勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 2

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氷竜の逆鱗グラス・チェイン

 脳裏で銘を呼ぶと、前に掲げた手の中に細身の剣が現れた。見せつける様にゆっくり抜刀すると、銀色の刃が透明な鱗の連なりに変化して行く。軽く一振りし、切っ先を床に向けると鱗の連なりが伸びて、足元に溜まった霧の中へくねりながら滑って行く。
今や、魔霧の溢れた謁見の間は、恐怖と憤怒に占められていた。

「シェリエン皇帝陛下、一言お願い申し上げる。即刻、宮廷内に秘匿された《器》を返却願いたい」

 音のない【威圧】のぶつけ合いの中、僕は滔々と要求を口にした。
抜刀したことで、周りの兵士たちの緊張が増す。少しでも妙な動きをしたら、僕の手にする剣が躊躇なく飛んで行くだろう。それに加えて、霧馬の放電が凄まじい。壊しはしないが、時折広間のあちこちに牽制じみた稲妻が飛ぶ。それだけに、霧馬や僕らが足を止めても、兵士たちはじりじりと後退して行く。
 側近たちの【威圧】に、平伏どころか顔色一つ変えない僕らに、シェリエン陛下に焦りが見え始めた。

「そのような物は、覚えはない!余を愚弄するか!痴れ者が!」
「盗んだのは、陛下の命ではないと知っています。貴方の父上の代に、誰かの手によってこの宮殿内に隠されたのだと分かっています。それを返した頂きたいのです」
「先帝から、そのような物の話しは聞いたことがないっ。余のみならず、先帝までも愚弄するか!」

 シェリエン陛下は剣呑な表情でダークブルーの長い髪を翻し、マントを脱ぎ棄てると剣を抜いた。その剣を見て、僕は思わず微笑んだ。

「シェリエン陛下…”孤狼の咆哮ウルフェン・ロア”をいまだ寵遇してて下さり、恐縮至極に存じます」

 鞘から抜かれた剣は、刃に近い辺りは黒くそこから深紅の炎が燃え盛って、ゆらゆらと陽炎の様な箔が立ち上っていた。まるで刀身自体が、炎の形なのかと錯覚してしまうほどの覇気だった。
 あれは、大森林で退治した、狂乱の魔狼フェンリルから入手した剣だった。この宝剣を隠し守っていた魔狼が、無理やりに魔王の配下にされて狂った挙句、僕らに倒され正気に戻った最後の頼みだった。魔王の手に落ちる前にと。
 そして、命を顧みず僕らに協力してくれたシェリエンに、礼と友愛を篭めて渡した。その剣を、今も身に沿わせていてくれた嬉しさが込み上げた。

「なっ、何を言っておる!この剣は我が親愛なる友の――― 誰だ貴様は…なぜこの剣の銘を知っておるっ」

 怒りと覇気を漲らせていた金色の眸が、僕の笑みを浮かべた顔を凝視し、だんだんと困惑へと変わって行った。

「その剣は、僕が孤高の魔狼フェンリルより預かり、僕と仲間の窮地を真摯な態度で救ってくれた若き皇太子に託した品。永遠の友情と信頼を誓って下さった剣です」

 宣言と同時に剣を鞘に納め、僕は胸に手を当てて一礼した。
シェリエン皇帝は、ふっと息を吐き、炎の形に見える剣を一振りした。すると、剣は青い輝きの刀身に戻り、その切っ先から紫紺に光る艶やかな毛並みを持った巨体の魔狼が現れた。が、本物ではない。本物は、僕が切った。僕の前に立つ魔狼は、剣の魔精だった。その瞳が、穏やかに僕を見上げた。

「―――確かか?ウルフェン…」

 シェリエン陛下は魔狼に向けて小声で呟くと、顔を上げて僕ら2人をじっくりと見つめた。

「そなたら…なぜに幼くなっておるんだ!?」

 彼は別の意味で困惑しながら、剣を納めると玉座から降りて来た。慌てて側近や従者が止めに入ったが、その手を振り切る。
 僕はジンさんを振り返って一つ頷くと、霧馬の背中を叩き、厳戒態勢を解かせた。放電も【威圧】も止み、【盾】の傍まで近づいて来たシェリエン陛下を見て、それも解除した。

「それに…確か魔王を討伐し終えたら、そなた等の世界へ帰るはずだと」
「若返った経緯には少々事情がありまして、僕ら2人はこの世界で生きて行くことに…」
「そうか―――再び会えて、余は嬉しいぞ!先ほどまでの態度はすまなかった。許せ。おかしな輩が彷徨うようになっておってな…警戒してこのとだ」

 僕よりも年上になった彼は、すでに立派な皇帝だった。

「所で、事情がよく分からんのだ。部屋を変えて、詳しい話を聞かせてくれ。勇者殿ご一行」

 皇帝がいきなり親し気な態度で接し始めたことに戸惑っていた側近たちは、最後の「勇者」発言に驚愕の表情で固まった。そして、やはり僕らをまじまじと見た。中でも、シェリエン陛下と共に以前の僕らと対面した将軍などは、剣を手にしたまま呆気に取られていた。

「へ…陛下、この者達があの勇者殿とそのお仲間だと…?」

 野太い声が、未だ信じられないと疑わし気に問いかける。僕は苦笑をジンさんに投げ、ジンさんは肩を竦めた。

「レヴェロア将軍。まだ現役とは恐れ入ります。先帝と共に、すでにご隠居なさっておいでかと思っておりました」
 
 あえてジンさんが憎まれ口をきくと、巌の強面がぐっと怖さを増す。

「おおっ、その悪口あっこうは間違いなく魔導師殿だ。微塵の疑いもなくな」

 にぃっと寒気のするような笑顔が、ジンさんだけに向けられた。僕は思わず声を立てて笑ってしまった。

 嫌な思い出の中の、僅かないい思い出。それが現存している嬉しさに安堵した。

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