【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

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 アルバートが戻るとすぐ、馬車はそのまま走り出した。ローズは涙を拭いて外に目をやった。屋敷の門を出ると、来た道を引き返すように、人気のない路地を通っていく。アルバートが何も言わないから、ローズも何も聞かなかった。本当は泣いていたから、喉がひくついて声が出せなかっただけ。聞きたいことは増えていくばかり。ずっと顔を背けていた。馬車がどこへ向かっているかも分からないまま、ずっと無言だった。

 馬車が止まる。ローズはその拍子にアルバートの顔を垣間見た。彼の横顔、前髪の隙間から見えたその瞳は、赤くなっていた。自分と同じ、泣いた痕跡だった。ローズは胸が締め付けられる思いがした。医師が何を話したのか。良くない話なのは確かだ。知らずに涙した自分と、知っていて涙した彼と、どちらが苦しいのだろう。──後者だろう。人の為にあんなに涙するのだから、きっと彼のほうが苦しい。
 優しいその人に肩を寄せてみる。躊躇うように肩を抱かれ引き寄せられた。


 とある貴族の屋敷だという。屋敷の主は領地に戻っているからと貸してくれたそうだ。
 馬車から降り立つ。どこの屋敷でも、大体の間取りは同じ。初めて入っても何ら支障はない。二階の客間に通される。十分な広さのベットに、シンプルな丸テーブルと丸椅子。寛げる長椅子。よくある設えだった。
「当分はここで寝泊まりする」
 アルバートは澄まして言った。もう目は赤くなかった。
「当分…?すぐお戻りになるのでは?」
「シュタイン医師の治療を受けることになった。毎日来るから、そのつもりで」
 何の病なのかも知らされず、治療だけ受けろという。アルバートの涙を目にしていたローズは何も聞かなかった。
 アルバートが使用人に湯浴みの支度を命じる。それからローズの手を握った。
「明日にでも植物園に行こう」
 思わぬ誘いだった。てっきりローズはもう、外出してはならないものだと思っていた。
「…いいんですか?」
「屋敷ばかりでは気が滅入る。植物園はガラス張りの建物の中にあると聞いた。そこなら身体が冷えることもない」
 クリスタルパレス、と呼ばれる全面ガラス張りの温室は一年中、一定の気温を保っている。保養所も併設されていたのをふと思い出した。
「身体を温めないといけないんですか?」
 何に気をつければいいのか、それくらいは教えてくれるだろうと思い尋ねた。アルバートが頷く。
「湯浴みは即効性があるが、体力を消耗させる。普段は厚着して、常に湯たんぽを携帯しておけばいい」
「他は、何かありますか?」
「…そうだな」
 手を引かれ、長椅子に座る。手を繋いだまま、アルバートはじっとそこに視線を落としている。口は僅かに開いていて、言うのを躊躇っているように見えた。
「すまない」
 そう言って、アルバートはローズを抱きしめた。
「とにかく身体を冷やさないように。体温が低下すると毒が進行する。処方された薬を飲んで、残りの毒が排出されるように促すが、いつ完全に排出されるか分からない。だが進行を抑えることは出来る。少しでも、何か違和感があったら直ぐに言ってくれ。気のせいでも構わない」
 更にアルバートは強く抱きしめる。
「死ぬような毒じゃない。安心してくれ」
 ローズも彼の背中に手を回す。アルバートが呼吸するたび、ローズの身に伝わった。
 どちらともなく身体が離れる。アルバートと視線を交わらせる。彼の顔が近づく。唇が重なる前に、ローズはアルバートの胸を押した。
「あ、あの…」
「いやか?」
「そうでなく…あの、」
 ローズの向ける先、アルバートも横を向く。
 扉にリラが立っていた。顔色一つ変えずに二人を眺めるように見ていた。
「湯浴みの支度が整いました」
 平然と言うので、アルバートは眉をひそめた。
「ノックぐらいしろ」
「ノックしてもお返事がありませんでしたので、入りました」
「そういうときは入らないものだ馬鹿者」
 アルバートは小さくため息をついて離れ、長椅子の端に寄った。ローズは気まずさと恥ずかしさから、顔から火が出そうだった。
「あの…湯浴み、行ってきます…」
「ああ。ほどほどにな」
 ローズは頷いてリラの元へ向かった。リラは扉を開けた。そこを抜けて、廊下に出る。リラが追いついて、湯浴みの部屋まで先導した。
「ラブラブですね」
「やめてリラ」
「何故ですか?良いことです」
 リラはそういったことに恥じらいが無いらしい。認識の違いは仕方ないが、だからと言ってローズの恥ずかしさが消えるわけでもない。服の下は汗をかいていた。ローズはこの件はもう話すのを止めようと決めて、別の話題を振った。
「明日、植物園に行きますよ」
「植物園?旦那さまも行きますか?」
「ええ。アルバート様が誘ってくださったの」
 リラはニヤリと笑った。不敵な笑みに、ローズは胡乱げに見返した。
「旦那さまとデート。ラブラブですね」
「リラ…その、恥ずかしいわ。そういう言い方は止めてください」
「旦那さま、お医者様とお話して元気無いように見えました。でも、奥さまとお出かけなさるのですから、私の気のせいだったようです」
 それは、馬車の外での二人が話していたことを言っているのだろう。同じく馬車の外にいたリラなら、二人が何を話していたのか知っているのかもしれない。でもアルバートがそんなミスをするだろうか。しないだろう。ローズは曖昧にそうね、と答えた。



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