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旅行5
しおりを挟む帰りの馬車の中、エリザベスはじっとアーサーが打ち明けるのを待っていた。
しかしアーサーは狭い座席に寝ころんでしまった。エリザベスは直ぐに彼の額をぺし、と叩いた。彼は目を見開いて起き上がった。
「痛いぞ何する」
「昨日ご自分でおっしゃったこと、もう忘れたのですか?」
アーサーは額に手を当てている。不満そうな顔をしているが、エリザベスだって不満だった。怒りもある。
「昨日寝れなかったんだ。少しくらい寝させろ」
「え…?そうなんですか?」
隣で寝ていたが全然気づかなかった。むしろエリザベスは毎日熟睡だった。
「昨日、リズが布団を取っていくから寝れなかった」
「そ、それなら起こせばよかったじゃないですか」
「寝相悪いぞお前」
「え!?うそ…!でも、でも、わたし、あんまり寝返り打たないと思うんですけど」
慌てるエリザベスに、アーサーは笑い出した。それから嘘なのだと気づく。
「なんなんですか貴方はもう!」
「そんなに取り乱すな。布団取られたのは本当だ。引っ張ってもビクともしなかった。結構力あるんだな」
「もういいです…。話をしてから寝てください。気になってるんです」
エリザベスは咳ばらいする。まだ笑顔のアーサーは、からかえたことに満足しているようだ。
「布団を二つにしてもらうか」
「もういいですってば」
にやにや笑っているアーサーの膝を叩く。するとアーサーは逃げるように隅へと寄った。
「直ぐに手が出るようになって。剣術でも習ったらどうだ」
「結構です。──事を起こすのに、このような旅行など、そんな暇無かったのではありませんか?」
また軽くあしらわれるのではと思ったが、アーサーはすんなり話題に乗ってくれた。
「そんなことはない。昔から集めてきた証拠は既に揃っている。後はタイミングだけだ」
「証拠?」
「俺はセシルに殺されたわけだが、どうしてもセシル単独とは思えない。誰かにそそのかされたとしか思えなかった。こうして時を遡って、俺なりに考えてみると、一つの可能性が浮上した」
エリザベスにアーサーとの因縁があるように、アーサーにもセシルと因縁がある。ずっと、いつか産まれてくるセシルの為に考えてきたのだろう。セシルによってもたらされた死を受け止められないようにも見えた。
この件になるとエリザベスは何も言えなくなる。セシルを知らぬまま死んだ原因はアーサーにあるのだが、そこを恨んでいては先に進めない。
「セシルが話を信じてしまう人物が近くにいたのですね?」
「母上としか思えない」
現王妃。マルガレーテ王妃。アーサーの実母である。エリザベスはまさか、と信じられなかった。
「王妃さまが?」
「母は昔から私を疎ましく思っていた」
「そんなわけないじゃないですか。貴方のこと、とても大切に思われていますよ」
アーサーは鼻で笑う。
「今世で初めて会った場所を覚えているな?山の、療養所だった。あのとき私は過度の毒を飲まされて中毒になっていた。毒抜きの為にあそこにいた」
思わぬ話にエリザベスは絶句する。毒などと、あの当時、そんなふうには全く見えなかった。
それから思い出す。以前、療養所でのことを彼は話しかけていた。これを言いたかったのだ。
「毒を飲ませたのは母だった。母は隣国のグレアの王族だ。優秀な俺よりも従順な弟の方が御しやすいと思っていたんだろう。弟を王にしようと、俺に毒を盛った」
アーサーには三つ下の弟がいた。オペラやクラシックを好む物静かな性格だった。
「まさか…そんなことを王妃さまが?」
「俺も初めは信じられなかった。前はそんなこと、微塵も気づけなかった。だが探っていくと、母としか思えなかった。証拠はある。セシルが幼いうちに母上から遠ざけて、付け入らせないようにする」
王妃を糾弾し隠居にでも持ち込めば、力を失うだろうと見込んでいるのだろう。そうなったらセシルも惑わされることもないと。それがアーサーの考えだ。
話を聞いても、直ぐには信じられなかった。だが彼が嘘をつく理由もなかった。
「それで今は…体は大丈夫なの?」
アーサーは腕を組んで口元だけで笑った。
「見ての通り健康そのものだ」
「毒の後遺症は?」
「無い」
確かに今までを思い返す限りでも心配はなさそうだ。エリザベスはホッと胸を撫で下ろした。
話は終わりとばかりにアーサーは座席に寝転がる。目を閉じたので、エリザベスはまだ王妃の件について話を聞きたかったが、邪魔しないように声をかけるのを止めた。
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