勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第五章

魔獣の咆哮 ― 6

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 街道を少し外れた村へ向かう路から、その村人らしい集団が家財道具を抱えたり荷馬車に積んだりして、慌てたように逃げ出して来た。遠目に何かと思って馬の速度を落として近づくと、血相を変えた村人の男が両腕を振って止まれと合図を送って来た。

「どうしたんですか!?」
「この先へ行っちゃいかん!魔物が群れになって押し寄せてくる!」
「魔物の群れ!?」
「山の中腹から大物の魔獣が降りて来たせいで、魔物たちがこっちへ向かって来ている!」
「規模は…」
「分からん!山に近い村がすでに二つも飲み込まれたと…」

 馬から降りて話しを聞いていたが、男は家族に急かされて走り出した。

「あんたたちも、気をつけてな!」

 後ろも見ずに足早に去って行く一団を見送り、僕らは黙って村人たちがいなくなった集落へと馬の頭を向けた。集落に入り、人目がないことを確かめながら【索敵】を広範囲で展開する。残された村人がいないか確認し、迫る魔物の群れの規模を知るために。

「――――来る、な。進路はこっちだ」
「アッシャ達が見かけたオーガもそうなのかな?」
「山を下りて来たのがオーガなのか、全く別の魔獣にオーガも追いやられたのか…」

 無人になった村の厩を借りて馬を入れて餌をやり、ジンさんがおもむろに集落全体を包む大きさの【神域結界サンクチュリア】を張った。これでまずは魔物の侵入は防げる。馬も村の家屋も護れ、万が一に攻撃されても毒も呪いも魔力も瞬時に消し去れる。
 透明な半円形の巨大な結界は、陽光を弾いてシャボン玉の様な虹色のプリズムを所々に煌かせた。その向こうへ、あえて2人で歩き出す。まるで散歩だなと内心で笑いながら、気づけば二人とも準備運動の様に身体を動かしながら歩いていた。少しだけ高くなった丘地で足を止め、木立がぽつぽつと点在する丘陵地帯を眺めた。

 久しぶりに全力全開で戦えることに、なぜか爽快な気分になる。横をみやれば、ジンさんも瞳を輝かせ唇の端に獰猛な笑みを浮かべていた。

「ここでいいか?」
「了解」
「それじゃ、いくか!」

 地響きと土煙が、遠くから近づいて来ていた。
 僕は肩越しに、背に担いだバルバラを引き抜いた。両手で柄を握りしめ、一気に魔力を注ぎこむ。

「たのむよ!バルバラ!」

 刀身から青い炎が立ち上がりその周りを発光した稲妻が走る。ゆっくりと右へ構え、力一杯左へ水平に薙いだ。

「がああああああっ!!!」

 幾筋もの雷光が剣の先からほとばしり、もうもうと上がる土煙を背に迫って来る魔物の一団へと横一線に襲い掛かって行く。その後を追うように、僕はバルバラを振りかぶり走り出した。
 背に、ジンさんの【障壁】付与の声。そして、【広範囲滑落フォール・ディメンション】の魔力が僕を追い越して、魔物の群れの中ほどでさく裂した。土煙の中でドウッと重い音が響き渡り、新たな土煙が巻き上がる。驚いて逃げ惑う魔物を切り伏せ、まだ飛び込む。左右に逃れた塊りへと、火の矢が無数に襲い、一撃で貫く。
 魔力を伴った逆風が舞う土煙を後方へ飛ばし、僕の視界をクリアに保ってくれる。バルバラの閃光が大物を丸呑みし、血しぶきを上げて皮を骨をかみ砕き、次の獲物へと向かって流れる。

 全てを倒すことはできなかった。ジンさんが作った巨大な落とし穴に気づいた魔物が散って行き、四方へ逃走してしまった。しかし、追うことはしない。けが人がでることもあるだろうが、村や町を飲み込んでしまうまではないだろう。
 自分とバルバラに【浄化】を掛けながら丘へ戻り、後ろを振り返る。その間に、風の竜巻を起こして散らばった魔物の死骸を穴に集め、【重力圧縮】を掛けて絶命させる。

「なにやってんの?」
「魔石を抜いてる」
「…器用なことで」

 死屍累々の穴の中を見つめながら、難しい顔で魔力の糸を操るジンさんに苦笑する。

「もうちょっと小規模なら解体するんだけどなー」
「…面倒くさい」

 大小様々な魔石がジンさんの足元へバラバラと集まって来る。それが終わると、穴の周囲に積もった土を一気に被せて埋め戻した。

聖典浄化エクス・ピュリファイ

 辺り一面にキラキラと光の粒が舞い散る。
 その下は、広範囲の荒れ地だ。光のエフェクトがまったく似合わない。僕はその幻と現実を一遍に見ながら、今は落ち着いた気持ちで口にした。

「ジンさん…」
「ああ?」
はかりごとは前もって伝えてよ。いきなりは心臓に悪い」

 浄化の様子を険しい顔で眺めていたジンさんが、俺の呟きにいきなり大笑いし出した。

「すまんすまん!まっ、チューくらい許せ!」
「チューくらいって…あのね、生まれ変わって初めてなんだよ!僕のファーストを!」
「え?…ああ、そう言えば…そうか。なら、俺もファーストキスだったな」

 その軽い口調に、僕は脱力してしゃがみこんだ。冷え始めた汗で背中が不快だけれど、もう立ち上がるのも面倒。

「普通ならさ、怒った女の口を閉じるために女にキスするもんじゃない?なんで、僕を使うんだよっ」
「知らん女にする気はない!」

 びしっとキメ顔で言い放ち、僕の頭を手荒に撫でまわすと踵を返した。

「さっさと行こうぜ。面倒な連中が来ないとも限らんしな」
「はぁ~」

 ぐったりしながら立ち上がって後ろをついて行った。
 向こうに見下ろす集落からは、すでに結界は消されている。そう遠からず村人やら領主が差し向けた私兵団が来るだろう。散った魔物は、彼らにまかせて早急に現地離脱が最善だ。

 愛馬がのんびり飼い葉を食んでいるのにホッとして、優しい眼差しを向けた長い鼻筋を撫でた。

  
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