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第四章
アール・ケルドの虚帝 ― 3
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最初に待たされた部屋とは趣の違う奥間に通され、ついでに武器も返却してもらい携帯を許された。憶測だけど、ここは皇帝一族と親しい人たちが面会する部屋なのだろう。【鑑定・詳細】でちらりと見たら、ありとあらゆる間諜対策が取ってあった。
リフ=バーンは精神的疲労からとうとう寝込んでしまい、僕ら2人だけで臨む会談になった。
上座に座ったシェリエン陛下は、落ち着いたところで僕らを見返し、少し意地の悪い笑みを浮かべながら組んだ手の甲に顎を乗せた。
「こうなると、あの時と代わって余が年長になるのだな。面白い」
僕らはすまし顔で茶を飲みながら、あえて大げさに視線を逸らしてその言葉を流した。その態度が楽しかったのか、端正な顔に微笑みが浮かんだ。皇帝の斜め後ろに1人立った護衛役のレヴェロア将軍は、やっと冷静になれたのか、皇帝の明るい雰囲気と反して油断なく構えていた。
「懐かしい再会に喜びを分かち合いたいんだが、先ほどアズが言った通り俺たちは使命あって訪問させて貰った。それが終わらないことには、のんびり酒を酌み交わすこともできやしない…」
「おお、そうであったな。魔導師ロウル=ヴォーヘンから報告はされているのだが、少々要領が得んでな。して、その《器》とやらは、古代の遺跡出土品か何かか?」
的外れな皇帝の質問に、ジンさんは小声でロウル=ヴォーヘンのことだろう「使えねぇ…」と零すと、姿勢を改め皇帝に向き直った。僕もそれに倣い、椅子を引く。
ジンさんは、詳しい所は略しながらも神から生まれ変わりの恩恵を受けたこと、なのに僕のジョブが勇者であることを話し、大賢者リフ=バーンに知恵を借りに訪ねて来たが、ブラン山脈の異変に気付いた。塔に向かいがてら大森林へ入ってみたら、先ほどの神の使いに会い、案内された場所で冥府の王から命を託されたことを話した。
「―――魔素は冥府王の恩寵だって話だ。その魔素を天秤で計り、この世界に供給しているが、誰かが、故意か偶然か知らんが天秤の器を遺跡から盗んだ。そのせいで大量の魔素が漏れ続け、魔王が顕現した。このままじゃ、漏れるだけ漏れ出て枯渇するそうだ」
「な、なんと……」
「僕らは、冥府王から器の在り処へ辿り着けるようにと、神の印証を授けられたんだ」
説明に顔色を変えて呻いたシェリエン陛下を、僕らはじっと見据えた。
皇帝の立場で、素直に信じるのは辛い話しだと思う。今の魔霧騒動だけでも頭が痛いのに、魔王出現まで含めた原因が、実は己の国民がなした犯罪だと言われているのだ。その上、このまま放置すれば、魔素が枯渇すると脅されている。魔族だからこそ、魔素枯渇がどれほど恐ろしい状況を生むか分かるはずだ。
「その…《器》なるものが、この宮殿のどこかにあると……」
先帝からの重鎮だった将軍が、難しい顔で呟いた。僕らは頷くと、彼に目を向けた。
「ジュレス、覚えがあるか?魔王出現よりも前…10年以上昔のことになるが」
「魔王出現より3・4年ほど前になりますが、先帝の御世にてラクリスタの塔より持ち込まれた威品が……確か、魔導師棟に…」
「まことか?」
「は!私が指揮を執った一個師団で、輸送護衛に向かった記憶がございます」
「すぐに確認し、目録を持ってこさせよ!」
皇帝の一声で、将軍は部屋を飛び出して行った。老いても頭の働きが良くて助かる。
「この件に関しては、信用できる者以外には秘匿して欲しい……他国の者が知れば…」
「ああ、判ってる。俺たちは戦争を起こさせようとは思ってない。冥府王も同じだろう。じゃなければ、わざわざ俺たちを待たずに教会へ神託を下すだけで良かったはずだからな」
シェリエン陛下の白い肌がなお血色を失い、眉間に深い皺を寄せて重い溜息を吐く。
労わりの言葉をかけてあげたいが、それは事がすんでからだ。盗品が僕らの手中に無い限り、僕らだって気が重い。今度こそ、我関せずで投げ出すことはできない。
「《器》は塔にあった物じゃない。塔より西にある、神殿の遺跡らしい場所の地下だ。あそこはアール・ケルドの地ではないはずだが…」
「今は国府が所有権利を放棄して我らが一時的に預かっておる状況だが、その頃はまだベルンバーズ国であった。略奪行為を我が民がしたとすると密入国罪もだな!」
「順法云々はどうでもいいんだ。冥府王からは、《器》と共に略奪者も引っ立てて来いとのご命令だ。ただし隠し庇い立てするなら、俺たちは実力行使するだけだ。その時点で、他国の間諜に何かがあったとばれることになるのは覚悟しておいてくれ」
ジンさんが、あえて僕らから内政に干渉するつもりはないが…と断じると、シェリエン陛下は静かに頷いた。
後は、黙って報告を待つだけだ。
僕らの脳裏には、すでに《器》の隠し場所は特定されている。紫色の明滅する特定点が、宮殿内の一点を指している。その場所が、何のための場所なのかは知るはずもないが、宮廷内である限りはシェリエン皇帝に、知らぬ存ぜぬで片づけて終わらせる訳にはいかない。
