【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

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 マリアが王妃になり、多くの女官が付くことになった。昔からマリアの世話をしてくれたサリタは女官長となった。
 王妃専用の居室が与えられ、ノアとは隣同士になった。一本の通路で繋がっていて、いつでも行き来が出来た。主を伴わなければ、使用人は通れない。
 ノアはそこを通ってやって来ては、傷の具合を確認していった。労りの言葉をかけられ、唇が触れる。いつも笑顔なのが、マリアには怖かった。


 傷が回復するにつれて、ノアの政務が耳に入ってくるようになって来た。
 議会は相変わらず開かれず、王による独裁が続いていた。
 弾圧も続いていた。公妾であった時に王妃を非難したとされる者たちは、貴族であろうと改宗していようと容赦なく捕らえられた。既に改宗騒ぎで捕らえられていた者たちと相まって、監獄は多くの投獄者で溢れているという。

 マリアは自分を非難した者たちを許すようにノアに頼んだ。するとノアはあっさりこれを許すと言った。
「本当ですか?」
「他ならぬ貴女の願いだ。マリア、傷の具合は?」
「変に動かさなければ、痛みもありません」
 ベットでほとんど寝たきりだったから、体力が衰えている。そろそろ庭で散歩でもしたいところだが、部屋から出ることを禁止されていた。
「ノア様、庭を歩きたいのですが」
「今日は雨だから明日な。私も付き合う」
 窓から見える景色は青空だった。
「…分かりました。では、王宮内は歩いてもよろしいですか?」
「貴女をここから出す気は無い」
 口が合わさりベットに沈む。そのまま、マリアは逆らえなかった。

 その日から、ノアはマリアを求め続けた。庭にも行けず、父にも会えず、ずっと部屋に閉じ込められた。
「私は一生ここから出られませんか」
 朝の日課の本の朗読。マリアが傷を負ってからは絶えていたが、最近また再開し始めた。女官が起こしに来るまでの僅かな時間に、ノアが読み聞かせてくれる習慣だった。
「貴女は私のことを好きではないから、自由にしたらいなくなってしまう。前のように」
「自分の立場を理解しております。逃げません」
「やはり、私のことを愛してないんだな」
「このような無体をされて、貴方様を愛せましょうか。正直言いますと、すっかり変わってしまった貴方様の傍にいるのが怖いんです」
 本心を打ち明ける。マリアは起き上がると、倦怠感残る体を動かしてベットを降りた。窓から外を眺める。
 季節が進んで幾分か寒さが和らぎつつあった。とはいえまだ寒い。マリアは直ぐにベットに戻った。
 ノアはずっとベットで待っていた。マリアを引き寄せると、手を握った。
「貴女の気持ちを待とうと思った。でも、死んでしまったら元も子もない。かといって諦めきれない。私にはマリアしかいない」
「王太后さまも、アルバートさまもいらっしゃるじゃありませんか」
「私に死んでほしいと思ってる奴らだ」
「そんなこと」
「この国教改宗が落ち着いた頃に、全ての責を負って退位に追いやられる予定だった」
 知らなかった事実に、思わずマリアはノアを見やる。ノアは視線を落として繋がっている手を見ている。
「本当は、初めから王妃にとは望んでいなかった。自分の末路を知っていたから。貴女が王宮から去ったときに、私の恋も終わっていた」
 でも、と呟く。
「思いがけない再会をして、逃したくなかった。私に気持ちが向かなくとも、もういいんだ。傍にさえいてくれたら」
「あのお二人を、どうなさるおつもりですか」
「どうもしない。母は既に遠ざけた。アルバートはまだ幼い。成長して、王位を望むなら、譲ってやってもいい。どうせ跡継ぎもいないのだし」
「…もし、私が身ごもったら?」
「そんな話に意味はないのだろう。無い話はしない」
「もしです。お答えください」
「男児なら跡継ぎにする」
「それでもアルバート様が王位を望むようでしたら…?」 
「事前に手は打つだろうな。…マリア、もしかして」
「私は身ごもれません。ただの話ですよ」
 
