勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第一章

暁の双子ーⅢ

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 その日からしばらくの間、僕ら2人はファルシェ大神官の持つ別邸のひとつで過ごすことになった。
あの後大神官から、現時点での国王側と教会側それぞれの、僕らへの立ち位置を説明してもらい、色々考えることもあるだろうと気遣ってくれて、秘密裏に別邸へと匿ってもらうことになった。
 別邸は、王都の北端に位置する山岳地帯の裾野の森の中にあり、教会や城からは遠い上に人目につかずにすんだ。上位聖職者の持ち物としては地味で武骨な石造りの高層物件で、広く大きいけれどなんだか砦みたいな印象だった。
 ところが、執事に案内された僕らの部屋は、真ん中に広めの居間を挟んで左右に個室と贅沢な造りだった。そしてどの部屋も、広く取られた窓から十分な陽の光が取れて、明るく暖かい心地よい部屋だった。

 僕らは一まず各々の部屋へ通されて、食事の時間までの自由をもらった。
部屋に通されて、姿見に映った自分の姿を改めて見た時は、思わず笑ってしまった。ジンさんと同様に、野放図に伸びた茶がかった髪に、記憶にある若い顔。成長期途中のアンバランスで細い身体。そんな貧弱な体に貫頭衣みたいなだらーっとした長い服を一枚着ているだけの恰好。
こんな姿を、僕らは長々と大神官様の前に晒していたのかと思うと、情けなさを通り越して笑うしかなかった。
 姿見の横に据え付けの凝った意匠のワードローブがあり、そこから下履きと地味だけど質の良い生地で作られた上衣と下衣に着替えた。長く伸びた髪を、束ねて紐で縛る。

「まずは、髪を切らなきゃだな…」

 この世界には美容師に似た職人はいるが、通常は貴族や王家のお抱えで、市政の民は自分で切るか身近な者に頼むのが普通だ。おのずと手先の器用な者に頼むことになる。
 そして、日本人だった僕らが1番耐えられなかったのが、《湯船に浸かる》ことが困難だったことだ。とにかく、どこへ泊っても、湯船と言える風呂がないのには参った。
バスタブの様なものはあるんだけど、肩まで湯に浸かることなんか無理なほど浅く、体を洗うだけの湯を溜める桶的役目しかない所ばかりで閉口した。それでも、貴族以上の邸宅には湯殿があることが多く、貴族の特権のひとつらしい。
執事に、湯殿が用意されていることを伝えられて、内心で喜んだのは言うまでもない。

 天蓋付きのベッドへ、ごろりと横たわる。
自覚はなかったけど、相当に緊張していたのだろう。ひとりになった途端、全身から力が抜けて軽い疲労を感じる。
ジンさんを誘って湯殿に行ってみようかと考え、しかし腰が上がらない。
躊躇しているのには、理由がある。
 教会からここへ着くまでの間、僕らは覚醒して以来初めて2人きりになった。御者や護衛はいるにはいたが、外部になる御者台に就いていた。
馬車に乗り込んでからのジンさんはずっと窓の外を眺め続け、僕は何度か話しかけようと試みてみたが、なんだか全身で拒絶されているような…話しかける隙を見つけられなかった。
それでも僕が、諦めずに物言いたげな表情で見つめているのに気づいたのか、振り返って微苦笑した。

「…館に到着して、少し落ちついてから話そう…」

 呟くような、力ない声だった。
それを聞いた瞬間、胸を鋭い剣で刺しぬかれたような痛みが走った。

――― やはり、生き返らせたことを恨まれているだろうか…。
大神官の語りを聞いていた時、彼の眸に浮かんだ険しさを思い出した。
瑠璃たちにも言われた『冴木さんは、そんなことを望んでない』って台詞が、頭を巡る。
でも、僕は後悔していないんだ。
これは、僕のエゴだって理解している。瑠璃たちに叫び返した《彼の魂を置いて帰れない》なんて理由は、耳ざわりのイイ建前でしかない。

 本当は――― 僕の本心は。

 控えめなノックの音に、我に返って飛び起きた。
居間につながる扉からのノックの音に、恐る恐る近づいてノブを引くと、ジンさんが立っていた。

「お茶を入れたんだが…こっちで話さないか?」
「…もう、いいんですか?」
「さっきは……すまなかった。もう、大丈夫だから…」

 僕と同じような服に着替えたジンさんは、すまなそうに眼を伏せるとひとつ大きく深呼吸した。
吹っ切れたと言うより、受け入れたとでも言う雰囲気。僕も覚悟を決めて、居間へと移った。
 やわらかな花の匂いがする。
招きに応じて、テーブルではなく暖炉のそばに敷かれた厚手の絨毯の上に座り込む。一抱えほどの大きさの毛皮布団が座椅子代わりに置かれ、座卓の上には酒瓶と茶器が並んでいた。

「お茶じゃなくて、お酒じゃないですか…」

 少し呆れて突っ込むと、ジンさんはふっと笑って瓶を手にした。

「ヴォンネ酒なんざ、酒とは言わん」

 ヴォンネ酒とは、この王国では普通に出回っている花酒だ。アルコール度の低い日常酒で、飲み水の代わりみたいに飲まれている。ヴォンネと呼ばれる薔薇に似た香りの強い花を漬けた、赤ワインみたいな色合いの少し甘味と酸味のある爽やかな酒だ。
 陶器の茶器に注がれた酒は、花の香りがする。
ゆっくりと味わい飲む。

「……恨んでますか?」

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