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第二章
旅路―旅立ち
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この世界は、大気の中に魔素と称されるモノが混じっている。
それを体内に溜めこむ仕組みを全ての生き物が生まれ持っていて、溜まったモノが魔力と呼ばれている。
蓄積量は個人差があり、訓練や修練によって育む筋力や体格と違って、持って生まれた才能に左右されている。生活魔法みたいな日常で使用する程度なら、ほとんどの人が難なく溜められる。
魔法使いや術者は当然だけど、剣を振るう職業の人も常人よりは蓄積量が多い。
剣士であっても、筋力以外に魔力量のある人物が傑物に多いのは、それが要因だからだ。
僕は、その歴代の傑物らとは、一線を画したステータスを持っている。ジンさんも同じだ。
なにしろ、魔王と戦うために選ばれて召喚された異世界人だ。
魔王とは、この世界に存在する種族ではなく、魔素がなんらかの原因で歪な集合体となった化物だ。
小さな集合体なら魔獣と呼ばれ、魔族の住む北方の原野を中心に、各国の森林地帯や荒野に現れる害獣だ。魔素が気流や地形の変化によって一カ所に魔素溜まりを作り、それが魔獣の発生場所になっている。もともと魔族の住む北方は、魔素の密度が濃い地域だ。魔族自体が、大昔に高濃度の魔素によって人族や獣族が変化した民族だと言われているくらいだ。
巨大な魔素の塊―――魔王と戦える者は、この地にはいなかった。
「おいおい、神聖加護が増えてるぞ!聖職者じゃねぇってのに、笑っちまうぜ」
「僕もだ…今更どうしろと…」
身を守れる程度のステータスが残っているだけで良かったのに、変わったのは年齢だけ。僕は17でジンさんは22。新たな力まで付与されても迷惑なだけなのに…。
一般兵士と同じ胴着に、僕は片手剣、ジンさんはその辺に落ちていた枝を装備している。
僕は量産品の剣を、力をこめず無造作に大岩に切りつけた。
ガンッ!と嫌な金属音と共に、剣は真っ二つに割れ、刃先の半分は岩の半ばまで切り込んでいた。
肩をすくめてジンさんを見返す。
ついで、ジンさんも手にした枝を、同じ岩に向けて軽く振った。
小さな破裂音を残して、枝も岩も粉々に散った。
「これじゃ、気軽に武器は持てねぇぞ?…マジでどうしたらいいんだよ」
「違う職業をあえて選んでみるとか?ハハハッ」
僕のジョブは”勇者”。
魔王を倒したのに、いまだ勇者を続けなきゃいけないなんて。
この先、絶対に剣を手にしない一生を過ごすか?じゃなければ、人里離れた森や山の中で世捨て人にでもなって?
「こりゃあ、是が非でも賢者のジジィ会わねぇとな。じゃねぇと、殺人鬼になりかねねぇ」
「リフじぃちゃん、たぶんジンさんに弟子になれって言うと思いますよ」
「ああ…あん時は、別れるまで口説いてきたからな。まっ、それでどうにかなるんなら、それも1つの選択だ」
木漏れ日が木々の間からさして、下草の上にちらちらと光を揺らす。
常春の陽光は気持ちがいいが、今の僕らの心境にはなんだか不似合いだった。
***
「身分証明カードと路銀。後は…」
「心配ないですよ。旅には慣れてますから」
憂慮を隠しもしないファルシェ大神官に、荷を詰めた旅用の肩掛け鞄を叩いて笑って見せた。
心の奥には諦観がある。死んでも消えない刻印を、生きてどうにかできるとは思えない。でも、だからと言って立ち止まって、自堕落に過ごせるほど恥知らずにはなれなかった。
だって、生きてこの世界に存在して欲しい、と願ったのは僕だ。
「宿まではこの馬車で行くんだよ。王都から出るまでは馬車から離れないように」
御者に何度も念を押す大神官に手を振って、僕らは別邸を後にした。旅立つ息子を心配し見送る父親のような大神官に、ジンさんは微苦笑した。
1か月と少ししか滞在していないのに、なんだか実家を離れるような一抹の寂しさがこみ上げてきた。
僕らは、ジョブに合わせた標準的な旅装束に身を包み、ジンさんは厚手のフード付きローブと最下級の指輪を、僕は同じく厚手のフード付きマントとショートソードを装備した。それに、強奪されても自動帰還する大容量の鞄。荷物だけ見たら、長旅には見えないだろうね。
「しかし、俺たちが使ってた装備を、城の宝物庫に入れてあるってなんだよ。…ったく!」
「英雄様たちの記念なんでしょ。他の誰にも使えないしさ」
武器や防具を整えてもらった時、何気なく以前の装備のことを尋ねた。ふと思い起こしただけだったか、申し訳なさげに語られた事情に呆れた。
僕らの物だけではなく、仲間を含めた6人の装備すべては、僕らが苦労して手にした大切な物だった。それが王家の財産になっているのは、なんとも癪だったのだ。
「教会に展示されてるとかー、記念館つくるとかー」
「カジュの種だけ返して欲しいなぁ」
「俺は、ドランゴラの皮で作った籠手」
「盗賊にでもジョブチェンジする?」
こんな軽口がきける仲になりたかった。なれるのは、もっとずっと後だと思ってた。
