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第五章
聖女の双眸 ― 3
しおりを挟む僕らは今、明日の出立を前に居間の暖炉前で旅支度にいそしんでいた。
北ほどではないけど、陽が落ちるとやはり肌寒くなる上に、石造りの別邸内は全体的に薄ら寒い。ゆっくりと美味い食事をして再度風呂を堪能してから自室に戻ったが、気が付くと2人揃って居間の暖炉前に集まっていた。
もう日常と言っていいのか、照れも蟠りもなくジンさんは無意識に僕に身を寄せてくる。それは僕も同じで、抱き枕か手慰みのクッション代わりになっていることに抵抗がなくなっていた。ごく自然に寄り添って時間を過ごすのが、僕らの間では通常の過ごし方になっていた。
ぱちぱちと音を立てて燃える暖炉の前で、僕らはやっと手中に戻って来たアイテムの確認と手入れをしていた。
ファルシェ大神官は、約束通りに僕らに私物を返却してくれた。国王に許可されたのか?と心配になって尋ねたら、送還者が持って還れない物だから教会預かりで国有財産になっているだけで、当の持ち主が現存しているのだから返却すべきだ、と折りに触れて話しを通していたそうだ。
所有者指定の術がかかっている鞄や武器やアイテムは、その存在がこの世界から消えた時点で解除される。ただし僕らのアイテムは、還った訳じゃないから術はかかったままで、僕の鞄は中身を取り出されないまま保管されていた。
ジンさんの空間収納は、媒体である指輪が魔王の攻撃を直に食らって壊れてしまったが、遺品として集めて持って帰れた物の中に空間への紐が切れていなかった物が残っていたため、新しい媒体を作成して空間へ干渉することができた。
それらが戻って来たのは、本当に嬉しかった。
「……大丈夫そう?」
「ああ、焦げはあるが、手入れで治せる範囲だ」
ジンさんは目を細めて、高位魔獣の部位で作った籠手を丹念に手入れしていた。僕ほどではないが、目尻が下がって喜んでいるのが分かる。
「アズは?」
「ようやくコレが戻って来て嬉しくって!」
幅広の鞘から引き抜いた両手剣。名は『蒼神獣バルバラの咢』。片手剣より長い両刃の刀身に、青白い焔がぼんやりと纏わりついている。いわゆる魔剣だ。
ジンさんは作業の手を止めると僕の肩に顎を乗せて、僕がかざした剣を眺めた。
「久しぶりに見るなぁ。相変わらず綺麗だ……」
耳元で囁かれる吐息混じりの称賛に、くすぐったいやら気恥ずかしいやら。
この魔剣は、僕が遭難した時に落下した地底の古代遺跡で手に入れた威物だ。
僕を試し、導き、覚悟をそくした形無き神獣の器。英雄の武器なんて目じゃない威力と質を持ち、剣自らが使い手を択ぶと言う逸物だ。
刀身を凝視しつつ、柄に慎重に魔力を流し込むと、靄の様だった焔が輝きを纏いながら稲光を走らせ出す。このまま続ければ、何もしなくてもこの部屋が木っ端微塵になるのは解っている。
ふっと力を抜いて魔力を戻すと、剣も鈍い焔へと変える。見た目は簡素で武骨な鞘と柄なのに、刀身は獲物を虎視眈々と狙う野獣の牙だ。これに打たれると、まるで巨大な魔獣に食いちぎられたかのような痕が残る。そこから来る銘だ。
「……あの時、意識のないままこいつを抱いていたアズを見つけて、全身に戦慄が走ったことを覚えてる。高位魔獣を前にした時とは違う、凄まじい恐ろしさだった」
「僕が回復するまで護ってくれる約束をしたからね。捜索してくれた人達を威嚇したんだと思う」
地の底での記憶はないが、あの全身を覆う暖かさと安心感は今でも覚えている。
それが手元に還って来た。
この時、僕らはやっと安心できたんだと思う。
翌日は、爽やかな風の吹く雲一つない青空だった。
今度の旅は、先回よりは余裕のある出発だ。ただし、聖女様一行を避けての道中だけに、場合によっては姿を変えたり回り道したりと、慌ただしいことになる場合も考えたいといけなかった。
容姿偽装魔法があるからとか空間移動できるからとか、ジンさんを万能な魔道師様扱いは、そうは簡単にできない。
偽装魔法は、継続中はずっと微弱ながらもMPを消費するし、転移や空間移動は移動先を知らなければ使うことはできない。ニアミス回避のために、道程を戻るなんてしたくない。
つまり、使い所をきっちり考えて行使しなくてはならないんだ。
僕らはお互い髪と目の色だけを変え、目深にフードをかぶると引かれて来た馬の手綱を受け取った。
シェリエン陛下から賜ったそれぞれの馬の鼻筋を撫でながら、見送りに出て来た執事に出立の挨拶をして鞍に跨った。国境までは容姿偽装のまま進み、関所を通った後に解除する予定で馬を南へ向けて走らせた。
聖女様は、ただ今『里帰り中』。
追い付かれることはないだろうが、何があるか分からないから警戒して進む。
「ジンさん、聖女様のステータス【看破】できた?」
「表面上はな。ただし、隠匿されてる形跡がいくつかあった。多分…ギフト辺りだ」
ジンさんが作った魔晶石を使ったピアス型通信魔道具で、馬上で会話をする。
ギフトとは、神やそれに近い者達から贈られる、その名の通りの「力」だ。
僕やジンさんに強制的に贈られた、あの加護の嵐がそれだ。
神の他にも聖獣などが、いきなり贈ってくれる。望んで貰えるものではないが、何かしら神や聖獣との関係を結んでいる者に授けられるようだ。
件の聖女様は、システラ神の加護を持っていた。そこまでは僕の【鑑定】スキルで見ることはできた。その上位スキルの【看破】を持つジンさんの眼からも隠匿できるのは、神の加護の中にそのスキルがあるからだろう。
システラ神の使いである聖女様が、一体何の加護持ちなんだ?
応援ありがとうございます!
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