勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第五章

聖女の双眸 ― 2

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 聖女と聞いて、どんな人物を想像するか。
 僕は、接見のための迎賓の間へと向かいながら考えていた。

 元の世界にあった宗教では、純潔であり高潔であり、神の恩寵を受けて奇跡を為して人々を救い貢献した女性信者が、本教会で調査の後に審議され、女性の聖人として認定されて『聖女』と呼ばれる。そして、それはだいたいが本人が死して後に認定されて列聖を受ける。
 こちらの世界の聖女は、純潔で高潔な女性までは同じだけれど、最重要点は”神からの啓示”を受け取ることだ。それも、教会の聖堂で祈祷し、他の信者の耳目にも感じられる奇跡とセットでだ。神の恩寵での奇跡は、”魔法”なんて力があるために聖職者や聖騎士辺りが神聖魔法で救済してくれる。【治癒・浄化】スキルは、なにも聖女様の固有スキルじゃない。
 こんな風に比べてみると、あちらの世界で言うところの『かんなぎ』にあたるのかも。

 そんな『聖女様』が、本教会の大神官の娘だった。そして、父親が無視しているシステラ教の本拠地へ何故に向かい、何故に先頭に立ってファーレンの教会へと来ることになったかと言えば、あの『神託』が降りたから。

「秘密にしておきたい事柄を、なんで神から暴露されなきゃなんないんだろ――」
「なんで、俺たち・ ・ ・ ・がいることを認めちまったんだよ…大神官様は…」
「私は認めてなんぞしておらんよ?あちらが勝手に『こちらにおられる神子様にお会いさせて頂きたい』と申し出ているだけだ。ゆえに、ファーレン教会側は困惑しきりだ」

 大神官は僕ら2人を後ろに従えて整然と足を進めながら、その面にはトレードマークの癒しの微笑を刷いて飄々と宣った。

「なら、どうして僕らを?」
「君たちは私の私的部下だ。多忙ゆえにファーレンを離れられない老大神官の手足となって、実働部隊として働いている。――― と、そんな立場で会見に立ち会って欲しい」
「部下なら給与を求めないとなぁ」
「それでは、宝物庫に安置されている君たちの個人的取得物が報酬と言うのは、どうです?」
「「よろしく!」」

 声を揃えて、お受けするのが得策だ。
 品のあるレリーフを施され飴色に落ち着いた分厚い扉の前で、大神官は足を止めると初めて振り返り、声を潜めた。

「さあ、茶番劇の始まりですよ。しっかり化けて、私の護衛のつもりで後ろに控えていて下さい」

 ”茶番”と囁く大神官に、僕らは無言で頷くと再度【容姿偽装】と【認知阻害】をかけ直し、無表情を作って背筋を伸ばした。大神官が軽くノックをすると、扉がゆっくりと開かれた。僕らは大神官の左右に分かれ、素早く室内に入ると出入り口の左右に移動して大神官を入室させた。
 ざっと周りに視線を走らせ、鷹揚な足取りで広々とした部屋の中央へ進む大神官の後ろへ従った。

「お待たせ致しました。では、お話合いの続きを始めましょうか」

 大神官が静かに席につくと、先に会見を始めていた数名の神官が話しの先を促した。

 僕らは大神官を中心にその背後へ立ち、正面に座る一同を眺めた。
 4人掛けの柔らかそうなソファの中央に、長いプラチナブロンドの巻き毛を細い肩に垂らし、薄青のベールを被った高級な布で仕立てた飾り気のないドレス姿の少女が座り、その左右に質素な木綿の修道着に薄青のベールを被った修道女が座っていた。それらを護る様に、ソファの後ろには白銀のアーマープレートに身を包んだ女聖騎士が3人控えている。少女以外は、二十代前半から半ばくらいの年齢で、聖騎士などは女性だけれどそれなりの腕前なのが気迫となって知れた。
 それで、件の聖女様だ。どう見ても中央に座る少女が、聖女に違いない。ベールに阻まれて容貌までははっきりしないが、16・7歳くらいの華奢な少女だった。
 彼女はしっかりと顔を上げ、大神官の報告を静かに聞いていた。

「――― と、聖女様の仰る、神子様なる人物の人相に該当する方は、こちらにはおられませんでした」

 あからさまに困惑を装い、大神官は告げた。
 当てはまる人相は『黒い髪に黒い眸の成人を過ぎたばかりの男子』だ。この世界の成人は16歳で、「過ぎたばかり」となると、最高でも20歳前後が一般的な仮定だ。北へ旅立つ前の僕らなら当てはまったが、今の僕でわずかにかすっている程度だ。ジンさんなどは、範疇外になる。その上、今は偽装している。入室の時に、初めて現れた僕らに強い視線を送って来たが、今は大神官の護衛としか見ていないのが分かる。

「それは、私の授かった神託が嘘だと…?」
「いえいえ!そうは申しておりませぬ。ただ…神託を頂いた時点ではファーレンにおいでだったが、今はすでに去った…旅のお方だったとか。そうなると、私どもには見つけ出すことは……」
「そうですか…ファルシェ大神官様がそうおっしゃるなら、そうなのでしょう…。では、『生命の泉』の枯渇に関する調査をお願いできますでしょうか?」

 十代半ばのわずかに舌足らずな硬質な声音が、迷いなく発せられる。
 さすがに本教会幹部のご息女だけある。

「しかし、それはシステラ様が役目を終えられた、とご神託を下されたのではありませんか?なのに、調査など――――」

 入室から湛えていた微笑みを消し、大神官は重い声で聖女に向かってずばりと告げた。
システラ神自ら、その泉の役目は終えた。もうほっとけ。と言われたのだ。それを調査して欲しいと願うのは不遜だ。

「いいえ。私たちが願うのは、泉の復活ではなく『なぜ、泉が枯れたのか』をお調べ願いたく」
「ですから、それは『システラ様が必要なし』と認めたからお止めになったのでは?」

 大神官の物言いは、柔らかく温和な声音だが酷く冷淡で厳しかった。

 聖女様の幼さの残る肩先が、僅かに震えたのを僕はじっと見つめていた。


 
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