勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

文字の大きさ
13 / 52
第二章

旅路―静思

しおりを挟む


 麓の町へ着き、盗賊を教会の騎士団に渡して商人から賃金を受け取った僕らは、先を急ぐからと彼らと別れた。陽は傾きかけていたけど、ここで宿を取るとなると商人たちの気遣いと言う名のお節介にあいそうで、それを避けるために足早に町をでた。
 山岳地帯を抜けたため、ここから先は平原と農作地帯が続く。影になる物の少ない平原での野営は目につきやすく危ないが、敵襲があった場合は、見晴らしが良くて障害物がないため戦闘しやすい。一長一短の野営だが、ぽつぽつ点在する農家に頼むよりは気楽で、僕らは日暮れ前に小川近くにぽつんと突き出た岩の側で天幕を張った。

 ジンさんが作った時間停止機能付きの大容量のイベントリから、天幕と寝床を取り出し整え、町で買った暖かいままの食料とコル豆粉を広げた。天幕の外で、警戒機能付き迷彩結界ステルス・シールドを張り、魔力炭で火を起こしていたジンさんに、コル豆粉とポットを渡す。
食料と小さな絨毯を手にして天幕を出ると、辺りに香ばしいイイ香りが漂っていた。
 別邸で初めてコル豆粉で入れたお茶を口にした時は、絶句するほど驚いた。味が僕らの知ってるコーヒーと同じだったんだ。ジンさんなんか、陶然としたまま無言でお代わりしまくって、最後には「なんで討伐の時に、出会わなかったんだ…」と肩を落としていた。僕らの騒ぎに困惑していたファルシェ大神官に「僕等がいた世界では―――」と説明すると、この豆粉は南の国が原産で、生産量も少なくあまり出回らないと教えてくれた。だから旅の支度の時、一番にお願いしたのは豆粉の入手だったのは言うまでもない。
 結界の外は、きっと夜風が冷たいだろう。
食事を終えて暖かいコル茶を啜りつつ、じっと燃える火を見つめていると、ジンさんがふふっと愉快気な笑いを漏らした。

「なに?」
「いや…マジで対人の時の攻撃は、殺さないよう気をつけなきゃならんと思ってたが、無理に攻撃魔法を使わなくてもいいんだと判ったら気が楽になってな」
「そうだよね。僕も狙い処さえ気をつければって思ったよ。立ち上がれないくらいのって目安で」
「俺は、催眠・拘束系で十分だな。それにしても…そっちの剣は初めてみたが…」
「ああ、これ?」

 ベルトと共に外して、側に置いていた薄緑色の鞘の細い長剣を見せる。両手に持って抜くと銀色の刃が現れ、少し傾げるとなぜか透明に見える。その刃を鞘に戻して、ジンさんの手に渡した。
受け取ったジンさんが、そっと鞘から引き抜こうとしたが、全く抜けない。

「んん?」

 眉間を寄せて、今度は力一杯試してみたが、びくともしなかった。

「こいつはね、僕が討伐の時に最初に手に入れた剣なんだ。使いどころが判らなくて、ずっと仕舞っておいたんだけど」
「しかし、俺たちの装備は…」
「あはは。実は凱旋パレードの時、僕らを贔屓にしてくれてた武器屋のリンガンさんに、こいつとジンさんの指輪だけこっそり預けておいたんだ。あの頃から、僕はこっちで生きるつもりでいたし、生き返ったジンさんに渡すために1つくらいは隠しておこうかって思って。借りてた《英雄の品》は返さないとだけど、他は僕に所有権があるし大丈夫と思ってたから…結局はこれだけになったけどさ。実際、隠しておいて良かったよ」
「やっぱりか…道理で手に馴染むなと思ってたが。なんで黙ってたんだ」
「…ジンさんが倒れた時、遺品としてみんなで集めて持って帰ることにしたんだ。《英雄の品》以外には形が残ってる物は少なくて、鞄を壊されたのが一番ダメージだった。あの時使ってた指輪と魔道具は粉々で、ローブは燃えてジンさんと一緒に…残っていたのは戦闘の途中で放った杖と小さな革袋とあの籠手だけだったんだ…」
「革袋か…その中にこれが入ってたんだな?」
「うん…」

 あれは一瞬のことだった。死んだと思っていた魔王の最後の悪あがきが、時間差で暴発した。
前衛だった僕と聖戦士のアレンと魔法剣士の三峰さんが、倒れた魔王に警戒しつつ後退し、闇に溶けるように姿が消滅しだした魔王を見て、勝利したことを確信して踵を返しかけた瞬間だった。
 最後まで残っていた魔王の王冠が、いきなり黒く禍々しい閃光を発して攻撃してきた。
それを中衛だったジンさんがいち早く気づき、背中を見せていた僕に覆いかぶさってきた。
最後の一撃は、ジンさんを貫いて肉体に呪いをかけた。あっという間にジンさんの躰は業火に巻かれ、どんな解呪や回復術も受け付けず、僕らは何もできずに彼の最後を見届けるしかなかった。
 最後の最後にこんな…と、三峰さん達は親友の死に嘆いたが、誰も僕を責めることはなかった。いや、できなかったと言った方が正解か。直接の原因は僕を庇ったことだが、それ以前のそれぞれの行動が要因になったとこは否めないからだった。

 僕は、胸の中になにか巨大な黒い穴が開いたまま、泣くことも悲しむこともできず、ただただ早く城へ戻りたかった。そればかり考えていた帰路だった。
 拾った形見の革袋を胸に隠して。

 自分がこんなにジンさんを想っていたことに、彼の死を前にして初めて気づいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

処理中です...