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終
マリアは療養することになった。かつて二人が再会したあの離島の保養所に行くという。
ノアもついて来るらしい。王だから王都から離れるべきでないと何度も言ったが、彼は全く耳を貸さなかった。王の不在中は宰相が差配をするから問題ないという。頑固な彼に押し負けて、共に保養所へ向かった。
移動中は横になっていられる馬車に乗った。船の移動は僅かな時間だが、大事を取って揺れの少ない大きな船で離島へ向かった。
滞在したのは小さなホテルだった。てっきり王族専用の別荘で過ごすのかと思っていたが、そういったものは無いらしい。
外観は小さく見えたが、泊まる部屋は十分広かった。一通りの家具は揃っていて、マリアが王宮で過ごしている居室と変わらない広さだった。
大きなベット。ノアと二人で寝ていても余りある大きさ。寝たきりになるのを考慮して部屋を選んでくれたのだろう。
何と言ってもこの部屋は景色が良かった。そんなに高台にある場所ではないからそのぶん海が近く、潮の匂いを感じた。穏やかな海風が心地よかった。
マリアがバルコニーから景色を眺めている間に、ノアが荷物の整理をしていた。テーブルにカバンを広げ、持ってきた服を引っ張り出していた。
マリアはバルコニーからそれをガラス越しに見つけて、慌てて部屋に戻った。
「ノアさま、ご自分でなさらずとも、従者にやらせては?」
「従者はいない。貴女の女官もいない。別のホテルに泊まらせている」
マリアは話が見えなかった。
「離島では、私たちは王でも王妃でもない。ただの夫婦として滞在する」
「…それはどういう…」
「もちろん医師は毎日往診にくる。私は立ち会わないから、何でも相談するといい」
使用人もおらず、本当に二人だけ。マリアは急に心配になってきた。
薄手の上着をカバンから見つけたノアは、直ぐにそれをマリアの肩に羽織らせた。
「暖かいとはいえ海風は体を冷やす。これを着てれば多少はマシだろ」
「ありがとうございます…あの、ノアさま」
「名だけでいい。ここではただの貴女の夫だ」
「…呼べません」
マリアは俯いた。そんな気安い仲では無かった。
「一回呼んでみてくれ」
出来なかった。言えないマリアに、ノアは苦笑する。
「私は荷物の整理をする。貴女はバルコニーかベットへ」
「お手伝いします」
「させられない。貴女に本の一冊でさえ持たせる気はない」
そう言って、荷物の整理を再開する。マリアはバルコニーに行く気になれず、ベットに座ってその様子を見つめた。
本当に二人きりになってしまった。食事や洗濯などは宿の者がしてくれるが、その他は全部自分たちでしなければならない。マリアはともかく、ノアが手慣れているのが意外だった。聞けばこの離島ではいつもそうしていたという。この宿も初めてではなく、いつも身分を隠して滞在していたそうだ。
最近は身ごもらない薬の服用を止めていたので体調は回復しつつあり、杖をついてなら島内を歩くことも出来た。
ノアはここに来て、元の彼に戻っているように感じた。政務から離れたお陰か、憑き物が落ちたように穏やかになった。
島内の散策。もう日課になっていた。ノアに寄りかかって杖をつく。石畳の道を、つまずかないように歩く。前来たときと同じように猫がたくさん転がっていて、マリアは見ているだけで嬉しい気持ちになった。
いつもの散歩道に、花屋があった。通るたびにノアは一本だけ買って、部屋に飾っていた。
この日も花屋に立ち寄った。どれにしようかとノアに聞かれ、マリアも並ぶ花たちを見て回った。どれも見頃を迎えていて目移りしてしまう。
「ガーベラはどうだい?黄色の」
店主の男が声をかけてきた。指をさす方を見てみると、細い筒の中に黄色い花が満開に咲いていた。
「黄色は元気出るよ」
病人のマリアに向けての言葉だろう。小さなヒマワリのような花は、たしかに見ているだけで元気になりそうだった。
「ノアさま、こちらをいただきましょう」
「ああ、店主、包んでくれ」
あいよ、と店主は直ぐにガーベラを一本、二本手にとって包んだ。マリアが受け取る。
「一本はおまけだよ」
「ありがとうございます」
「綺麗な奥さんもらって幸せだな。羨ましいぜ」
突然そんなことを言われてマリアはうろたえた。ノアも礼を言って店を出る。ニ歩三歩歩いたところで、マリアは顔を向けた。
「奥さんって言われましたね」
「当然だ」
「夫婦に見えてるんですね」
てっきり姉弟とでも思われていると思っていた。夫婦だなんて、という気持ちがマリアにはまだあった。
「これではっきりしただろ?」
「なにがですか?」
「私たちは、どこからどう見ても夫婦だということが」
「まだ…抵抗あります」
「強情め」
