勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第三章

隻眼の戦士

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 サーベス国教国を抜け、ルク・セルヴェス王国に次ぐ国土を持つセルシド共和国へ入国したのは、旅を始めてから半月が経った頃だった。
 共和国と言うだけあって、周辺の小さな国々と合併してできた大国だ。そして、多人種国家でもあって、首都のティバーンは様々な人種であふれかえっていた。また、港町でもあることから、大陸中の珍しい品々が集まり、最大の貿易都市となってもいる。
 僕らはティバーンへ入るとフードや帽子を取り、素顔を晒して行動した。この町へは初めて来たのも理由だけど、多人種国家だけあって獣族や妖族なども多く、僕らの容姿など別段目を引くこともなかったからだ。

 獣族は、肉体は人族と似ているが獣耳と尻尾が生えている者や、容貌だけがそのまま獣の面で頭から足先まで獣の被毛で覆われている者など様々だ。妖族は、元は妖精が祖先であり、エルフやドワーフなどの良く知られた人種や、滅多に都市部には出てこない翼翅を持つシルフィなどがいる。
 その分、今まで通って来た国の都よりは猥雑で治安も悪い。獣族などは、力が誇りとばかりに気の荒い者が多く、港や酒場近くてはしょっちゅう小競り合いが起こっているそうだ。
 僕らは、それらを横目で見ながら、飯屋で訊いた道を辿って目的の傭兵ギルドへ向かっていた。
訪ねる相手は、傭兵ギルドのマスターをやっているらしい・ ・ ・ジャルダンだ。

「ティバーンで傭兵ギルドの長をやってるって、凄いって言うか…」
「俺は、納得してるぞ。アノ・ ・おっさんだしな」

 初めて出会った頃は、魔獣を狩って希少材を集めたり、遺跡やダンジョンに潜って宝を見つける冒険者だった。有名なハンターだったが、それ以上に有名な巨躯の凄腕戦士だった。聞けば、聖戦士パラディンだった経歴を持ち、片目を失い身持ちを崩したのをきっかけに冒険者にジョブチェンジしたそうだ。そこからの大転身。らしいとも思えるし、らしくないとも思える。何があったんだろう。

 大通りの喧騒を抜け、港近くのギルド通りへ入ると、すぐに剣と盾のレリーフの看板が見つかった。食堂のような間口の大きい建物の前と中には、見るからに戦士と分かる連中がたむろしている。
 争い事を起こすつもりはないが、こっちになくても向こうからの場合も考えて、僕らは軽く臨戦態勢をとって中へ入った。
 やはり…と思いながら、チクチクする複数の視線をあえて気づかない振りで無視し、案内口へ向かった。

「こんにちは。ギルド長のジャルダン氏にお会いしたいんですが」
「ご予約はありますか?」
「いいえ、アズが来たと伝えて頂ければ分ると思います」
「アズ様ですね?少々お待ちください」

 窓口の豹顔嬢が、丁寧な対応で席を立った。
ギルド長との面会を求めたことを耳にした連中の嫌な気配が、背中に突き刺さる。僕を庇うように背後に立っていたジンさんが、小声で何かを唱えると同時に露骨だった気配がいきなり萎んだ。

「お待たせしました。ご案内しますので、こちらへどうぞ!」

 窓口嬢が戻って来て、猫目を細めて笑顔で掌を奥へと示す。
その後ろに従って歩き出すと、僕は苦笑しながら囁いた。

「【威圧コウアース】しなくたっていいのに…おっさんに叱られるよ?」
「構わねぇよっ」

「聞こえてるぞ!糞ガキ共!」

 窓口嬢が手招く執務室へ入ろうとしたところで、再会一発目は盛大な怒鳴り声だった。
 懐かしいダミ声と嫌味ににっこり笑い返し、握手を求めて近づいた。

「おひさしぶりでs―――」
「なんでぇ!前も小せぇと思ったが、もっとちっこくなりやがって!この野郎!」

 出した手を掴まれそのまま引き寄せられ、分厚い胸板とぶっとい腕にぎゅうぎゅうと抱きしめられた。ついでに小汚い無精ひげの顎で、頭の上をぐりぐり擦られた。痛くはないけど、息ができなくて苦しい。7年も経つのに、相変わらず怪力だ。

「お、おかわ…りなく、おげ、元気そうで」
「おっさん、潰れるって…」
「ああ?おめぇも小さくなってんじゃねぇか!」

 僕への大げさな歓待に、ジンさんが苦笑混じりで抗議すると、今度はその暑苦しさがジンさん本人に向かった。逃げかけたジンさんの胸倉をがしっと掴んで盛大に引き寄せる。

「ちょ!やめ!!」
「今度は丁度いい具合だな!はははははっ」

「マスター、お孫さんたちですか?」

 さっきの人とは違う獣人の女性が、お茶を運んで来た。狐のような茶色の尖った耳に、ふっさりした尾の獣人女性で、利発で聡明な眼差しを片眼鏡越しに僕らに向けながら、ジャルダンに大ダメージを与えた。
 じゃれ合っていた2人は一瞬でフリーズし、次にはジャルダンが浅黒い顔を赤黒くした。

「メナ!俺はぁな!確かに女房子供はいるが、こんなでけぇ孫がいるほど年寄りじゃねぇ!」
「そんなに大声で宣言して頂かなくても、知ってますよ。ちょっと揶揄ってみただけです。大人げない…。どうぞ、お座りになって。ゆっくりしていってくださいね」

 テーブルにカップを置いて僕らに微笑んだメナさんは、頭から湯気を立てて喚いているギルド長を無視して、すまし顔で一礼すると出て行った。
 呆気にとられて2人のやりとりを見ていた僕と、吹き出すのを堪えながらも、隙をみて極太の腕から逃れて来たジンさんは、コル茶の香りに誘われて椅子に腰を下ろした。
 渋い強面に年季の入った黒皮のアイパッチで左目を覆い、口を開けば雷みたいな大声で話す巨躯のジャルダン。彼が通れば、大半の傭兵や冒険者がそそくさと道を開け、畏怖と敬愛の目で見る。
そんな男を手玉に取って揶揄って…凄い女性だ。さすがティバーンの傭兵ギルドで働くだけある。

 いまだぶつくさ文句を言い続けているジャルダンに、僕らは堪えきれずに爆笑した。
 
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