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第二章
旅路―静思
しおりを挟む麓の町へ着き、盗賊を教会の騎士団に渡して商人から賃金を受け取った僕らは、先を急ぐからと彼らと別れた。陽は傾きかけていたけど、ここで宿を取るとなると商人たちの気遣いと言う名のお節介にあいそうで、それを避けるために足早に町をでた。
山岳地帯を抜けたため、ここから先は平原と農作地帯が続く。影になる物の少ない平原での野営は目につきやすく危ないが、敵襲があった場合は、見晴らしが良くて障害物がないため戦闘しやすい。一長一短の野営だが、ぽつぽつ点在する農家に頼むよりは気楽で、僕らは日暮れ前に小川近くにぽつんと突き出た岩の側で天幕を張った。
ジンさんが作った時間停止機能付きの大容量の鞄から、天幕と寝床を取り出し整え、町で買った暖かいままの食料とコル豆粉を広げた。天幕の外で、警戒機能付き迷彩結界を張り、魔力炭で火を起こしていたジンさんに、コル豆粉とポットを渡す。
食料と小さな絨毯を手にして天幕を出ると、辺りに香ばしいイイ香りが漂っていた。
別邸で初めてコル豆粉で入れたお茶を口にした時は、絶句するほど驚いた。味が僕らの知ってるコーヒーと同じだったんだ。ジンさんなんか、陶然としたまま無言でお代わりしまくって、最後には「なんで討伐の時に、出会わなかったんだ…」と肩を落としていた。僕らの騒ぎに困惑していたファルシェ大神官に「僕等がいた世界では―――」と説明すると、この豆粉は南の国が原産で、生産量も少なくあまり出回らないと教えてくれた。だから旅の支度の時、一番にお願いしたのは豆粉の入手だったのは言うまでもない。
結界の外は、きっと夜風が冷たいだろう。
食事を終えて暖かいコル茶を啜りつつ、じっと燃える火を見つめていると、ジンさんがふふっと愉快気な笑いを漏らした。
「なに?」
「いや…マジで対人の時の攻撃は、殺さないよう気をつけなきゃならんと思ってたが、無理に攻撃魔法を使わなくてもいいんだと判ったら気が楽になってな」
「そうだよね。僕も狙い処さえ気をつければって思ったよ。立ち上がれないくらいのって目安で」
「俺は、催眠・拘束系で十分だな。それにしても…そっちの剣は初めてみたが…」
「ああ、これ?」
ベルトと共に外して、側に置いていた薄緑色の鞘の細い長剣を見せる。両手に持って抜くと銀色の刃が現れ、少し傾げるとなぜか透明に見える。その刃を鞘に戻して、ジンさんの手に渡した。
受け取ったジンさんが、そっと鞘から引き抜こうとしたが、全く抜けない。
「んん?」
眉間を寄せて、今度は力一杯試してみたが、びくともしなかった。
「こいつはね、僕が討伐の時に最初に手に入れた剣なんだ。使いどころが判らなくて、ずっと仕舞っておいたんだけど」
「しかし、俺たちの装備は…」
「あはは。実は凱旋パレードの時、僕らを贔屓にしてくれてた武器屋のリンガンさんに、こいつとジンさんの指輪だけこっそり預けておいたんだ。あの頃から、僕はこっちで生きるつもりでいたし、生き返ったジンさんに渡すために1つくらいは隠しておこうかって思って。借りてた《英雄の品》は返さないとだけど、他は僕に所有権があるし大丈夫と思ってたから…結局はこれだけになったけどさ。実際、隠しておいて良かったよ」
「やっぱりか…道理で手に馴染むなと思ってたが。なんで黙ってたんだ」
「…ジンさんが倒れた時、遺品としてみんなで集めて持って帰ることにしたんだ。《英雄の品》以外には形が残ってる物は少なくて、鞄を壊されたのが一番ダメージだった。あの時使ってた指輪と魔道具は粉々で、ローブは燃えてジンさんと一緒に…残っていたのは戦闘の途中で放った杖と小さな革袋とあの籠手だけだったんだ…」
「革袋か…その中にこれが入ってたんだな?」
「うん…」
あれは一瞬のことだった。死んだと思っていた魔王の最後の悪あがきが、時間差で暴発した。
前衛だった僕と聖戦士のアレンと魔法剣士の三峰さんが、倒れた魔王に警戒しつつ後退し、闇に溶けるように姿が消滅しだした魔王を見て、勝利したことを確信して踵を返しかけた瞬間だった。
最後まで残っていた魔王の王冠が、いきなり黒く禍々しい閃光を発して攻撃してきた。
それを中衛だったジンさんがいち早く気づき、背中を見せていた僕に覆いかぶさってきた。
最後の一撃は、ジンさんを貫いて肉体に呪いをかけた。あっという間にジンさんの躰は業火に巻かれ、どんな解呪や回復術も受け付けず、僕らは何もできずに彼の最後を見届けるしかなかった。
最後の最後にこんな…と、三峰さん達は親友の死に嘆いたが、誰も僕を責めることはなかった。いや、できなかったと言った方が正解か。直接の原因は僕を庇ったことだが、それ以前のそれぞれの行動が要因になったとこは否めないからだった。
僕は、胸の中になにか巨大な黒い穴が開いたまま、泣くことも悲しむこともできず、ただただ早く城へ戻りたかった。そればかり考えていた帰路だった。
拾った形見の革袋を胸に隠して。
自分がこんなにジンさんを想っていたことに、彼の死を前にして初めて気づいた。
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