勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第五章

水の気配 水の匂い ― 1

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 遁走と言ってもおかしくない勢いで魔獣を殲滅した場所を離れ、途中で何食わぬ顔をして小さな村へ寄って雑貨屋に薬草を売り、近辺の情報を仕入れた。
 巨大な魔獣が山から下りて来た話は事実で、領主はそちらへ先に兵を出したため、追われた魔物の群れの大移動に出遅れた様だった。元は断たれたと聞いて、これで憂いはないなと先を急ぐことにした。
 とは言え、アルズベル王国の内陸部はほとんどが山野か丘陵地で、王都は海側の狭い平野部に置かれている。目的地がある僕らは、わざわざ遠回りになる王都へは向かわずに内陸を国境へとひた走った。


「こーゆー所で世捨て人になるのも一興かな~♪」
「カピバラモドキ(野生獣)と一緒にお湯から顔を出して、何を呑気なことを言ってんだ」

 自然にできた温泉の湯殿を見つけたのは偶然だった。僕の【索敵】に小さな青丸が集まって表示されていて、件の影響がまだ残っているのかと警戒しつつ確認に行ったところ、小さな獣たちの入浴中にぶつかった訳だ。
 中型犬ほどの大きさのカピバラに似た獣が10匹ほど、広い岩場の窪みにできた温泉湯船に顔だけ出して目を細めてつかっていた。僕らが顔を覗かせても動じる気配はなく、ちらりと視線を寄こしたきり目を閉じて愉悦の表情でお湯を堪能している様子だった。
 そろりと窪みに近づいて手を入れてみると、これが入浴に最適な温度で…。

「何してる…?」
「いや、入ってみようかと」

 温泉がどこから流れ込んでいるのかを探っていたジンさんが、服を脱ぎだした僕に胡乱な視線を寄こした。

「お前の性格が…時々理解できないぞ。こんな状況下で、なんでそこまで無防備になれるんだっ」
「ここに温泉が流れ込んで来て風呂ができてるんだよ?それも適温……まさに入れとリベルタス様が」
「………はぁー……交代でな」
「うん!」

 やっぱり入るくせにぃ~。
 一日中、馬を走らせて土埃の中にいると、体中がザラついてくる。魔法で清めたってさっぱりはするけど心理的な疲れは取れない。お湯に浸って心を開放しなきゃね。

 僕が入った場所は、背後の小さな滝から温水が流れ落ちて来るポイントで、その飛沫を避けて奥へ獣が集まっているために広く空いている。滝を背にして浸かる温泉も、打たせ湯みたいで乙だった。
 夕暮れが近くなって、ぞろぞろと獣は帰って行く。ここで野宿をと決め、交代してジンさんが温泉を堪能している内に、僕はたき火とテントを張った。夜になるとわずかに気温が下がったせいか、温水から立ち上る湯気が辺りを漂う。
 テントを張った高台の岩の上で、魔法の明かりを灯して食後のお茶をしながら妙に幽玄な景色を眺めていると、今度は鹿に似た獣たちが温泉へと現れ、僕らの方を警戒しながら浸かっていく。

「硫黄臭が薄いな。上流で高温の湯が湧いていて、それが小川に流れ込んでここへ来ているんだな…」
「低いけど山ばかりの地域みたいだしね。きっとあちこちから湧いてると思うよ」

 ジンさんが宙を見つめ、眉間を寄せて何かしてる。

「なにしてんの?」
「MAPにランドマークを立てている」
「…」

 こうしてみると、僕らの風呂好きは病気なんじゃないかと思えて来る不思議。飯より風呂な日本人と言い訳してみたが、なんだかんだ言いながら危険な山中の露天風呂に入り、その傍から離れずに野営まで始める始末だ。…早朝にでもひとっ風呂浴びてから旅立とうとの考えが、お互い透けて見えることに内心笑うしかなかった。

「…飯は買えても、風呂は簡単にみつからないからね…」
「確かに」

 僕も【地図】に印を入れると、寝床に潜り込んで目を閉じた。

 
 翌朝も早起きをして、獣たちのいない間にじっくりたっぷり暖まると、朝食をばたばたと取って出立した。馬たちは温水の流れで暖まった場所で休んだせいなのか、調子良く走り出しご機嫌だった。


 それ以降は何事もなくアルズベル王国の国境を越え、目的地のあるイズハラード国に入った。
 王国でも帝国てもないのは、他民族の集落が寄せ集まり、その頭数人で建国した所謂ところの共和制国家だ。海岸側で漁業と港を纏める種族と山側で鉱山を守る種族、その間に今はシステラ教集落が農地を敷いて挟まってまとまっている。国とは称してるが、王都が無いから見た目はそのまま大き目の町の集まりだ。
 気候が年間を通して温暖なせいか、作物の育ちが良く農家を営む者が多い。国を支えることより、自分や家族が生きて行くための生活が最優先で、むしろ国民という自覚はないかも知れない。税は頭の所へ納めるだけで、国政が無いから国家予算なんてものも無いのが要因だ。国力は皆無だが、それで上手く行ってるんだから面白い。

 アルズベル王国の山中とあまり変わりがない風景の中、システラ教会のある村へと急いだ。近くなって来ると沿道にぽつぽつだった旅姿の人が多くなって行く。ほとんどが女性で、中には男性もいるが夫婦か恋人同士らしく男性単身では見ない。まさに女性のための祈りの地らしい。
 そんな場所へ男二人で向かうのは、さすがに抵抗がある。隠密行動での調査なはずが、男も二人連れってだけで目立って無理だ。視線を交わして確認し合い、仕方なしに道を外れて少し離れた町へ向かった。

 町へ入ると、そこは思いの外賑わっていた。屋台や商店が出店をやっていて、食べ物や土産物を盛んに声を上げて売っている。土産物のほとんどがシステラ神や教会関連の物で、泉で採れた石までも商品になっていた。その中に、教会の案内地図を売っていたので、それを一枚購入した。
 複雑な道程ではないが、教会の聖堂への道や宿泊施設への道などを分かり易く示してあり、背後の山の中腹にある泉までの距離まで書いてあった。

「これだけ当てにされてると、水が枯れました!じゃ終われねぇのは無理ねぇか…」
「こんな山の中で、生活の大半になってるんじゃあねぇ…」

 すでに泉は枯れているのに、こんなに人々が集まっている。
 僕らは、その賑わいとは反対に、胸が重くなるのを感じていた。
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