神を冒涜するなら、それはそれで結構。多種族よりも魔素の恩恵を受けている民族が、その神を足蹴にするのだから。ただ、僕らは、僕らのために成すだけだ。
そこに、シェリエン陛下への情は皆無だ。
リフ=バーンは精神的疲労からとうとう寝込んでしまい、僕ら2人だけで臨む会談になった。
上座に座ったシェリエン陛下は、落ち着いたところで僕らを見返し、少し意地の悪い笑みを浮かべながら組んだ手の甲に顎を乗せた。
「こうなると、あの時と代わって余が年長になるのだな。面白い」
僕らはすまし顔で茶を飲みながら、あえて大げさに視線を逸らしてその言葉を流した。その態度が楽しかったのか、端正な顔に微笑みが浮かんだ。皇帝の斜め後ろに1人立った護衛役のレヴェロア将軍は、やっと冷静になれたのか、皇帝の明るい雰囲気と反して油断なく構えていた。
「懐かしい再会に喜びを分かち合いたいんだが、先ほどアズが言った通り俺たちは使命あって訪問させて貰った。それが終わらないことには、のんびり酒を酌み交わすこともできやしない…」
「おお、そうであったな。魔導師ロウル=ヴォーヘンから報告はされているのだが、少々要領が得んでな。して、その《器》とやらは、古代の遺跡出土品か何かか?」
的外れな皇帝の質問に、ジンさんは小声でロウル=ヴォーヘンのことだろう「使えねぇ…」と零すと、姿勢を改め皇帝に向き直った。僕もそれに倣い、椅子を引く。
ジンさんは、詳しい所は略しながらも神から生まれ変わりの恩恵を受けたこと、なのに僕のジョブが勇者であることを話し、大賢者リフ=バーンに知恵を借りに訪ねて来たが、ブラン山脈の異変に気付いた。塔に向かいがてら大森林へ入ってみたら、先ほどの神の使いに会い、案内された場所で冥府の王から命を託されたことを話した。
「―――魔素は冥府王の恩寵だって話だ。その魔素を天秤で計り、この世界に供給しているが、誰かが、故意か偶然か知らんが天秤の器を遺跡から盗んだ。そのせいで大量の魔素が漏れ続け、魔王が顕現した。このままじゃ、漏れるだけ漏れ出て枯渇するそうだ」
「な、なんと……」
「僕らは、冥府王から器の在り処へ辿り着けるようにと、神の印証を授けられたんだ」
説明に顔色を変えて呻いたシェリエン陛下を、僕らはじっと見据えた。
皇帝の立場で、素直に信じるのは辛い話しだと思う。今の魔霧騒動だけでも頭が痛いのに、魔王出現まで含めた原因が、実は己の国民がなした犯罪だと言われているのだ。その上、このまま放置すれば、魔素が枯渇すると脅されている。魔族だからこそ、魔素枯渇がどれほど恐ろしい状況を生むか分かるはずだ。
「その…《器》なるものが、この宮殿のどこかにあると……」
先帝からの重鎮だった将軍が、難しい顔で呟いた。僕らは頷くと、彼に目を向けた。
「ジュレス、覚えがあるか?魔王出現よりも前…10年以上昔のことになるが」
「魔王出現より3・4年ほど前になりますが、先帝の御世にてラクリスタの塔より持ち込まれた威品が……確か、魔導師棟に…」
「まことか?」
「は!私が指揮を執った一個師団で、輸送護衛に向かった記憶がございます」
「すぐに確認し、目録を持ってこさせよ!」
皇帝の一声で、将軍は部屋を飛び出して行った。老いても頭の働きが良くて助かる。
「この件に関しては、信用できる者以外には秘匿して欲しい……他国の者が知れば…」
「ああ、判ってる。俺たちは戦争を起こさせようとは思ってない。冥府王も同じだろう。じゃなければ、わざわざ俺たちを待たずに教会へ神託を下すだけで良かったはずだからな」
シェリエン陛下の白い肌がなお血色を失い、眉間に深い皺を寄せて重い溜息を吐く。
労わりの言葉をかけてあげたいが、それは事がすんでからだ。盗品が僕らの手中に無い限り、僕らだって気が重い。今度こそ、我関せずで投げ出すことはできない。
「《器》は塔にあった物じゃない。塔より西にある、神殿の遺跡らしい場所の地下だ。あそこはアール・ケルドの地ではないはずだが…」
「今は国府が所有権利を放棄して我らが一時的に預かっておる状況だが、その頃はまだベルンバーズ国であった。略奪行為を我が民がしたとすると密入国罪もだな!」
「順法云々はどうでもいいんだ。冥府王からは、《器》と共に略奪者も引っ立てて来いとのご命令だ。ただし隠し庇い立てするなら、俺たちは実力行使するだけだ。その時点で、他国の間諜に何かがあったとばれることになるのは覚悟しておいてくれ」
ジンさんが、あえて僕らから内政に干渉するつもりはないが…と断じると、シェリエン陛下は静かに頷いた。
後は、黙って報告を待つだけだ。
僕らの脳裏には、すでに《器》の隠し場所は特定されている。紫色の明滅する特定点が、宮殿内の一点を指している。その場所が、何のための場所なのかは知るはずもないが、宮廷内である限りはシェリエン皇帝に、知らぬ存ぜぬで片づけて終わらせる訳にはいかない。
神を冒涜するなら、それはそれで結構。多種族よりも魔素の恩恵を受けている民族が、その神を足蹴にするのだから。ただ、僕らは、僕らのために成すだけだ。
そこに、シェリエン陛下への情は皆無だ。
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