勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第四章

アール・ケルドの虚帝 ― 8

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 大森林を覆っていた魔霧は一夜にして消え去り、どこを調べてみても軽い魔素溜まりすらなくなってしまった。人を遠ざけていた魔の大森林は、範囲だけは広大なただの森と化した。このままの状態であれば、遠からず通常の魔物たちが戻ることだろう。
 高位の魔物狩りを目的にしていた冒険者たちには、この状況は受け入れがたいかもしれないけど、この大森林の本来の役目が終わってしまったのだから、それは仕方のないことだ。
 いや、すでに遠い昔に役目は終了していた。それを浅はかな考えの者達が―――――。

 僕らは、遺跡の室内であったことを黙して語らず、ただただ塔を見上げていた。
 
「神罰だな、こりゃ」

 遺跡は、僕らを排した後、跡形もなく消滅した。そして、シェリエン陛下に合流するために塔へと向かうと、その塔は外壁の保護魔法以外の全ての魔法機構を停止していた。
 誰が何をしても塔は口を開けず、今まで閲覧できていた塔内の威品に接触すらできなくなっていた。加えて、中で仕事をしていた術者や学者たちは脱出方法どころか階の昇降すらままならなくなり、浮遊・飛翔術を使える者だけが留まることになった。それでも、浮遊術を使える者なら塔の最上部から入れる扉が1つだけ残されおり、それ以外は人力で昇るしかないらしく、塔の外壁を壊す話まで出たが、何を以てしても破壊できず断念するしかなかった。
 騎士団を従えて僕らを追って来たシェリエン陛下は、塔での大混乱に遭遇して救出活動を優先していたが、一夜の内に成長して戻った僕らを見て戸惑いながらも、無事に《器》を返し終えたことを聞いて疲れたように苦笑交じりに礼を述べてくれた。
 そして今、やっと肩の荷を下ろして宮殿へと戻った。

 約二昼夜を不眠不休不食で動き回った僕らは、陛下の恩情を受けて疲れと汚れを落とし、空腹を満たして与えられた部屋で束の間の休みをとった。従者に用意された高級な部屋着とガウンに着替え、巨大な寝台の1つで寝転がっていた。
 ジンさんが指折り何かを考えていたと思ったら、「俺たち、塔からここへ来て以来、何も食ってないかった…」とぼそりと呟いたのには笑った。何がどうなっているのか、僕らの身体は、疲労どころか空腹すら感じなかった。本当に人外になりかけてる…。
 それに、いきなりの急成長にしっくり馴染んでいる自分のおかしさ。
 何だろう……人並みになるためにリフ=バーンを尋ねて来たのに、段々と予想外な方へ進化しているとしか思えない。

「なんで、こんなもんが…」

 寝台の上で、ジンさんがうつ伏せになって呻いた。僕も同じ気分だが、ジンさんよりは早く立ち直っていた。もう、どうにでもなれ~だ。
 ”冥府王の加護”に、覚えのない教義が増え、《監視する者》も《器》を探すために一時的に下されたものだと思っていたら神器や威品威物に反応する厄介な加護に変化していた。それに加えられている《邪を狩る者》って…。

「神聖属性の《浄化》じゃなく、悪の魂を直送ってことかな…?」
「俺たちは、いつから死神になったんだ?」
「僕なんか、聖剣士なのに闇属性の加護を与えられてるって、なに!?だよ」
「……根本的な目標から外れた…」

 ぱたりとまたうつ伏せに顔を埋めて、ジンさんは沈んだ。それを見て僕は声を立てて笑いながら、その広い背中にどんと身を乗せて寝転がった。うっとジンさんが呻いて、乗っかった僕は横へ転がされた。

「―――神は、僕らをどうしたいんだろうね…?」

 ふと呟いた僕の問いに、答えはなかった。

 扉がノックされ、従者がシェリエン陛下からの誘いの令を伝えに来た。宮殿の回廊は昨日の騒ぎが嘘の様にしんと静まり返り、霧馬が引き起こした攻撃の残骸があちこち残されている以外の乱れは片づけられ、今は従者の案内に従う僕らの足音だけが響いていた。
 通された奥間には、ぼんやり明るい照明の中でも分かるくらい顔色が悪くぐったりと疲れの色濃いシェリエン陛下が、部屋の隅のカウチにだらりと座り込んでいた。僕らを手招いて向かいの椅子に座らせると、従者に酒の用意をさせて退出させた。

「…こちらからの報告は2つ。さて、どちらが先に?」
「そちらから、どうぞ」

 食中酒の足りなかったジンさんが目を細めてグラスを手に、先にと手を差し伸べた。

「では。件の師長だが、全くの部外者だった。ジュレスが始めに確認に行った際に、何か相当な値打ちものと勘違いして盗み出しただけだった。が、罪は罪だ。そして、あの契約台の下に安置されていたことだが……父上が知っていた。あれが神より授けられた威品と伝えられ、まさに神の子である自らの為にと…」

 遺跡から盗み出した前師長は、それを冥府の王の威品と知り当時の皇帝へと献上した。何に使われた物かは知らずに、ただ神の威品を神の子である自分が受け取るのは正当として、他の威品とは別に一族の宝とみなして安置した。が、その直後から大森林に起きた不穏な魔霧の洪水に、なんらかの不安を感じ、やがて起こった魔王出現にその不安は大きな危機感となった。その危機感が、他国とは違い魔王軍と互角に戦いながらも勇者一行を拉致した原因だった。

「あれが何かは分からなかったが、あの厄災の一端を担っているのではないかとは薄々気づいてはいたようだ。だが、欲が邪魔をして確かめることもせず…師長も気づいていた様子だったが、父上に秘匿を厳命され、挙句に消されていた。馬鹿な話だ」

 ふつりと消えた語りに、僕らは深い溜息を漏らすしかなかった。

「もう済んだことだ。気に病むな。だいたい、事の始まりは冥府王の責だ」

 褐色の酒を旨そうに飲みながら、ジンさんが告げた。
 皇帝は、撥ねる様に伏せていた顔を上げて僕らを見た。

「人の手で、神の道具が簡単に盗めること自体が異常でしょう?あれは――――」

 僕らは霧馬から望みを受け取った後、事のすべてを語って聞かされた。
 神の失態を。
 あの遺跡の室は、元々は古代の王家の墓所だった。今ではすでに発掘されて、建物の残骸だけが放置されていたはずだった。ところが、ラクリスタの塔に秘されていた『冥府王の顕現』に関する魔法陣が発見され、検証の為に方陣が展開されてしまったことが発端だった。
 当時の魔導師長が方陣を行い、それで室へと飛ばされた挙句に顕現した冥府王に謁見した。そこで済ませれば何事も起こらなかったのに、師長は冥府王に謁見した証明として石棺を無理にこじ開けて《器》を盗み出し、皇帝へ献上した。剣を折ってまで開けた石蓋を戻すのはさすがにできず、どうせ再度来ることになるだろうと楽観的に考えて開けたまま戻った。そして、厄災が始まってしまった。
 
「冥府王が顕現するために必要な魔素を、あの室に満たすためだけに天秤が地に持ってこられたんだ。そして、謁見が終わった瞬間を狙われた。石棺の中に冥府王の威品があるんだと勘違いして、それがなんであるか分からないまま手に触れた《器》を盗んで行ったらしい」
「すべてが分かっていながら、神様は何してんだか…」

 いい迷惑だと、顔を顰めながら吐き出すジンさんに僕は同意の頷きを返した。

「神は、我々の味方であり保護者であるが、断罪者でもあるのか……」
「ある意味、公平だ。夢夢忘れないことだ」

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