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三章
12(異母妹メアリー視点)
しおりを挟む「ダヴィア帝国は──」
皇帝は言葉を切った。一拍の静寂。僅かな間に、その場にいる者たちの動揺が伺い知れた。
「アン女王を擁立し、ブライトン王国を復活させる。我が帝国が、それを支えよう」
滅んだ国を復活させる。そんなことをわざわざ宣言するなど。それだけ本気なのだ。
本気で、アンを女王とする。
帝国がそれを手動する。
妄言ではないのは、他でも無い皇帝自身の口から発せられたからだ。たとえ現実味のないような言葉でも、皇帝が是と言えば是になる。
受け入れられないのは、それが他ならぬ異母姉、アンだからだ。
「アン・テスラには妊娠能力が無いわ」
静寂だからこそ、よく響いた。
口にしてから、メアリーは自分が言ったのだと気づく。
言葉にしてからは、どう取り繕うとも出来なかった。否、する気など無かった。
自分が候爵夫人だからと最早、見栄を張るつもりは無い。皇帝の御前で許しも得ずに発言など刑罰に値する。
不思議と心は穏やかだった。次々とやって来る思いがけない出来事に麻痺してしまったかのよう。
それも違う。メアリーは怒りに震えていた。幸せな結婚を望んで、そうなったと思ったら幸せじゃない生活ばかりで、蝶よ花よと持て囃された時期は直ぐに終わって、今はただ、認めたくないが惨めな暮らしを送っている。
メアリーには何も無かった。候爵令嬢だろうが夫人だろうが、古来から仕える歴史ある家門だろうが、メアリーは何も期待されていなかった。ただ美しくあれ、美しき姿であることを周りから強要され、消費され、美しくなくなれば捨てられる。女としての価値は、ただひとえに子を産むだけなのだ。
そんな価値すらない異母姉が、女王にと求められるなど、メアリーには許せなかった。たとえ皇帝から罰を受けようとも、ただメアリーは、ただただアンがそこに立っているのが許せなかった。
「見ての通り、アン・テスラは、はやり病に罹った者よ。生き延びた後も合併症を得て、子を産めない体になった。ブライトンの王家は滅び、直系は長らく行方不明。当時の王には他にも兄弟がいたけれど、貴賤結婚と国教以外の宗教を信仰して、王位継承権は無い。アン・テスラはそのどちらにも当てはまらないけれど、世継ぎを産めない者を女王にしても意味はない。いくら護国卿の独裁に嫌気がさしている民衆達でも、未来のない女王を迎え入れようとは思いはしないでしょう」
隣のウィレムが咎めてくる。メアリーは無視をした。
皇帝の前でこうも啖呵を切って、気が大きくなったのか、もう何でもいいから悪口を言ってやらなければ気が済まなくなっていた。
メアリーが声を上げて口上を立てても、皇帝はただこちらを見据えるだけで何も反応してこない。
きっぱりと否定されたアンも、何も言い返してこない。
ただ皆の注目はメアリーに集まっていた。もうどうせなら言いたいだけ言ってやろう。メアリーは嘲笑ってみせた。
「──それに、アン・テスラは帝王学を学んでいない。ブライトンをまとめられるとは到底思えない。ダヴィア帝国がブライトン王国の女王の後ろ盾となれば、それは侵略と変わりません。傀儡国家として成立させようとすれば、南北の大国の反発は必至。昨年、我がダジュール侯国が兵を出さなかったのは、北からの侵略者に備えてのことです」
南の大国、ロワール王国とニッヒラビの土地を争うのを、何度も繰り返してきた歴史がある。
その隙を狙って、北の大国、キハール帝国が攻めてくるのも、同じく繰り返してきた事実だった。南北の大国に囲まれた小国達は、両国に対抗する為に連合し、ダヴィア帝国となった。防衛の為に帝国が成った訳で、領土を広げる為に成った訳ではない。
「私ごときが意見を申し上げるのは、ひとえに帝国の為です。ニッヒラビを占領した者を取り立てるばかりでなく、我が夫の影の支えがあったことをお忘れにならないでください。ましてやブライトン王家の復活など、選帝侯会議の議題にも登らなかった。陛下の独断先行であるのならば、私たちは納得しかねます」
