勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

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第五章

水の気配 水の匂い ― 2

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 僕らが大司教から依頼されたのは、泉が本当に枯れていのか、枯れた泉はどうなっているのか、システラ教の修道女たちはどうしているのか、を確認して来て欲しいと。それに加えて、もし出来るのなら泉を復活させてきて欲しいとも。ただしこの部分は、システラ神の奇跡の泉じゃなくてもいいと、言外に別の水を示唆しながら確約を取って来た。

 しかしシステラ様は聖女を通じて「泉の役目は終わった」と宣った。無理に祈っても、聞き入れてくれるとは思えない。だって、必要ないと断言されたのだから。
 その役目がどんな事柄を指すのかも、それが終わった理由も、僕らには分からない。昔の様な子供が育てにくい環境は無くなり、危険を冒してまで旅をして、水を求める理由もないと判断されたのかもしれない。

 それだけに、確たる理由もなく泉を復活させていいものか。それが偽物でも。いや、偽物の泉を作り上げたとして、一度枯れた後に復活した泉の効力を疑われた場合、システラ教自体が疑惑の宗教になりはしないだろうか。聖女ごとシステラ教も終わりだろう。それでなくても本教会から無視されているのに、システラ神を穢したとなれば全力で潰しに来そうだ。
 まぁ、その前に現地調査だ。

「どうしたもんかなー…」
「調査は真夜中に決行だな。陽のある内は、無理だ」

 どこを見ても女性と子供の群れだ。どこを患っているのかと思えるほど元気一杯な子供たちが、あちこちで騒ぎまくっている。それを目にして、ウンザリ顔で立っている僕たち。

「…少し離れた山の奥で野営しない?宿がとれても女性客ばかりだ…きっと」

 獣人族も人族も女性はとてもバイタリティに溢れていて、そこに子供まで加わっているから勢いと熱気が凄い。その上、男が少ないから遠慮なしにジロジロと視線を向けて来る。常時視線の槍(矢より太い!)の中に建っているのは苦行以外のなにものでもない。

「鬱陶しいな…そうするか」
「うん。これ以上ここにいるとさ、戻って来た聖女様に報告されそうだ。妙な野郎の二人組がうろついてたって」

 その可能性に思い至ってか、馬を引いていたジンさんの歩みが早くなった。

「帰りてぇ…」

 さすがの大魔導士も、旗色が悪かった。


 深夜、上弦の月明かりの下を足音を消して走る。道なき道の険しい山林を迂回して、教会の真後ろから泉のある場所へと忍び込んだ。
 泉は断崖絶壁を背後に、その際にあった。絶壁の縁から見下ろした、泉だった窪みには水の気配はない。岩の縁を蹴ってふわりと窪みの側へ着地し、そっと覗き込む。

『からからに乾いてるね』

 泉の底には乾いて白くなった砂地だけが残され、枯れてからそれなりに日が経っていることを示していた。
 僕は無言で蛇腹剣を底へ滑らせ、砂の中へと潜り込ませた。限界まで伸ばして、その先へ魔力を通してみるが、やはり湧き水の気配は皆無だった。後ろで地面に【探査】を展開していたジンさんも、イイ結果ではない様だった。

『水脈も途切れている』
『うん。湧き水も無理だ』

 これで、井戸を引くように地下水を上げることも無理だと分かった。とても不自然な水脈の切れ方が気になるが、それも神の御業なんだろう。僕らにはなにもできない。
 ついと顔を上げると、絶壁を彫って造られたシステラ神の優美な姿があった。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、腕を広げて救いを求める者達を包み込むように立っていた。
 不意に前の世界の聖母を思い浮べた。同じような役割をする女神が、その姿に似ても仕方ないのか。異なった世界でも、人の想像力は同じような地点に着くのか。

 けれど、この世界の女神は非情だ。曖昧さは許されない。たとえ神の奇跡であっても、不要なら即刻削除する。聖女など、端末でしかないのかも。
 だったら僕らはなんだろう。同じく神の端末なのか。

 似合わない思惟に耽っていた僕は、その間にジンさんが辺りをうろついているのに気づいた。

『どうしたの?』
『泉が駄目なら、温泉を引けばいい』

 思わず吹き出しかけて、慌てて口を押えて堪えた。その場にしゃがみ込んで、腹を押さえて笑いを小出しにする。腹の筋肉が引き攣って痛い。

『こ…今度は、公衆衛生…を伝道させるのかよ…くくっ』
『身体を清めりゃ、病も近づかないってな!』

 ジンさんがそう言い放った瞬間、奇妙な気配に僕らは同時に絶壁の上を仰いだ。すぐに飛び上がる。

 さっきまでしなかった水の匂い。暖かな匂いと微かな炭酸臭。

『おいおい…なんだ、こりゃ!』
『あっちは硫黄泉だったけど、こっちは二酸化炭素泉かぁ。血行がよくなるね』

『できたとしても、野郎は入れないかもな』

 言ったジンさんもだが、僕も一緒に肩を落とした。だって、自分たちで掘り出した温泉に入れないって、なんの罰だ。
 まぁ、その計画は許可を貰ってからじゃないと実行しないけどね。いきなり温泉を出したって、神の御業とは思ってくれないだろうから。

 幼い子供の命を救う泉は、もう必要のない時代になった。じゃ、何が必要か。今度は幼子限定じゃなく、老若男女すべてが健康でいられるように、そしてその効果がその場だけのものではないと、世界中に行き渡せられるように、と言うことだと思う。
 その先駆者として、風呂に執着を見せる僕らが選ばれた、のだろう。聖女様に「温泉を掘れ」なんて神託しても、温泉を何に使うのか分からないとね。

『早めに流行させないと!』

 僕らの目標は、斜め上に輝いた。
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