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第一章
暁の双子ーⅣ
しおりを挟む「……恨んでますか?」
それが、まず訊きたかった。
その答えによって、この先の人生を考える必要があったから。
僕の勝手な願いは、十分に叶えられた。今度は、ジンさんの心情を優先しなければ…。
「目が覚めてからずっと……自問自答していた。ただ、どうしてアズだったのか ―― それが判らない。薫や久斗なら、付き合いが長いことを考慮すりゃ判らなくもないんだ。それが引っかかっている…」
「恨むか許すかは、理由によるってことですか?」
僕らは互いの顔を意識して見ないようにし、ひっそりと話していた。
いつの間にか差し込んでいた暖かな日差しは陰って、木々の間から夕陽だけが覗いている。窓枠の影が、僕らの足元へと伸びて来ていた。
ボッと小さな音を立てて、暖炉に火が入った。同時に、居間の四隅にある燭台も灯った。
魔力を使った、自動式の点火だ。
「…恨んではいない…ただ、訳が知りたいだけだ」
「ファルシェ様から聞いたと思うんですが…あれが全てです」
「皆は生きて帰れるのに、俺だけ死んで魂すらも帰れないのが可哀想だって?だから、リーダーの立場だったお前が責任を感じて、自己犠「違います!」」
返答に納得がいかないのか、ジンさんは苛立ちも露わに蔑むような物言いで煽ってきた。僕は、思わずその言いざまを打ち消した。
ゆらゆらと揺らめく炎の灯りが、ジンさんの険しい横顔を照らす。
「じゃぁ、なんだ!?誰かの口じゃなく、お前の口から言え!」
「…ジンさんに、生きて人生を…まっとうして欲しかったんです。この世界ででもいいから、転生して別の誰かじゃなく…冴木 陣として…」
高ぶった感情を抑え込むためか、ジンさんはふぅーと長く息を吐いた。
僕より一回り大きい手が、また頭を掻く。困惑した時の癖。
居間の扉がノックされた。
今度こそ執事だろうと、僕はジンさんをあえて放って立ち上がった。
食事の時間だと固い声で告げられ、僕はジンさんを振り返ってから執事の後を追った。
広い大食堂での2人きりの食事は、居間でのことが後を引いて、お互いに終始無言のままだった。供されたのは、こってりとしたポタージュと野菜と肉の煮込み。ワインと何種類かの柔らかなパン。
欝々と始めた食事だったが、煮込みを口にした時の歯ごたえや舌触り・味覚を認識して、ふと7年ぶりの食事なのだと思い至った。
7年間も眠り続けていたのに、何の違和感もなく立ち上がり、歩き、話し、飲み食いしている。髪は恐ろしいほど伸びているのに、髭が全く伸びていないことにも今更気づいて苦笑する。
神の守護がどんなものだったのか、眠っていた身としては実感はなかったが、こうしてみると魔法とは全く違う力が働いていたのだと驚いた。
改めて、向かいに座るジンさんを眺める。
僕より2回りほど逞しい体つきで、顔も思春期の子供っぽさは微塵も残っていない。がっしりとした顎とシャープに削げた頬。眼も眉も鼻もしっかり大人の男だ。
どれくらいの年の差なんだろう?
大神官の話では、25歳の僕の生命力を『生前と同じほどの差』をつけて割り振る計画だ、と説明された記憶がある。
なら、僕が10でジンさんが15?そこから7年だから、僕が17でジンさんは22?
ジンさんを見つめながら物思いに耽っていたせか、遠慮なしの僕の凝視に気づいた彼は、複雑な心境そのままの顔で僕を見返して来た。
「……どうした?」
「僕とジンさん、いくつ年の差があるんだろうって思って」
「知らないのか?」
「うん。再生前と同じくらいの差で、25歳分の生命力を割るって聞いてましたが…」
空になった皿を横にのけて、ワインのグラスを手に自分の顔をひと撫でしたジンさんは、ふっと宙へ視線を投げた。
「この顔を覚えているのは…20ちょい過ぎくらいかな…と言っても、これくらいになるとそーそー変わるもんじゃないしな」
「僕は変化が激しい頃だったんで、17なのか18なのか…」
「つまる所、まだガキってことだな」
さっきの蟠りが嘘だったような笑顔に、僕は嬉しくなって笑い返した。
「でも、まぁ…俺たちは、一緒に生まれて一緒に育った。実感はないが、二卵性の双子みたいなものだ。差がいくつかなんて、あまり気にするな」
「はい」
「俺は、生き返れたことは素直に嬉しいと思う…。日本があるアノ世界へ帰れなくなったのは、死んだ俺の自業自得だ。後はこの世界での転生しかなかったが、お前の言う『冴木 陣として』の人生を続けて行けるってことは、嬉しいしありがたいと思える。…言うのが遅くなった。ありがとう、アズ」
僕の頬を、いくつもの水滴が転がり落ちた。
胸が詰まって、息ができなかった。その言葉だけで、僕は救われた。
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