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第二章
旅路―追憶
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頽れた石の柱が、林の間にちらほら見えてきた。
それが古代遺跡の残骸なのは、以前の旅で知った。教えてくれたのは、王国騎士団の1人だったことは思い出せるが名前までは無理だった。
あの時は馬車ではなくて、馬に乗っていた。辺境伯の館まで送られる間の、ちょっとした旅路。
あの頃の僕らは、怒涛の流れについて行くのに必死で、精神的余裕もなく物凄く疲れ切っていた。
自分たちの置かれた状況を深く諦観して、言われるままに放り込まれた訓練所でのレベリングとアビリティ取得の毎日がくり返された。学生時代の体育系部活ですら、こんなに練習なんてしたことないだろう。僕なんて、体育系でもなかったし。
まず武器を持って、それを相手に対して振るうことが苦痛だった。重さや剣の型以前の問題で、心身が無意識に拒絶するんだ。
平和な時代の、日本の都会で生まれ育った僕だ。刃物なんて包丁を持った経験しかないし、生き物に向けて刃物を突き付けるなんて経験がない。その点、出身国で兵役経験のあるアレンは、さすがに誰よりも早くアビリティをものにした。
ある程度の基礎ができると、次は夫々のジョブに合わせた訓練が始まり、専門の施設へと別れて通うようになった。
聖職者の瑠璃と聖騎士のアレンの2人は、神聖光力による神聖魔法と剣技のために教会所属へ。
魔導師のジンさんと召喚師の薫さんと魔法剣士の三峰さんは、魔術師養成所へ。
勇者なんて名前負けならぬジョブ負けしてた僕は、騎士団で剣技や体技を叩きこまれ、くたくたになって帰って来くるのが常だった。
その頃から、僕ら6人の間に親密度の差が出てきた。
女性が2人に男が4人じゃ、それも仕方のないことだったかもしれない。心細くなっていた女性が、側で一緒に苦労する男に気持ちが流れても。それ以前に、僕と瑠璃以外の4人はもともと親しい友人兼同僚同志だ。ましてや、帰ってくる先は王が用意した館。みんな一生懸命に、目標に到達するために日々を過ごし、身近な人と励まし合っていただろう。
僕は、ただ眺めているだけの立場だった。心にあったのは、嫉妬や愛憎ではなく、内省からの焦りと疎外感だけ。
《僕のどこに、勇者の資質なんてあるんだろう》
毎日がその気持ちだけでいっぱいで、一喜一憂しながらも着々と習熟して行く仲間たちのことは視界に入っても意識が向かなかった。
そんな時、王は僕たちを城に招き、初めて国宝の《英雄たちの武器と防具》を差し出した。
それを装備できるLvに到達したからだと、まるで褒賞を与える様に。仲間たちには発奮材料になったようだが、それは僕をひたすら追い詰めた。
王たちの期待と催促は僕に突き刺さった。焦燥感で眠れず、寝床でステータスを凝視して過ごしていた。
僕は、気づかない内に孤立していた。
『こんなんじゃ、先が思いやられるっ。俺は帰るんだからな!』
心が凍った。
『勇者なんでしょ!私たちにばっかり努力を強いて…』
凍った心の代わりに、僕と言う名の人形が動き出した。
辺境伯の館に居を移して、近辺での実地訓練をすませた後、変異した魔獣退治をしながら前線へ旅立った。
魔王出現の影響で魔素溜りが急激に増え、あちこちで魔獣被害が頻発しだした。
その日は教会からの依頼で、小さな村が点在する奥深い山の中に棲む、魔素変質した守りのドラゴンの討伐だった。僕らのパーティーLvではぎりぎりの依頼だったが、大苦戦しつつも倒した。
巨体が地響きを立てて倒れ、仲間たちはボロボロになりながらも倒せたことを喜び勇んで教会への帰路についた。
その最中、僕は昏倒した。山腹の深い森の岩窟の底で。
出血で血が足りなくなっていたところに、濃い魔素に侵され、足が捕られた。暗い宙に放り出されて落下したことまでは覚えていた。
……どれくらいの時が過ぎただろう……。
「貴君らは、誰と一緒にたたか―――――好きにした――――」
「しかし彼は――――なんですよっ!」
「――――――ってことぐらい私たちだって―――」
「いいや――――ない!貴君らの誰が――――」
誰かの言い争いが耳に届いたけれど、幾重にも張られた幕の向こうから聞こえるようで。
しんと冷たい暗闇の中、ゆっくりと自分の中身が零れ出て行くような。
もういい…もう、誰もそばに来ないでくれ…。
声も聞きたくない。あの不愉快な肌に刺す気も感じたくない…。
…捨ててくれ。
…触らないで…くれ。
『貴様は、なにゆえに戦っている?』
…それは…魔王を倒すため…。
『魔王を倒さねばならぬ、義理があるのだな?』
…そんなものはない…帰りたいだけだ…帰りたい。
『ならば、そのために渇望せよ!!』