魔王討伐の旅の時とは違う、濃密な1か月。そして、これから。
それを体内に溜めこむ仕組みを全ての生き物が生まれ持っていて、溜まったモノが魔力と呼ばれている。
蓄積量は個人差があり、訓練や修練によって育む筋力や体格と違って、持って生まれた才能に左右されている。生活魔法みたいな日常で使用する程度なら、ほとんどの人が難なく溜められる。
魔法使いや術者は当然だけど、剣を振るう職業の人も常人よりは蓄積量が多い。
剣士であっても、筋力以外に魔力量のある人物が傑物に多いのは、それが要因だからだ。
僕は、その歴代の傑物らとは、一線を画したステータスを持っている。ジンさんも同じだ。
なにしろ、魔王と戦うために選ばれて召喚された異世界人だ。
魔王とは、この世界に存在する種族ではなく、魔素がなんらかの原因で歪な集合体となった化物だ。
小さな集合体なら魔獣と呼ばれ、魔族の住む北方の原野を中心に、各国の森林地帯や荒野に現れる害獣だ。魔素が気流や地形の変化によって一カ所に魔素溜まりを作り、それが魔獣の発生場所になっている。もともと魔族の住む北方は、魔素の密度が濃い地域だ。魔族自体が、大昔に高濃度の魔素によって人族や獣族が変化した民族だと言われているくらいだ。
巨大な魔素の塊―――魔王と戦える者は、この地にはいなかった。
「おいおい、神聖加護が増えてるぞ!聖職者じゃねぇってのに、笑っちまうぜ」
「僕もだ…今更どうしろと…」
身を守れる程度のステータスが残っているだけで良かったのに、変わったのは年齢だけ。僕は17でジンさんは22。新たな力まで付与されても迷惑なだけなのに…。
一般兵士と同じ胴着に、僕は片手剣、ジンさんはその辺に落ちていた枝を装備している。
僕は量産品の剣を、力をこめず無造作に大岩に切りつけた。
ガンッ!と嫌な金属音と共に、剣は真っ二つに割れ、刃先の半分は岩の半ばまで切り込んでいた。
肩をすくめてジンさんを見返す。
ついで、ジンさんも手にした枝を、同じ岩に向けて軽く振った。
小さな破裂音を残して、枝も岩も粉々に散った。
「これじゃ、気軽に武器は持てねぇぞ?…マジでどうしたらいいんだよ」
「違う職業をあえて選んでみるとか?ハハハッ」
僕のジョブは”勇者”。
魔王を倒したのに、いまだ勇者を続けなきゃいけないなんて。
この先、絶対に剣を手にしない一生を過ごすか?じゃなければ、人里離れた森や山の中で世捨て人にでもなって?
「こりゃあ、是が非でも賢者のジジィ会わねぇとな。じゃねぇと、殺人鬼になりかねねぇ」
「リフじぃちゃん、たぶんジンさんに弟子になれって言うと思いますよ」
「ああ…あん時は、別れるまで口説いてきたからな。まっ、それでどうにかなるんなら、それも1つの選択だ」
木漏れ日が木々の間からさして、下草の上にちらちらと光を揺らす。
常春の陽光は気持ちがいいが、今の僕らの心境にはなんだか不似合いだった。
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「身分証明カードと路銀。後は…」
「心配ないですよ。旅には慣れてますから」
憂慮を隠しもしないファルシェ大神官に、荷を詰めた旅用の肩掛け鞄を叩いて笑って見せた。
心の奥には諦観がある。死んでも消えない刻印を、生きてどうにかできるとは思えない。でも、だからと言って立ち止まって、自堕落に過ごせるほど恥知らずにはなれなかった。
だって、生きてこの世界に存在して欲しい、と願ったのは僕だ。
「宿まではこの馬車で行くんだよ。王都から出るまでは馬車から離れないように」
御者に何度も念を押す大神官に手を振って、僕らは別邸を後にした。旅立つ息子を心配し見送る父親のような大神官に、ジンさんは微苦笑した。
1か月と少ししか滞在していないのに、なんだか実家を離れるような一抹の寂しさがこみ上げてきた。
僕らは、ジョブに合わせた標準的な旅装束に身を包み、ジンさんは厚手のフード付きローブと最下級の指輪を、僕は同じく厚手のフード付きマントとショートソードを装備した。それに、強奪されても自動帰還する大容量の鞄。荷物だけ見たら、長旅には見えないだろうね。
「しかし、俺たちが使ってた装備を、城の宝物庫に入れてあるってなんだよ。…ったく!」
「英雄様たちの記念なんでしょ。他の誰にも使えないしさ」
武器や防具を整えてもらった時、何気なく以前の装備のことを尋ねた。ふと思い起こしただけだったか、申し訳なさげに語られた事情に呆れた。
僕らの物だけではなく、仲間を含めた6人の装備すべては、僕らが苦労して手にした大切な物だった。それが王家の財産になっているのは、なんとも癪だったのだ。
「教会に展示されてるとかー、記念館つくるとかー」
「カジュの種だけ返して欲しいなぁ」
「俺は、ドランゴラの皮で作った籠手」
「盗賊にでもジョブチェンジする?」
こんな軽口がきける仲になりたかった。なれるのは、もっとずっと後だと思ってた。
魔王討伐の旅の時とは違う、濃密な1か月。そして、これから。
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