ノアは軽く唇にキスをした。すぐ離れて、杖を奪い取られる。もっと寄りかかれと言わんばかりに抱き寄せられる。
大きなたくましい腕に抱かれながら、マリアは確かに夫婦でなければこんなことしないかと、ふと思った。
共にベットで横になりながら、マリアはその夜、一つのことを打ち明けた。
「私…赤ちゃん、お腹の中にいました」
ノアは直ぐに体を起こした。
「…いた?」
「去年の春に、貴方様の子でした」
指南役として王宮に参内しノアと再会した去年の春。彼は出来得る限り頭を回転させたのだろう。マリアの腹に手を置いた。
「その子は…もういないのか」
言葉を選んで言ってくれたのがよく分かった。マリアは、はい、と肯定する。
「王宮を去ってから発覚しました。前の夫からは堕ろせと言われて、そんなこと出来るわけなくて、実家の父に助けてもらおうと、一晩、馬を走らせたんです。…わたし、初めてだから知らなくて…赤ちゃん、無理させてしまって」
「もういい」
流れる涙を、ノアが指でそっと拭う。体を起こされ抱きしめられる。頬と頬をくっつけ合う。
「マリアが何の薬を飲んで体を壊していたのか知っていた。医師を脅したら直ぐに吐いた。だから、本当は身ごもれるのだと気づいた。…すまない」
「ノアさまが謝るようなことは何も」
「貴女の意に沿わないことをした。子のことも。一人で抱え込ませてしまった。私が全部悪い」
「…言うべきではありませんでしたね」
「何故?」
「苦しむ貴方様を見たくはありませんでした」
「そんなことはない」
ノアは強く言った。頬が離れて真っ直ぐ顔を見つめられる。
「苦しみも後悔もある。だが、今日は良き日になった」
優しく言われる。
「良き日、ですか」
「これで隠し事はもう無いんだろう?私たちの間に偽りもない。その上で、私は貴女をやっぱり愛している。だから良い日になった」
そうなんだろうか。マリアも考えてみる。直ぐに馬鹿らしく思えてみた。今まで、こんなに愛を感じてきたのに、何を今更考える必要があるのだろうか。
「マリアから聞きたい。何か言ってくれ」
両手をそれぞれ握られる。もう何度も繋いできた。彼の指の節の形を覚えきってしまって、よく手に馴染んだ。
マリアは口を開く。愛の言葉を紡いだ。
二人はマリアの父の屋敷にいた。マリアの案内で母の墓標の隣にある、無銘の墓へ足を運ぶ。
ノアはそこに膝をつくと、墓標の上に乗った枯れ葉を払って、小さな野花をそっと置いた。祈りを捧げる隣で、マリアも一緒に目を閉じた。
屋敷で待っていた父から出迎えを受ける。通されたのは応接間。壁際の暖炉には、母の小さな写真が置かれていた。春に産まれた母は、いつも穏やかに微笑んでいた。あの写真も、記憶の通りの顔をしていた。
マリアとノアは長椅子に腰掛ける。テーブルを挟んで、父も座った。
「事前に言ってくれれば、準備出来たんだが」
「何かくれるの?」
「事前に、と言っただろ。よって晩餐を豪華にするくらいだ」
父はやれやれと言った調子で足を組む。
「陛下、マリアは控えめに見えるだろうが、ここぞというときは頑固になる。しかも隠そうとする。どうか、よく話し合って欲しい」
「重々承知している。それだけ芯のある人という証拠だ。抱え込まないよう配慮する」
「頼みます。──マリア、もう借金は完済した。何も気にすることはない。今、陛下のお立場はとても危うい。助けてやりなさい」
はい、と頷く。
父は二人を見返す。ふ、と表情を和らげた。
「親の欲目かもしれないが、私から見ても二人はお似合いだと思う。二人の幸せを願う」
「やだわお父さま、そんなこと言う人じゃないのに」
「お前の母ならそう言ったはずだ」
そうかもしれない。さっき墓参りしたばかりなのに、マリアはまた母の墓碑へ行きたくなった。
帰宅の途につく馬車の中で、ノアは外の景色を見ながら言った。
「ガーベラの花言葉を調べてみた。色によって違うと分かった」
花屋の勧めで黄色のガーベラを買ったのを思い出す。鮮やかな元気の出る色だった。
「黄色は、何だったんですか?」
「究極の愛」
ノアはこちらを向いていた。こういう言葉を臆面もなく言ってしまえるのは、若さゆえだろうか。
「あの店主も粋なことをする。今度行くときは礼を言わないとな」
「また行くんですか?」
「良い場所だ。貴女と再会できた土地でもある。思い入れがある」
マリアは笑った。
「では、また仮面舞踏会に出ませんと」
「マリアとしか踊らないぞ」
「見つけてください。待っておりますから」
ノアはニヤリと笑った。
「そういうのは自信ある」
身を乗り出してきて、口づけされる。馬車が揺れて歯と歯がぶつかる。痛い痛いと言い合いながら、いつまでも触れあっていた。
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