勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 6

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 何の音もしなかった。それは、水に溶けて行く砂糖の山のようだった。
海底から引き揚げられた強固な鉱石の台は、霧馬に応えるように溶けて流れ出した。艶やかな薄青い飴が、ゆっくりと祭壇から流れ落ちて行く。
 そして、契約台の下には、ぽっかりと四角い穴が開いており、そこから漆黒の皿が浮き上がって来た。黒々とした皿の表面には、僕らの胴を走る文字が彫り込まれ、その文字から青白い光が漏れていた。
 「おおっ!」と背後で感嘆とも畏怖ともとれる声が上がった。

「あれが真の《器》だ。返してもらいますね」

 文字に光が走る度に、肌の上がひりひりと痛んだ。
なぜ、僕らが痛みを受けなければならないんだろう。神は、この失態を贖うと約束したのに。肉体の生まれ変わりで、贖いは済ませられたってことなんだろうか?なら、これは何に当たるんだ?

 《器》は浮遊しながら霧馬の頭上へ飛んでくると、稲光に導かれるかの様にその体の中へ沈んでいった。頭から長い首を滑り落ち、くるくる回るキューブの下に着いて止まった。

『《器》ハ 戻ッタ  後ハ 咎人ヲ 差シ出セ』

 霧馬が僕の背を押す。首を撫でて、その背に跨った。

「じゃ、お先に」

 絶句したまま一連の光景を見ていたシェリエン陛下は、僕が馬で走り出すと慌てて将軍や兵たちに檄を飛ばしだした。僕は彼らを放置して、闇の支配する宮殿の背後へと霧馬を走らせた。


 宮殿の背後には、この国特有の樹木の林が広がっている。生い茂る葉が魔物の忌避感を煽る匂いを発し、宮殿と帝都を守っている。
 深夜の林の中央辺りで、紅蓮の火柱が次々と上がり、それに照らされて上空に浮かぶ方陣が見えた。見覚えのない魔法陣に首を傾げた。が、木々の間に攻撃魔法の光が見え隠れしてきた頃に、その魔法陣が神聖魔法の隔離スキルだと気づいた。聖堂内で起こった地響きが、あれ以降に響いて来ないのは、ジンさんが本格的な戦闘のために隔離したのだろうと予想がついた。
 魔導師であるジンさんのスキル構成は、防御より攻撃に特化して構成されている。その中でも火属性と闇属性が特出していて、魔具を使う以外は闇属性と相反する神聖魔法を1人の魔導師が同時展開することなど絶対に無理だった。それが……。加護の恐ろしさに思わず苦笑いするしかなかった。
 肌の表面を何かがするりと撫でたことで、不可視の隔離障壁を潜ったことに気づく。霧馬も何事もなく通り過ぎ、すぐにジンさんの側へと辿りついた。
 馬上から降りることなく向き合っていたジンさんは、僕をちらりと流し目で見てすぐに前を向いた。

「守備は?」
「何事もなくお返し頂いたよ」
「上出来だ」

 隔離された空間の中の樹木は、戦いの渦中に放たれた攻撃魔法によって傷つき折れ、何本かはぱちぱちと音を立てて燃え上がっていた。その炎に照らされて、ズタボロの老いた魔族の魔導師が、必死で杖を振り回しながら詠唱していた。そして、術を発動させる直前に、無詠唱でジンさんが死なない程度の攻撃を加える。術キャンセルの嫌がらせで時間稼ぎと脅しをしていた様だった。

「あの人が窃盗犯?」
「いいや、《器》を盗んだ奴はあいつの前任者らしい……ただ、もう死んじまったって話なんだが」

 僕らの話しを聞いていたらしい霧馬が、いきなり稲妻を魔導師に落とした。魔導師は体をのけ反らせて硬直し、そのまま動かなくなった。一瞬、死んだのかと不安になったが、体を震わせているのが見て取れ、霧馬たちによる拘束術だと分かった。

『魔導師ヨ 咎人ノ 名ヲ 示セ』
「な…なに…」
「前任の師長の名を教えろ」

 僕らを乗せた2頭の霧馬が、ゆっくりと現師長の側へ歩みを進めて行く度に、彼の震えは大きくなって行く。馬上から見下ろし、ジンさんが抑揚を欠いた低い声で尋ねた。
 のけ反ったままあちこちに傷を負い、贅沢な高級布で作られた術衣をボロキレにした相手を見上げ、師長はただただ震え慄いていた。
 
「エラン……エラン=ジュダーだっ!」
『咎人ハ エラン=ジュダー 理ノ 妹神システラ ノ 元ヘ』
『理ノ 渦ヨリ 魂ヲ 捕縛シ 冥府ノ王二 献上スル』

 霧馬は大音声で宣言すると、師長を用はないとばかりに放るように開放した。そして、頭を上げると唐突に駆け出した。馬の背からジンさんの手が上空へと振られ、天空に浮かんでいた魔法陣が消えた。
 尻をついて転がった師長の懐から、件の威品が転げ落ちた所に、シェリエン陛下たちが護衛を引き連れて追い付いて来た。

「アズ殿!!」
「陛下、《器》を冥府王にお返ししたら戻ります。リフ=バーンと荷物をお願いします」
「ご無事を!」

 到着した兵が師長を取り巻くのを見やり、僕はシェリエン陛下へと手を振った。
 暗闇の中をひた走る霧魔の脚は、凄まじい高さの城壁を難なく飛び越え、門番たちの度肝を抜きながら帝都の中央路を走り抜けた。白い霧をたなびかせ駆けるが、その四肢から蹄の音はなく、白い神の使いは風の様に漆黒の海原へと飛び込んだ。
 
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