛下の御前でも外さないのだから、予め許しは得ているのだろう。
「そこでだ」
皇帝は王杖を頼りに立ち上がる。
「我が帝国がブライトンを救国すべく、手を差し伸べることとした」
話が見えない。また戦争になるのだろうか。そうなれば、前回の戦で出兵しなかった我が侯国から、今度こそ兵を集めなければならなくなる。ウィレムも出征するのだろうか。
ウィレムはまだ顔をこわばらせている。ほとんど皇帝の話など聞いていなさそうだ。それだけ、弟のアーネストは重大な秘密を握っているらしい。もしかしたら自分にも降り掛かってくるかもしれない。そうなれば…まさか。自分は候爵の娘で、候爵夫人。この地位は揺るがない。
「──幸い」
演説は続く。
「我が帝国にはブライトン王家との繋がりが残っていた。処刑されたブライトン国王の妹の血筋を持つ者が」
ぴくり、と眉がひとりでに動く。皇帝の言う人物など、一人しかいない。
まさか──
布越しに何かが煌めく。ベールで見えない筈のアンの瞳が、光に反射したように見えた。錯覚かもしれない。メアリーは、全く動かないアンから、いつの間にか目が離せなくなっていた。
静かに席についているだけの姿が、やけに存在感を放っていた。
皇帝が杖で示す。大きく両手を広げた姿が、威厳以外何者でもなかった。
「そこにおるユルール候爵夫人アンを、ブライトンの次期女王とする」
突きつけられた宣言に、メアリーは目を見開いた。
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