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しおりを挟む思いがけない再会。思わぬ求婚。頭の中でぐるぐると回って、その日はなかなか眠れなかった。
無理をし過ぎたのか、気を張りすぎたのか、翌日に熱を出した。大丈夫と言っているのに父は付き添い続けるから、マリアは申し訳なかった。
「…父さま、無理してるでしょ?」
「本を読んでるだけだ」
椅子に座っている父は本の背表紙を見せた。
「そうじゃなくて、あの人の借金」
「お前が気にすることはない」
「気にするわよ。私のせいだし」
「今は休むことを考えなさい。そんなことを考えていたら、いつまでも治らないぞ」
父は話すつもりはないらしい。そう言えば、屋敷にいる使用人の数が減ったように思う。父が好きだった葉巻。てっきりマリアは自分の体調が悪いから遠慮しているのだと思っていたが。もしかしてと思うことがどんどん浮かんでくる。なのに医師を同行させて、舞踏会への手配もしてくれて、気遣ってくれている。マリアは背を向ける。眠るふりをして涙をこらえた。
訪問客がいると知らせを受けて玄関ホールへ向かうと、そこにいたのは陛下だった。花束を抱えて待っていた。
「お断りしましたが」
そっけなく言う。
「受け取ってもくれないのなら、この花はドブに捨てることになる」
「勝手になさって」
マリアは反対を向いた。
「話がある」
無視して部屋へ戻ろうとする。階段を登っていると、上から父が降りてきた。
「どうした」
「なんでもない」
父は下を見やった。玄関ホールに立っている陛下の姿を見て、マリアに顔を向けた。
「どちらのお方だ」
「知らない。お断りしました。部屋に戻ります」
「そう無碍にするものではない。花ぐらい受け取ってやったらどうだ」
「ならお父さまが貰ってください」
父の静止も聞かずに歩を進める。部屋に入って、鍵をかけた。
コンコンと扉が叩かれる。父だった。開けると、あの花を花瓶に入れて持っていた。窓際の棚の上に置かれる。
「お前が好きな花ばかりだ」
言われてみれば、そうかもしれない。青い花ばかりだった。
「誰かは明かさなかった。お前が話さないなら話せないと」
「ちょっと知り合っただけです」
「そうは見えなかった。良い男じゃないか。真摯なのは、若いからかな」
「やめて。私が前の人とどうやって一緒になったか知ってるくせに。そういうのはもうこりごり」
父は陛下の顔を知らないらしい。あまり公式の場に姿を見せていないのかもしれない。即位したばかりだからだろうか。臥せっていたマリアは世情に疎かった。
父は手紙を取り出してテーブルに置いた。
「読んで、その気になったら返事が欲しいそうだ」
「捨てて」
「それくらいは自分でやりなさい」
言って、部屋を出ていった。残されたマリアは最初、見向きもしなかった。開いている窓から冷たい風が吹き込んできた。閉じようと思って、花瓶に目がいく。無造作に入れられた花の向きを変えて整える。その中に一本だけ、白いバラが混じっていた。
花園、一度だけ足を踏み入れた。夜なのに薔薇の匂いで満たされていた。思い出して、窓を閉めた。
手紙は、マリアが想像していた内容とは違った。
王妃ではなく、愛人にならないかという誘いだった。
舞踏会から数日の間に、借金の金額を調べ上げたらしい。こんな連絡手段の難しい離島でよく調べ上げたものだと感心する。
その金額が正しければ、確かに物凄い金額だった。どんな条件で借金したのか知らないが、利子が相当膨らんだのだろう。元夫を恨むとともに、自分も全く把握していなかった責もある。父がすべてを被るのはお門違いだ。
愛人となれば、相応の報酬を払う。報酬、期間は要相談。その他もろもろの条件も要相談。
マリアは手紙を封筒に戻した。
勝手に、恋文だと思っていた馬鹿な自分がいた。自分から拒絶しておいて、何を期待していたのやら。本当に馬鹿。
