勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 1

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 魔族とは、と訊かれ、一番に思い浮かぶのは、上から下まで選民意識が強く鼻持ちならない種族、と言うのが魔族以外の感想だろう。ことに特権階級の貴族たちは、多種族他国家の王など自分たちより下位の生き物扱いだった。王以外の者たち相手では、なにをかいわんやだ。
 その根拠は、人族から派生した民族だが、神の恩寵である魔素の影響で進化・ ・した民族だからと言うものだ。確かに多種族よりは魔力量が多く、魔素自体も多い地帯に住んでいる。そのため賢者や魔導師や魔術師を多く輩出し、どこの国より軍備は整っている。ゆえに魔族国家はアール・ケルド帝国のみで、皇帝は神と同等の存在だと口を揃えて言う。
 皇帝は神の御子で、魔族は神に愛された民族なのだと。

「だから、神の使いだって言われてた勇者一行を、自分の好きに使える手下だと思っていたらしいんだよね。先代帝王様は」
「さすがは魔族。選ばれし超越者!」

 ジンさんが、大げさに拍手をしながら揶揄する。

 ここはアール・ケルド帝国の帝都フェミナ・ルードにある宮廷内の、謁見を待つ客の為に用意された幾つかの待合室の一室だ。煌びやかな美術品と家具に飾られた部屋だが、宮廷の入口の、1番近くに備えられた一室だと言うことから、こちらの待遇も分かるというもの。
 到着からすでに半刻が立ち、すぐに走り去った魔導師ロウル=ヴォーヘンの対応もどうなっているのか、僕らには全く判らない。召使が1度お茶を持ってきて以降は、放置されている。ただただ呑気に談笑していられるのは、腹を据えているからだ。
 会う気にならないなら、こちらは実力行使あるのみ。いや、謁見なんてどうでもいい。隠された《器》を力ずくで奪って行くだけだ。
 宮廷門で、警護隊から武器を全て取り上げられたが、今の僕らに武器は不要だった。

「お主たちは、戦争でも起こしたいのか?」

 僕らと一緒に放置されているリフ=バーンが、部屋に通されて初めて口を開いた、塔で卒倒して以来、青い顔をしたまま三日三晩口を開かなかったのに。

「いえ。素直に《器》を返して頂けたら、僕らは何もせずにここを去りますよ?戦いなんて大嫌いですから」
「だが…揉めることになったら、お主たちは力で奪うつもりなのじゃろう?」
「当然だろ。俺たちは冥府王に時限式の呪いをかけられてるんだ。のんびり待たされて、爆死するつもりはねぇよ」
 
 そろそろか?と思いかけてた所に、黒い術衣と豪華な長上着の裾に足を縺れさせながら、ロウル=ヴォーヘンが飛び込んで来た。肩で息をつき、謁見許可が出たと告げる。
 僕らはすぐに立ち上がって、彼の後へ従って部屋を出た。

「陛下は多忙の所を、お時間を空けて下さったのだ。無駄にせず、速やかに要件をお伝え―――」
「一言ですむ。許可を取りに来た訳じゃない」
「え?……許可なしで事をなすつもりか!?」

 魔族特有のコバルトブルーの髪を振り乱してロウル=ヴォーヘンは、僕らに怒鳴った。
何を今更…と言った呆れ顔で、ジンさんは嘲笑した。

「昔の縁があってな。勝手をする前に一言断っておくだけの礼儀は必要だ、と思っただけだ。今のシェリエンがどんな・ ・ ・皇帝になっているかは、俺たちには関係ない」
「我が皇帝陛下を呼び捨てなどに!!」
「呼び捨ても糞もあるか!俺たちは魔族でも帝国国民でもない!」