 ノアが去ってから、マリアはサリタに打ち明けた。サリタは苦しい顔をした。
「身ごもれない薬はございます。ですが、あまりお身体には良くないと聞きます」
「いいの。お願いします」
 余計な火種を作るつもりは無かった。強くサリタに口留めして、薬を用意してもらった。

 サリタの言う通り、マリアは体調を悪くしていった。医師をも抱き込んでいたから、マリアが何故体調が悪いのか、ノアには知らされなかった。
 悪いとは言っても寝たきりまでにはならない。微熱のような怠さがあるくらいだから、体調が良い日は、庭を歩くことも許された。久しぶりの外に、マリアは気が晴れる思いがした。
 サリタに支えてもらいながら庭をゆっくり歩く。近くのベンチに座って、外の空気を吸った。
 サリタが上着を整えながら声をかける。
「やはりあの薬は強すぎます。しばらく服用は控えましょう」
「いいの」
「マリア様…」
「いいの。こんな体で身ごもりでもしたら、きっと流産させてしまう。それくらいなら自分の体を壊した方がまし」
 サリタは何か言いかけたが、結局何も言わなかった。

「なかなか良くならないな」
 椅子に座って本を読んでいると、そう言われる。マリアは本を閉じて膝の上に置いた。
「いいえ、だいぶ良いです」
 手を握られる。
「熱がある」
「微熱です」
「何かの病じゃないのか?別の医師を呼ぼう」
「大袈裟ですよ」
 手をほどいて立ち上がる。ふらつく体をノアが支えた。
「ほら見ろ。マリア、休んでくれ」
 ノアに抱き上げられ、ベットに横たわる。すっかり寝床の住人となってしまったマリアは、いつも夜着でドレスなど滅多に着なかった。
「ノアさま…私などより、お疲れでしょう。お休みください」
「政務なら気にするな。今は宰相を置いて、そいつに押し付けている」
 その話はサリタから聞いていた。宰相とは言っても形ばかりで、ノアがほとんどの奏上を捌いていることも知っていた。
「──マリア、療養しよう」
「季節の変わり目で体調を崩しただけです」
 ノアは濡らした布でマリアの額の汗を拭った。マリアが気づかない内に、汗をかいていたようだ。布の冷たさが気持ちよかった。
「…ありがとうございます」
「目を閉じて。今日は静かな夜だ。よく眠れる」
 マリアの目に手が触れる。視界が暗くなるのに合わせて目を閉じる。ノアの言う通り、静かな夜だった。昨日までは嵐のような強い風が吹いていた。
 
 夢を見た。小さな男の子。泣いて、可哀想だったから、マリアは抱いてあやした。男の子は泣きつかれて寝てしまう。下手に動けなくなったマリアは、腕の疲れに耐えて、静かな眠りを約束した。
 あれは、夢じゃない。昔の話。ノアがまだ幼い子どもだった頃の話。


 どうして急に思い出したんだろう。それは、目覚めてから分かった。
 目を開けると、弟のアルバートが隣で眠っていた。いつの間にかベットに潜り込んで寝てしまったらしい。マリアの腕を枕にしていた。
 腕のしびれはこれだったようだ。従者がいない。もしかしたら今頃は大騒ぎになっているかもしれない。マリアは起こすべきか少し迷った。
 扉が開く。ノアがやって来た。マリアの隣で寝ている弟を見つけると、直ぐにその頭を叩いて起こした。
「んん…」
「起きろ馬鹿。なに病人のベットに入り込んでるんだ」
「私は平気ですから」
 アルバートは目を擦って起き上がると、ノアに両腕を伸ばした。ノアも慣れたようにアルバートを抱き上げる。眠そうに体を預けきっているアルバートの背中をあやすように叩いた。
 手慣れたその様子にマリアは安心した。口ではああ言いながら、ちゃんと兄らしい優しさを持っているではないか。
「ずいぶん手慣れておりますね」
「起きてるとうるさいからな。寝させておいたほうが楽だから、こういうのを身につけた」
 そうだろうか。マリアにはそう見えなかった。
 部屋に戻してくる、とノアは出ていった。アルバートの手がノアの服をしっかり掴んでいるのを、マリアは見逃さなかった。



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