勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

文字の大きさ
31 / 52
第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 7

しおりを挟む


 月も星もない闇夜の大森林の中でも、なぜか魔霧は仄白く発光して満ちていた。それを蹴散らして着いた先は、異様な雰囲気と気配に満ちた遺跡の奥だった。
 霧馬の腹に託された《器》は遺跡に接近した頃から急激な明滅を始め、室への入口に至っては目も開けていられないほどの光輝に包まれていた。それはまさに、切望の末に届いた場所への帰還からくる歓喜の声の様で、霧馬から下馬して開封の手続きをしている最中に、《器》は霧馬の腹から飛び出し来た。

「ぐぅっ…!」

 開いた入口へと足を向けかけた途端、《器》は僕らを無視して通路へと飛び込んで行った。不意打ちの接触に、息が停まるほどの激痛が胸を貫き、僕は膝から崩れ落ちかけた。
 なんだろう。
《器》が僕の顔の側をすり抜けて行った時、光の不意打ちに気を取られて上体が揺らぎ、頬にかする程度の接触をした。その刹那、冥府王の刻印が激痛を呼んだ。
 肌を裂き、肉を斬り断ち、心臓を鷲掴みにされ引きずり出される様な幻惑を見た。

「アズ!!」
「がぁっ…ああぅ…!!」

 膝をついた辺りでジンさんに受け止められたらしいが、僕は胸を掻きむしりながら激痛の渦の中へ沈み、早々に意識を失った。


                  ****


 目が覚めた時、一瞬そこが何処か分からなかった。
暖かなぬくもりに包まれていたことに気づいたが、それ以外を特定できなかった。
ジンさんの腕の中にしっかりと抱かれて横たわっている状況に、いつの間に眠ったのかと頭を巡らせたが、すぐに自分が激痛に襲われて気を失ったのだと思い出した。慌てて身を起こし、目を瞑って横になっているジンさんの頬に手を添える。血の通った暖かさと、ゆっくり上下する胸の動きを見て、虚脱するほどの安堵を覚えて吐息をもらした。
 ようやく周囲を見回す余裕ができ、視線を上げた。確か室への入口に立っていたはずだったが、周りは森の中でも室の中でもなかった。尻をついた場所は石敷ではなく、暖かく柔らかい感触はあるが毛皮や毛布の手触りではなく――――ああ、これは霧馬の背に似た感触とぬくもりだった。なのに、目を凝らしても地が見えない。どこもかしこもぼんやりと白い霧に包まれた、どことも知れない場所だった。
 一つ深呼吸し、【探索】を展開する。

―――冥府の王の居所―――

 いつもの地図は出てこない代わりに、文字だけが記された。
頭のどこかで、やはりと思う。
 この空間の気配は、あの水珠の中に似ていた。何の危険も不安もなく、ただ心安らかに暖かく優しい。ただし、全能の神・リベルタスの与えてくれた涼やかな晴れた気分の寝床とが違い、真夜中のしっとりとした静けさの中の、ほっとする毛布の中の暖かさだった。
 ふと気配を感じて、視線を彷徨わせた。
小さな光の塊りがどこからともなく現れ、徐々に大きくなっていく。僕はそれに目を留めたまま、ジンさんの肩を揺さぶった。

「ジンさんっ、起きて!」

 何度か強く揺すると、呻き声を漏らしつつ目を覚ました。

「ん…あぁ、アズ!」

 僕が何事もなく起きているのに気づいたのか、焦りの見える表情で起き上がり、しかしすぐに側でに尋常じゃない気配を感じて視線を投げた。

「なん…だ?あれ…」

 光はすでに球から何かへと変形を始めていた。
覚えのある形に確信を持ってそれだと言えるが、目が離せなかった。

「僕が倒れてから、何かあった?」

 少しづつ変わって行くソレを2人共凝視しながら、僕はジンさんに尋ねた。

「ああ…お前を抱き上げて室へ入った途端、俺も気を失った」
「じゃ、ここがどこか分かんないか……」
「だな。室から行けるどこかなんだろうが…あぁ?冥府の王の居所?」

 ジンさんも僕と同じく【探索】を使ったらしく、話しの途中で結果を漏らした。

「僕も同じ結果だった。…とすると、あれは天秤かな?」

 今や光の塊りは左右対称に整った天秤と変わり、宙に静止していた。
と、その天秤を挟んで、2頭の霧馬の首だけがすっと現れた。

『咎人の魂は 冥府に落ちた 汝らには 礼を言う』
『冥府の王は 汝らに 望みのモノを 与えた 受け取れ』

 脳裏に響く声は、穏やかで明瞭だった。
それだけに、言った覚えのない望みに首を傾げた。

「望みって…まだ何も言ってないけど…」
「いや、俺が思ってた望みは叶ってる」
「えぇ!?なに?」

 僕の問いに答えないまま、ジンさんが掌を上に向けた。そこに時折見せる灯りの球ができ、手を振って宙に浮かせた。普段は攻撃魔法のその灯りは、僕とジンさんの頭上で少しだけ明るさを増した。

「あ!…ジンさん?」

 灯りの下に浮き上がったジンさんの容貌は、さっきまでみていた20代に入ったばかりの若々しい彼じゃなく、僕と初めて出会った時の彼だった。

「―――おかえり」

 思わず口から洩れた言葉に、ジンさんの少しだけ男臭さの戻った顔に笑みが浮かんだ。

「お前もだぞ。ただいま、アズ」

 くすぐったそうに笑うジンさんが、その節の目立つ大きな手で僕の頬を包んで撫でた。その乾いた掌に猫の様に頬を擦りつけ、彼の胸に抱き着いて一頻り泣いた。

 そして、僕の望みも叶っていた。

”勇者”のジョブは消え、そこには”聖剣士”が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

処理中です...