 いい加減にジンさんの我慢の限界が来たようで、口の中で小さく何かを呟くと、掌を水平に横へ振った。途端にどこからともなく魔霧が発生し、白い霧を纏った2頭の護馬が現れた。ロウル=ヴォーヘンはぎょっとして、進みかけた足を縺れさせ、青い顔で尻もちをついた。
 その馬の胴体に、ジンさんは鞄から掴み出したキューブを1つづつ押し入れた。護馬の腹の中で、キューブがクルクルと回り出し、稲光が凄まじい放電に変化した。まるで、ガラスの馬の中で、花火が散っているようで、とても幻想的だ。
 が、現実は幻想からかけ離れ、不穏な霧の発生に気づいた宮廷警護の騎士団が、あちこちから湧いて出て来た。剣を抜く者、杖を掲げて詠唱を始める者と、様々な攻撃態勢で非常事態へと立ち向かってくる。謁見の間に通じる、広間かと思えるほど広い回廊は、今や混乱の極みだった。
 攻撃を加えようとする騎士には、即座に霧馬から雷撃が飛ぶ。それは、どんな【シールド】も貫き、一撃で相手を昏倒させた。瞬く間に回廊には倒れた騎士たちの山ができ、立っているのは僕らとリフ=バーンだけになった。
 呻きながら転がっているロウル=ヴォーヘンを、ジンさんが鼻で笑う。

『我ラ ハ 冥府ノ王ノ 使イニシテ 恩寵ノ 護リ手ナリ』
『我ラ ノ 先ヲ 阻ム 者ハ 咎人同様二 断罪スル 心セヨ』

 大音声の言葉が、頭の中に響いた。
キューブの効果か、話し方が明瞭になり声も大きい。苦痛に呻いていた騎士たちを、さらに痛めつけているようだった。
 馬の先導で、僕らは謁見の間へ急いだ。
 巨大な観音扉の前で警護していた騎士が、血相を変えて槍を構えたが、霧馬が全く止まる様子がないのを見て恐慌状態に陥った。

「扉を開けろ!」

 僕が叫ぶと、2人の騎士は反射的に従った。さっきの霧馬の警告が、きっちり届いていたらしい。
 霧馬は、躰全体から霧を垂れ流しながら扉を潜った。その際、1頭づつが、左右に立つ騎士を睨み据えて通り、騎士はそのひと睨みでガタガタと震えながらも棒立ちでいた。


 広大な謁見の間に霧馬と僕らが現れると、ざっと扉の側に待機していた騎士団が身構えつつ玉座へと後退して行く。皇帝を守るための陣形なのだろうが、僕の目にはどうしても怯んで後じさりしているようにしか見えない。
 玉座には、見覚えのある男が絢爛豪華な刺繍と純白の毛皮を施したマントを羽織り、眩いばかりのアーマーを身に纏って座り、周りに集まった重鎮や側近たちと話し合いをしている最中だったようだ。入って来た僕らを見て、精悍な顔を剣呑な表情に変えて素早く立ち上がった。その皇帝を庇うように立派な体躯の老体が、前に立ちふさがった。

「控えおろう!許しもなく、陛下の御前に立ち入るなど無礼であるぞ!」

 黒く武骨な甲冑姿の岩の様な大男が、青く短い髪を逆立てんばかりの怒気を向けて怒鳴って来た。

「あの糞じじぃ、まだ生きてやがったのかよ…」
「魔族は人族より長命なんだから…でも、まだ現役って凄いよね」

 向けられた威圧に何の反応もせず、僕らはこそこそと内談した。
先皇帝の右腕と称されていた将軍だった。老けてはいるが、相変わらず力強い威風と声に笑いながら見返した。
 その隣で仁王立ちしている若者こそが、シェリエン皇帝だ。
初めて会った時は、まだ幼さの残る十代の少年で、それでも父皇帝の悪行を諫めるために勇者一行に力を貸してくれた清廉な後嗣だった。今はすでに二十台半ばの逞しく覇気のある皇帝になっている。
 が、シェリエンが僕らを見る目は、野蛮で無礼な人族を見る目だ。

「神聖なる神の代行を騙る、不届きな魔獣と詐欺師よ!余を安易に騙せると思うてか!身の程を知れ!」

 若く溌溂とした声が、真っすぐに僕らに注がれた。
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