【完】【R18】婚約者を妹に取られました。

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三章

13(異母妹メアリー視点)

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 姿を見た。それは紛れもなくアンだった。
 爛れた痕の残る顔。醜い顔。
 黒の瞳。変わらない。幼い頃から見てきた。
 
 だが、それだけでは無くなっていた。

 姿だけでは言い表せられない、人となりに裏打ちされた、王としての風格。肌、髪、体から何かが立ちのぼっているような錯覚。上に立つ者の信念、畏怖を感じて、その威圧感に震える。

 メアリーはこの者が誰なのかを知っている。名前も、素性も、何もかも知っている。だがメアリーには、この者が本当にアンなのか分からなくなっていた。

 神秘的な雰囲気をまとっていて、まるで神のよう。メアリーは震えた。黒い瞳がこちらを捉える。目が合って、メアリーの意識は遠退とおのいていった。



「メアリー」

 名を呼ばれて引き戻される。いつの間にか息が上がっていた。呼びかけにただ、目を向けることしか出来ない。

 アンは何の表情も無いままに静かに立っていた。ただ黒い瞳と合うと、メアリーは恐怖がやって来て、心臓が早鐘を打った。

「私はブライトンの女王になります。貴女が認めずとも、私は女王になる。女王として、生きていきます」

 そんなに張り上げていないのに、よく通る声だった。それがまた王者としての風格を感じた。
 この人は女王。女王だと、そう思った。

「…女王陛下…」

 誰かがそう呟いた。

「女王陛下だ」
「女王陛下に違いない」
「女王陛下」
「女王陛下!」
「女王陛下万歳!」

 一声に呼応するように、周囲から声が上がる。やがて大きな歓声となって、大きな拍手で包まれた。

 そんな雰囲気を破るかのように、皇帝は立ち上がる。王杖を持ち上げる動作で、一瞬にして声は止み、辺りは静寂に包まれる。

「──であれば、異論は無いな?」

 異論など、──いや、まだ残っている。

「女王擁立に際して、直ぐに王太子の話など不謹慎だが、避けられぬ話題である」

 メアリーが思ったことを皇帝が言う。そう。まだ問題は残っている。
 後継者問題をどう解決するのだろうか。
 いくらアンが女王と認められても、後がいなければ意味はない。

「処刑された王には息子がいた。長らく王妃と姿をくらまし身を隠していた。やがて息子はとある王党派の貴族の娘と結婚し、子供を儲けた。残念なことに王妃と息子は相次いで命を落とし、子だけが残された」

 皇帝を最後に閉ざされていた扉が再び開く。重厚な扉は、重い音を立ててゆっくりと開いた。

 扉の先にいたのは、一人の子供だった。
 五歳くらいだろうか。黒髪に白い肌、細い顎。小さいながら黒の軍服を着て、まるで兵隊の人形のように愛らしかった。
 何よりその容姿が、アンにそっくりだった。

「レイモンド」

 アンが降り立って迎えに行く。レイモンドと呼ばれた男の子が破顔して駆け出す。勢いよくアンの膝に抱きついて、顔をこすりつけた。
 手を繋いで仲睦まじく。その姿は親子のよう。

「もう分かったであろう」

 皇帝は大げさに両手を広げる。

「アン女王は直系の男子であるレイモンドを養子とし、王太子として擁立する。まだレイモンドは五歳と幼いが、既に帝王学を学んでおる。これで文句あるまいな?」

 文句など言いようが無い。もうアンは、かつての彼女ではない。いくら自分がアンを害そうとしても、もうアンには自分など眼中にない。蚊帳の外の人なのだと、メアリーは自覚した。

 アンと養子が微笑み合う。メアリーはずっと、ぼんやりと眺めていた。




 最初の騒ぎは鳴りを潜め、式典は滞り無く終わった。数ある連合の王たちもそれぞれ用意されていた部屋へ戻っていく。

 メアリーとウィレムも部屋に入る。二人とも浮かない顔で、もっと言うならウィレムの方が顔色が悪かった。

「なんてことだ…」

 二人きりになるなりウィレムは呟いた。

「こんなことならアンと結婚していればよかった」

 メアリーは耳を疑った。カッとなってウィレムに詰め寄った。

「ふざけてんじゃないわよ!アンタが捨てたんでしょ!私が悪いみたいに言わないでよ」
「言いたくもなるさ。アンと結婚していればブライトン王国の王配になっていたのは私だ。直系の子供を次の王とまで用意されていたんなら、子供が産めなくとも別にいいからね」
「私たちの子供を流れたのはアンタのせいよ!アンタが他所の女の所に行って、私を助けてくれないから」
「養っているだろう」

 悪びれもしないウィレムに、メアリーは手を振りかざした。ウィレムは難なく受け止める。

「大人しく殴られなさいよ!」
「痛いのはやだね。あぁもうこんなことしてられないな」

 邪魔だと言わんばかりに振り払われる。メアリーは受け身も取れずに床に倒れ込んだ。腰を強かに打ち付け、痛みに動けない。

「恨まないでくれよ。こっちも恨んでるんだ」
「ウィレム…!」

 メアリーを助け起こしもせずに、ウィレムは部屋に運ばれていた荷物をあさり出した。小さな四角いカバンを持つと、扉へ向かって歩き出した。メアリーが、あ、と思った時には、彼は扉を開けて部屋を出ていった。あまりにも早い行動と、痛む腰で、メアリーは声もかけられなかった。

 ウィレムが出ていってから、一人残されて侍女すらもやって来ない。めちゃくちゃな気分だ。何もかも。ウィレムに浮気されて、冷たくされて、これ以上の不幸などやって来ないだろうと思っていたのに。
 痛む腰を擦りながら何とか起き上がる。使用人を呼ぼうとして、扉に手をかける。その手の甲に、なにか、赤い吹き出物が出来ていた。

「…………?」

 手入れの怠りなど無い自分の手に吹き出物?どうして、と思って、血の気が引く。

 これを何度も見た覚えがあった。

 赤く爛れた顔。アンの姿。

 これは、はやり病スートラの兆し。

「ああ…うそ………」

 認められない思いから、吹き出物を潰す。袖で拭う。それをしてしまってから、潰した汁からもっと広がる特性があったのを思い出す。

「あ、ああ…」

 周囲で、はやり病スートラになった者などいなかったはず。ただの吹き出物かもしれない。そう思うには、メアリーはこの病を熟知していた。何故なら身近に、罹った者がいたのだから。普通の吹き出物かそうでないかは、見れば分かってしまう。

 部屋の暖炉を見やる。吹き出物を焼いてしまえば、あるいは。そんな勇気なと無かった。でも焼かなければ、広がってしまう。暖炉の火は赤々と燃えている。近づけば暖かいが、触れれば痛みとなる。
 
 今、痛みを堪えれば。でも、もしかしたら違うかもしれない。医師に見せてからでも遅くはない。腹を押さえる。
 
 炎が、メアリーを追い詰めるように揺らめいた。


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