言い切って、落ち着こうと息をはく。いつの間にか腕が震えていた。皇帝陛下に無礼な物言いをして、無事ではいられないだろう。もうどうでもいい。やけくそだった。
これでいい。言うだけは言った。一番はアンに対する恨みだが、隣にいるウィレムも、皇帝も、みんなみんなメアリーにはもう許せない存在だった。
「辛気臭いベールなんかして。女王になろうと言うのなら、顔ぐらい見せたらどうなの?」
ふ、と鼻で笑って見せる。すると、彼女も、ふ、と笑った。
アンが初めて見せた感情に、メアリーは馬鹿にされたと思った。メアリーはアンを睨みつけた。
「なによ。言ってみなさいよ」
アンの隣にいるアーネストが一歩前に出る。アンが何かを囁くと、アーネストは後ろに下がった。
代わりにアンが前に出る。膝を折り皇帝陛下に礼を取ると、アンはメアリーに向き直った。
「ありがとう」
「──は?」
「心配してくれているのね。屋敷では、伏せっている私を何度も見舞ってくれたものね。心優しい妹で、私もどれだけ救われたことか」
「な、なに言ってるの」
メアリーは自分の行いを重々承知していた。はやり病に罹った者の使っていた毛布を運ばせたのは、自分の指示だと、はっきりアンに告げていた。
「陛下の許可なく意見したのも、私を守るため。私のような未熟な者が女王になるなんて、貴女からしたら到底無理だと思うものね」
「…なにを企んでいるの」
「企みなどありません。私はただ、妹の弁護をしています」
「弁護?必要ないわ。私は帝国の未来を憂いて」
アンはまた笑う。メアリーに背を向けると、皇帝陛下に深く膝を折った。アーネストも同じく片膝をつく。
「陛下、妹の愚行をお許しください。妹は何も知らないだけなのです。あらゆる誤解を解くために、どうか陛下がお示しください」
「許そう。まだ説明の途中だったのでな。二人とも座れ。そしてダジュール候爵夫人」
名を呼ばれメアリーは膝をつく。対するアンとアーネストは、皇帝の許しを得て、椅子に座った。
「そなたの主張によると」皇帝は話し始める。「アンには跡継ぎを産めず、また王となる才も無い。王が処刑された国に介入すると、南北の大国に付け入れられる。そうだな?」
メアリーは力強く頷いた。
「帝国の為にはなりません」
「我が帝国が、弱いとお主は言うのだな?」
「いいえ、決して」
「そう言っているのと変わらんだろう!」
ドン、と強く王杖を突き立てる音。皇帝の怒りに慄いて、地響きをも錯覚するほどだった。周囲から悲鳴が上がる。
「この愚か者めが!余の言葉に逆らいおって。いいか。余の言葉は帝国の言葉だ。余が口にした時点で、すべての心算は終わっておるのだ!ブライトンに介入すれば、ロワールとキハールが黙ってはおらん。そんなことは赤子でも分かる。対抗手段があるからこそ、今お主らに明かしたのだ!」
皇帝の叱責に、メアリーはその場に硬直した。余りの恐怖に、何の反応も出来ない。
皇帝は続ける。
「何も血筋だけで彼女を女王にしようというのではない。アンには女王となり得る器が備わっている。女ながら余にも劣らぬ威風を身につけておる。アン、良い機会だ。皆に姿をよく見せてやれ」
皇帝に促され、アンは一人立ち上がる。中央のよく目立つ壇上に上がると、皆の者に向けて、一度深くお辞儀をした。
「ダジュール候爵夫人」
皇帝に呼ばれたメアリーは顔をあげる。皇帝の怒りに触れてから、ずっとメアリは膝をついた姿勢のまま、耐えていた。
「立て。そしてアンの姿を目に焼き付けろ。果たして女王に相応しい人間なのか、お主自身で確かめよ」
強い語気に圧倒されながらも、メアリーは立とうとする。しゃがみ込み続けていたから立つのも一苦労で、椅子の背もたれを支えに何とか立ち上がった。
隣にいて助けてもくれないウィレムが一言「なんてことをしてくれたんだ」と言っていたが、メアリーはもう気にしていられなかった。
アンがベールを外す。メアリーは目を見張った。
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