勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 5

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 テーブル中央に、煌きが湧きたった。
それと同時に、部屋のランプがゆっくりと光度を落としていく。薄暗くなった部屋の中で、煌きはゆるゆると紫水晶の天秤に変わった。その天秤は、片方が傾いで皿を落とし、もう片方には皿を失っていた。それでも、天秤はとても美しかった。天秤を僅かな灯りが照らすと、キラキラと反射が起こって輝く。
 部屋にいた4人の魔族は、息を飲んでその天秤を凝視していた。

「そちらが、無いと言うなら無いで結構。俺たちには、この《器》がこの宮殿のどこに隠されているのは判っている。勝手に探させて頂きたい。それに加え、盗人も―――」
「これ……は…」

 セリュースが呻く。赤いルビーの眼を、触れんばかりに天秤に近づけて観察している。

「ロウル様、この目録の”皇帝の盃”なる威品が……」
「確かか!?セリュース!」
「はい…」
「陛下、しばしお待ちください」

 ロウルは額に汗を浮かべ、ごくりと喉を鳴らすと目録を手に部屋を駆け去った。
と、ジンさんが再び指を翻す。天秤は音もなく消え、落ちていた灯りが元に戻った。ギラつく眼差しで天秤に見入っていたセリュースが、いきなり消えた天秤に目をぱちくりさせて、夢から覚めたように我に返った。皇帝とその客の前で、欲をむき出しにしていたことに思い至ったか、うっすらと頬を染めて恥じ入った様子で姿勢を戻す。

「セリュース、先ほどの天秤の皿に見覚えがあるのだな?」
「はい。この紫水晶の皿は、威品探索団の持ち帰った中にございました。先帝陛下に献上された―――」

「ごめん。報告中ですまないんだけど、《器》が移動している。悪いけど、そろそろ僕らの勝手にさせてもらうね」

 顔を向けた3人ににっこりと笑いかけ、僕ら2人は腰を上げて足早に部屋を出た。すぐに狼狽の色濃い表情のシェリエン皇帝と将軍が追いかけて来た。

 僕らはこの部屋へ入った時点でそれぞれ【探索】を展開し、シェリエン皇帝を含めた魔族4人にマークを打っておいた。そして、ジンさんの【猛禽の眼】が退室した者の後を追い、その場の状況を把握する。そして、《恩寵の天秤》を見せたと同時に策略の開始予定だった。
 まず、ジンさんがセリュースの背後から【猛禽の眼:隠密】で目録を覗きこみ、それらしい・ ・ ・ ・ ・物を探してマークを打ち、それを元に僕もジンさんも見たことのない・ ・ ・ ・ ・ ・ ・天秤を映像化した。
僕らが遺跡の室の中で見た物は、石棺と石蓋と折れた剣だけだ。本物の天秤は見せてもらっていない。飛び出して行ったロウルを【猛禽の眼】が追い、僕はマップで移動を確認。
 戻って来るなら黙っているが、離れて行くならこちらが動くしかない。
 
「一体、どういう――――」
「それは俺たちが訊きたい。確認に行ったはずのロウルが、宮殿を離れて行く。彼が盗人だったのか、はたまた気づいた盗人を追いかけているのか知らんが、そろそろ我慢の限界なんでな」

 厳しい視線を魔族の2人に投げ、冷ややかに言い捨てる。奥間の狭い廊下から大回廊へ出て、入ったことのない宮殿の左翼へ向かう。と、ジンさんが視線で合図して来た。
 すぐに僕は鞄の中からキューブを出して投げる。

「恩寵の護り馬よ!」

 キューブから吹き出し始めた魔霧の中、嘶きと共に2頭の馬が現れた。
さっと将軍が皇帝の前へと身を進めて、背後に庇いながら僅かに後退した。2人に構わず、ジンさんが1頭の背に飛び乗り、宮殿の左翼の出入り口から遠ざかって行くマークを追い、僕はもう1頭を先導に本物の《器》の隠されている場所へと急いだ。

「アズ!ジンは……」
「彼はロウルを追っています。僕は、これから《器》を頂きにまいります。陛下もどうぞご同行下さい」

 再度始まった魔物騒動に、警備の騎士たちが飛んでくるが、シェリエン皇帝と将軍を目にして戸惑いながらも2人を警護しついて来る。

「魔導師ロウル=ヴォーヘンを見た者はおるか!」

 将軍の重い声が兵たちに問う。左翼の裏口付近を警備していた2人の兵が、血相を変えて飛び出して行ったロウルを見たと報告し、その少し前に魔導師局の師長が足早に出て行ったと思い出す。将軍は、すぐにその2人を追い、ジンさんと霧馬が追い付いていた場合は、手を出すことなく距離を置いて2人を囲めと指示を出した。ばたばたと半数の兵が走り去った。

「ああ…ここだよ。陛下、開けてもらえるかな?」

 後ろのやりとりを耳にしながら馬と足を進め、聖堂の扉の前に止まった。すぐに騎士が聖堂の扉を押し開く。霧馬が首を振って小さく嘶くと、騎士は飛び退いた。

 真っ暗な聖堂の中に、僕はまた取り出していたキューブを1つ投げ込んだ。霧馬が歩を進め、その体から電光が走り、一瞬の間に聖堂内の蝋燭に火が灯った。
 アーチ天井に何十もの灯りが反射し、ルク・セルヴェスの大聖堂とは趣の違う荘厳で華美な祭壇を照らし出した。

 視界の光景に【探索】のマップを合わせると、祭壇上の聖典の契約台に紫のマークが重なった。
アクアハーツと呼ばれる海底から掘削された薄いブルーの石でできた台は、一見すると継ぎ目のない一塊の石を掘り出した物に見えた。

「シェリエン陛下、あの契約台の下に《器》が隠されているようだ。探してもらえるかな?」

 指で台を指し、振り返った。紫のマークが視界の中で大きく明滅する。
と、どこかで地響きが起り、宮殿全体が震えた。

「あーあ、ジンさんを怒らせたな。どこかの馬鹿は」

 呑気な僕の台詞に、その場の全員がぎょっとして地響きの聞こえた方向に目をやった。

「アズ、魔導師長が咎人だと申すのか!?」
「いや、違うでしょう。ただ、当時の状況を知っている一人だとは思うけど。それより、こっちを片付けましょう」
「しかし…あれは空洞ではないぞ?いくらなんでも、あれを動かすことなど……」
 
 僕は黙って霧馬の首を軽く叩いた。任せる、と。

 稲光が四方に走り、霧馬が台へとしずしずと足を運んで行った。
 
『我ハ 恩寵ノ 護リナリ 《器》ヨ 応ジ 姿ヲ 見セヨ』

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