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第五章
水の気配 水の匂い ― 4
しおりを挟む今回は旅支度は無しで、僕らは早急に出現演出の用意と現地への先回りを優先した。
その理由が、聖女様方の道程にある。前にも話だが、ジンさんが使う【空間移動】や【転移】は、ジンさん自身が見知った場所へしか行けない。そして、僕らが今回イズハラード国へ行った道程は山沿いだ。海沿いへ回った聖女様たちが、ルク・セルヴェス王国から出てしまったら、この計画は頓挫する。
ルク・セルヴェス国内は、勇者時代にお披露目と修行の名目で、端から端まで歩いたからね。
あそこは?ここは?と何カ所か候補地をあげ、その全てへ飛んで実地確認し、その合間に聖女様を監視して――――ありがたいことに、聖女一行は父親から与えられたのか警護の騎士や数台の馬車をを含め、総勢40名近くの行列隊となっていた。その上に、その隊列が聖女一行だと騎士たちが触れて回るせいで、休憩に寄った町や村で足止めを食らっていた。
この分だと、野営することは確実だろうと―――――そんな憶測を含め、あれこれと準備を進めて数日がたった。
衣装は、ファルシェ大神官様がご用意された。勿体ないくらいに高価だと判る布地をふんだんに使った、真っ白でいて豪華な刺繍が全面に入った衣装。でも派手じゃなく、ひらひらもしてない。
「う~~~ん。これか…」
デザインが問題と言えば問題、かもしれない。
一見すると、フリルやリボンを一切排した貴族の若者のような――――でも、上着は神官たちが羽織っている丈の長いフード付きローブだ。腰には宝石一杯の片手剣と短剣。
嫌々と恐る恐るの混じった手つきで着替え、互いに見合う。
「ジンさん…思いの外カッコイイよ」
「なんだ、その片言はっ。お前はカワイイぞ!馬子にも衣装だな」
「……くそっ!」
わざわざ教会から抜け出して来た大神官が、ドアに背を寄りかからせてニヤついて眺めていた。
「なんだい?その「マゴニモ イショウ」とは」
「ああ、俺たちの生まれた国のことわざで、馬を使って荷を運ぶ仕事を馬子と言って、そんな仕事をしている者でも身なりを整えりゃ、立派に見えるって言う意味だ」
「ふふふふ…それは…まぁ確かに」
日頃のストレス解消のためなのか、面白いことがあると現れる大神官は楽しそうに笑った。
楽しんでいただいて、良かったです。はい。たぶん僕らの計画は、大神官にとって胸のすくモノなんだろう。まだ実行していないし、それの結果も出ていないのだ。結果によっては、さらなるストレスになるかもしれないのに。
「ファルシェ様…あまり気軽に喜んでると、恐い結果が訪れるかもしれませんよ?」
僕が恨めし気に睨みながら言うと、大神官はニヤつく口元を手で隠しながら顔を背けた。
「…と、言うと?」
「相手はまだ子供ですからね。大人の僕らには予想だにしない言動をとられる可能性もありますよ?」
「……否定できないのが、なんとも悩ましいねぇ」
この世界の女性は、15才で大人扱いが始まる。いわゆる成人だ。平民なら就職して正規の給金を貰い、早ければ結婚しても変じゃない。それに比べて、どうも貴族や聖職者の子弟は精神年齢が低い。まだ学生だったり親が甘やかしたりしているからだろう。
聖女様もその類だろう。だから、聖女でありながら父親に面倒を担がせられるんだ。そんな彼女が、僕らの思い通りに、素直に納得して終わらせるとは思えない――――悪い予感ってやつだ。
「まぁ、俺たちとファルシェ様が繋がってることは、微塵も疑わせたりしないつもりだ。ただ…何があるか分からないんで、警戒だけはしてて下さいよ」
「ああ、分かっているよ」
僕の非難めいた説教に頷くけど、唇の端には笑いが残っている。どうも大神官は、僕らとのやり取りすら楽しんでいるのが見て取れた。
ジンさんに目をやると、腹の中で大神官を罵倒してるのが判る。僕も同じだから。でも、それは悪意や憎しみからじゃない。愛すべき『庇護者』への親愛の説教と非難だ。
「さて、用意はできたかい?私の手の者たちの足止め工作も完璧だったようだし、成功の報告を期待して執務に戻るよ。もちろん、リベルタス様に祈りながら」
「…では、行ってきます」
小さく手を振って見送る大神官の姿が、目の前で掻き消えた。
転移酔いも全くなくなり、少しだけの緊張を維持しながら、陽が沈んで暗くなり出した林へと身を潜めた。衣装を気にしながらも、一行が設営するだろう野営地の近くへと向かった。
計画通りに聖女一行は、僕らが潜む林が途切れた草原で野営の準備を始め、僕らは聖女の位置と彼女用の天幕の位置を確認しながら夜を待った。焚火と煮炊きした匂いが辺りに漂い、それをピークに外で行動していた者達が少しづつ減って行く。2人の護衛騎士が、明日の予定確認でもしていたのか、中央に建てられた大型の天幕の中から出て来る。
腫れた天には半月。月光の薄明かりが、野営地を照らし出していた。
『行くぞ!』
合図と同時にジンさんが手にしていたキューブを投げた。
【護馬召喚!】
『少しの間、頼むね」
湧き上がる魔素の霧がゆっくりと地を這い、 野営地へと流れて行く。
僕らの側に召喚された黒く無機質な護馬が、僕の願いに顔を擦りつけて応えた。僕らは素早く護馬の背に跨り、魔霧の流れに乗って林を出た。
林の中から急に湧き出した霧に、見張りの騎士たちが剣の柄に手をやって立ち上がった。
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