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旅行2
しおりを挟むナセル湖へ。秋めいて、空気が澄んで、暑さも和らいで、観光するには良い季節だった。
国境近くの城に滞在するという。湖畔に造られた石造りの城で、昔は隣国の監視に使われていたそうだが、別の監視台が建てられてからは、今はその役目を終えている。今は王族の所有で、王自らも滞在することがあるという。
移動は馬車を使った。到着して降り立ち、エリザベスは思わず目を見張った。
一面に湖が広がり、湖面は波もなく静かだった。滞在する城は白く、六角形の形をしており、湖に浮かんでいるように建っていた。開けた丘は牧草地で、牛が呑気に草を食んでいる。
「素敵…」
思わず口に出す。穏やかな景色に、エリザベスは感動していた。
先を歩くアーサーが早く来いと手招きする。エリザベスは小走りで城の門をくぐった。
「湖に繋がっているから、城から直に舟を出せる。今から乗ろう」
「お疲れでしょう。今日はお城を探検してみたいです」
「そんなのいつでも出来る。せっかく湖に来たんだ。天気もいい。先に舟だ」
こっちだと、手を引かれる。アーサーは手袋をしていた。エリザベスが触れられるのが怖いと言ったから、じゃあ手袋をしていれば問題ないだろうということらしい。
そんな気持ちは切り替わらないと思っていたら、不思議なことに怖くなかった。思いのほか人間というものは単純に出来ているらしい。
階段を降りると、そこは船着き場になっていた。ちいさな黒塗りの小舟が一艘、浮かんでいた。
エリザベスは恐恐と舟に乗る。揺れるから舟のヘリにしがみついた。
アーサーは手際よくロープを外し、エリザベスの向かいに座ると慣れた様子でオールを漕ぎ始めた。後ろを振り向きながら進路を確認していく。船着き場から出ると、一面はもう湖だけ。陸地からどんどん離れていく。
湖は底が見えるほど澄みきっていた。小魚や水草までありありと観察できた。
アーサーは旅の疲れも一切見せずにオールを漕ぎ続けた。エリザベスが振り返ると、城が遠くに見えた。
「こんなに遠くまで来てしまって、大丈夫なのですか?」
「国境線はもっと奥だ」
「そうではなく、お疲れでは?」
「馬車の中だと体が固まる。いい運動だ」
と言いつつ漕ぐのを止めた。アーサーはオールから手を離して景色を眺め始めた。
エリザベスも周りを見渡した。北は山脈、南は牧草地、湖畔には水鳥、どこを見たって絵になる。
二人とも無言だった。でも居心地は悪くない。しばらくそのまま、穏やかな時を過ごした。
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