窓際の花瓶を見る。好意を自分は受け取れない。でもこの花を枯らしたくはない。母を自分のせいで亡くして、子も失い、そのうえ父まで無理させて死なせたくない。
鏡を見てみる。随分痩せて見えた。こんな女、どうして彼は妻になどと、あんなことを言ったのだろう。他に良い人はたくさんいる。自分である必要が無かった。
手紙を出すと、直ぐに彼はやって来た。また花束を持っていた。
「まだ前の花も枯れていないのに」
受け取って、中に招き入れる。彼は白のスーツを着ていた。いつも単色で、柄のないシンプルなものを好んだ。
「捨てられたと思っていたから」
「父が花瓶に生けてしまいましたから、仕方なく」
「やはり貴女は優しい」
「どこがですか」
「貴女は花を捨てるような人ではなかった。記憶の通り、貴女は優しい人だ」
「こんなことで、大袈裟ですよ」
なんでもない顔をして、二階へ案内する。自室に引き入れた所で、彼はマリアの顔をすくって口づけした。
そっと抱きしめられる。マリアは肩を押して離れた。
「いい景色でしょう?」素知らぬ顔で言う。「海が見えて、気持ちが良いです」
「ああ。…そうだな」
マリアは持っていた花束をベットにひとまず置いた。それからテーブルの椅子に座る。
「陛下、お座りください。契約を結びましょう」
彼は言われるがまま座った。海風が吹き抜けて、窓際の花を揺らした。
帰宅した父に話をする。既に陛下は帰ったあとで、契約書を見せると父はそれを握り潰した。
「…何故だ」地を這うような声だった。
「ごめんね父さま」
「お前の人生だ。お前が決めるべきだ。だが、急に心変わりした理由は何だ」
マリアは自分で自分の手を握った。
「お金、返したいの」
「そんなことでか」
「重要だもの。…あのね、あの人、王様なの」
父は契約書を広げて確認した。フルネームの署名。誰もが知る名前が記されていた。
「陛下は最初、王妃にと言ってくださいました。年が離れすぎてるし、私にはそんな大役できっこない。断ったら、愛人にと。…父さま、怒らないで」
「怒ってなどいない」
と言いながら、険しい顔をしていた。
「マリア、いつ知り合った」
「この前の、仮面舞踏会…」
「彼は前にも会ったことがあると言っていた。それはいつだ」
父は本当に察しが良い。父が何を言わんといしているのか分かった。
マリアは隠すのを諦めて、指摘される前に話をした。
「二月に、お会いしました。あの子の父親は陛下です」
「そうか。…すまなかった」
「私が悪かったの。これは私と父さまだけの秘密。絶対に陛下には言わないで」
父が苦しい顔をしているのが辛かった。そんな顔させたくなかった。
「父さま、分かってください。お金を返したい。それが一番の理由です」
「もうお前しかいない私の気持ちも理解してくれ」
「それはお互い様でしょ。絶対に無理しないから」
どれだけ父が苦言を呈しても、もう遅い。契約を交わした後なのだから。
父も分かっていながら、せめて怒りを見せることで、どれだけマリアを大切に思っているか示しているのだ。父の優しさにマリアは慰められた。
マリアは父から契約書を引き取った。ぐしゃぐしゃになったそれも、父の優しさだった。丁寧に丸めて、箱に入れた。
「こんなことになるなら、手紙を渡すべきではなかったな」
「ごめんね」
「私は契約で大事な娘を縛ったりなどしない。一つ、絶対に守って欲しいことがある」
「うん…なに?」
「何かあったら、直ぐに私を頼りなさい。必ず助ける」
罪滅ぼしなのかもしれない。子を失った悲しみは、マリアだけでなく父にも平等に分け与えられていた。
「うん──分かった。頼もしいわ。ありがとう」
マリアの言葉に、父は頷く。寡黙な父なりに言葉を重ねてくれて、その優しさが身にしみた。
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