大音声が、霞んだ頭の中を荒れ狂った。
たった今漏れて流れ去った何かが、急激に僕の中に戻り揺さぶった。
それが古代遺跡の残骸なのは、以前の旅で知った。教えてくれたのは、王国騎士団の1人だったことは思い出せるが名前までは無理だった。
あの時は馬車ではなくて、馬に乗っていた。辺境伯の館まで送られる間の、ちょっとした旅路。
あの頃の僕らは、怒涛の流れについて行くのに必死で、精神的余裕もなく物凄く疲れ切っていた。
自分たちの置かれた状況を深く諦観して、言われるままに放り込まれた訓練所でのレベリングとアビリティ取得の毎日がくり返された。学生時代の体育系部活ですら、こんなに練習なんてしたことないだろう。僕なんて、体育系でもなかったし。
まず武器を持って、それを相手に対して振るうことが苦痛だった。重さや剣の型以前の問題で、心身が無意識に拒絶するんだ。
平和な時代の、日本の都会で生まれ育った僕だ。刃物なんて包丁を持った経験しかないし、生き物に向けて刃物を突き付けるなんて経験がない。その点、出身国で兵役経験のあるアレンは、さすがに誰よりも早くアビリティをものにした。
ある程度の基礎ができると、次は夫々のジョブに合わせた訓練が始まり、専門の施設へと別れて通うようになった。
聖職者の瑠璃と聖騎士のアレンの2人は、神聖光力による神聖魔法と剣技のために教会所属へ。
魔導師のジンさんと召喚師の薫さんと魔法剣士の三峰さんは、魔術師養成所へ。
勇者なんて名前負けならぬジョブ負けしてた僕は、騎士団で剣技や体技を叩きこまれ、くたくたになって帰って来くるのが常だった。
その頃から、僕ら6人の間に親密度の差が出てきた。
女性が2人に男が4人じゃ、それも仕方のないことだったかもしれない。心細くなっていた女性が、側で一緒に苦労する男に気持ちが流れても。それ以前に、僕と瑠璃以外の4人はもともと親しい友人兼同僚同志だ。ましてや、帰ってくる先は王が用意した館。みんな一生懸命に、目標に到達するために日々を過ごし、身近な人と励まし合っていただろう。
僕は、ただ眺めているだけの立場だった。心にあったのは、嫉妬や愛憎ではなく、内省からの焦りと疎外感だけ。
《僕のどこに、勇者の資質なんてあるんだろう》
毎日がその気持ちだけでいっぱいで、一喜一憂しながらも着々と習熟して行く仲間たちのことは視界に入っても意識が向かなかった。
そんな時、王は僕たちを城に招き、初めて国宝の《英雄たちの武器と防具》を差し出した。
それを装備できるLvに到達したからだと、まるで褒賞を与える様に。仲間たちには発奮材料になったようだが、それは僕をひたすら追い詰めた。
王たちの期待と催促は僕に突き刺さった。焦燥感で眠れず、寝床でステータスを凝視して過ごしていた。
僕は、気づかない内に孤立していた。
『こんなんじゃ、先が思いやられるっ。俺は帰るんだからな!』
心が凍った。
『勇者なんでしょ!私たちにばっかり努力を強いて…』
凍った心の代わりに、僕と言う名の人形が動き出した。
辺境伯の館に居を移して、近辺での実地訓練をすませた後、変異した魔獣退治をしながら前線へ旅立った。
魔王出現の影響で魔素溜りが急激に増え、あちこちで魔獣被害が頻発しだした。
その日は教会からの依頼で、小さな村が点在する奥深い山の中に棲む、魔素変質した守りのドラゴンの討伐だった。僕らのパーティーLvではぎりぎりの依頼だったが、大苦戦しつつも倒した。
巨体が地響きを立てて倒れ、仲間たちはボロボロになりながらも倒せたことを喜び勇んで教会への帰路についた。
その最中、僕は昏倒した。山腹の深い森の岩窟の底で。
出血で血が足りなくなっていたところに、濃い魔素に侵され、足が捕られた。暗い宙に放り出されて落下したことまでは覚えていた。
……どれくらいの時が過ぎただろう……。
「貴君らは、誰と一緒にたたか―――――好きにした――――」
「しかし彼は――――なんですよっ!」
「――――――ってことぐらい私たちだって―――」
「いいや――――ない!貴君らの誰が――――」
誰かの言い争いが耳に届いたけれど、幾重にも張られた幕の向こうから聞こえるようで。
しんと冷たい暗闇の中、ゆっくりと自分の中身が零れ出て行くような。
もういい…もう、誰もそばに来ないでくれ…。
声も聞きたくない。あの不愉快な肌に刺す気も感じたくない…。
…捨ててくれ。
…触らないで…くれ。
『貴様は、なにゆえに戦っている?』
…それは…魔王を倒すため…。
『魔王を倒さねばならぬ、義理があるのだな?』
…そんなものはない…帰りたいだけだ…帰りたい。
『ならば、そのために渇望せよ!!』
大音声が、霞んだ頭の中を荒れ狂った。
たった今漏れて流れ去った何かが、急激に僕の中に戻り揺さぶった。
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