勇者の僕は、この世界で君を待つ ―― 白黒ERROR ――

布浦 りぃん

文字の大きさ
49 / 52
第五章

水の気配 水の匂い ― 5

しおりを挟む

 風のない夜で良かったと思う。
 わずかな空気の流れを風魔法で作って、地面すれすれに送りながら、林から湧き出る魔霧を所定場所へと送り出した。
 夜番の護衛騎士たちが天幕待機の騎士を呼び、鋭い警戒を呼び掛けながら聖女の天幕を囲って辺りを睨む。
 僕らは護馬をそろりと進め、月明かりを背に林を出た。すぐに騎士たちの警戒と殺気が飛んで来るが、それを無視して聖女の天幕へ近づいた。

「止まれ!貴様らは何者か!?」

 奇妙な霧の発生に魔獣でも現れるかと構えてみれば、現れたのは不気味な馬に跨った純白のローブ姿の人間だ。魔獣以上の危機感が襲って来ただろう。人型の魔物も存在する。死体が起き上がるアンデッド、そのアンデッドを作るレイスやリッチ、ゴーレムなど、《死する蘇り》と呼ばれる者達だ。元は人であるだけに、魔獣と違って知能があるだけ厄介だ。

「用があるのは、そちらの方だろう」
「我らは、聖女の望みによりシステラ神からの命を賜り参上した」

 声を張り、天幕内で息を殺して潜んでいるだろう聖女に届くよう告げた。と、天幕内から女たちの悲鳴と押しとどめる声が響き、ばさりと空いた幕から聖女が飛び出して来た。
 慌てて出て来たのだろう着の身着のままにローブを羽織り、這いつくばるかの勢いで僕らの前に跪いた。騎士たちの諫める声が被さって来る。

「せっ聖女さま!」
「ブリジットお嬢様!!」

「控えなさい!!この方々は神の御子様です!」

 厳しい視線と叱咤で下の者たちを押さえると、すぐに僕らを見上げた。彼女の背後で武器を構えていた者達は、彼女の一喝に慌てて跪いた。それでも、こちらに向ける視線は油断はない。

「わたくしの些末な望みをお聞き届けくださり、ありがとうございます。わたくしは、システラ様より聖女の称号を賜りましたブリジット=ベラレンツでございます」
「ああ、聞いている。我らを探して何を望む?」

 挨拶はいいから、さっさと話せ!とばかりにジンさんが冷めた口調で先を促した。
 すると聖女は、生命の泉が突如枯れたことから始まり、システラ神の託宣があり、その内容に納得がいかずに僕らにどうにかできないか希望を託したいと訴えた。

「聖女ブリジット、貴女は何が不満か?」
「泉の水は、女子供たちにはまだまだ必要でございます」
「死せる子はまだいるのか?息も絶え絶えの女たちは?」
「……そっ、そこまでは…しかし、病にも産みの苦しみの軽減にも…必要で」

 僕は思わず失笑を漏らした。

「泉が必要なのは、貴女方でしょう?システラ神は、すでに泉もシステラ教も役目は終えたと告げたはず。それを存続したいと望むは不遜。システラ神への冒涜。理解してますか?聖女ブリジット」

 僕の指摘に、聖女の頬に朱が散った。薄暗がりであっても、僕らの目には彼女の羞恥が分かった。

「確かに貴女は聖女だ。がしかし、システラ神の指の先でしかない。指先が主の言いつけを無視し、さも主の名代の様な振る舞いをするのは、いかがなことかと思うよ」
「そんな大それたことなど、わたくしは考えてもおりません!」
「いない?なら、なぜに親を使ってまで泉の復活を願う?我らを探してまで願うなら、もっと有意義なことを望め。子供の我が侭を聞いてやるほど、我らは暇ではない」

 ジンさんの痛烈な嫌味がさく裂すると、回りの者たちがいきなり殺気立った。
 自分たちの護る聖女様が侮辱されたと、思わず憤ったんだろうけど、それはこっちも同じだ。聖女の立場でありながら、主であるシステラ神の言を無視して、父親にまで泉をなんとかしてくれと頼みに来行く厚かましさに、僕らを含めてファーレン教会の聖職者たちは腹を立てていた。

「わたくしは……しかし…」

「貴様ら!聖女様を愚弄して只ですむと思うな!このっ―――――ぐあっ!!」

 怒りの沸点が低い頭の悪そうな騎士が一人、立ち上がるなり怒鳴り散らした。しかし、すぐに護魔から雷光が飛んで、天幕の辺りまでぶっ飛ばされた。呻きと天幕内の女たちの悲鳴が上がった。それだけで他の連中の中にあった、僕らへの疑念が消し飛んだようだ。
 頭が冷えていれば、雷魔法を使う上位魔獣くらい存在することに気づくはず。それを召喚して使役しているくらいは疑えるのに。

「……従者ですらこの体たらく。驕った己を振り返って見よ。そして、システラ神が己に何を望んで聖女としたか考えよ」
「貴女の心が、システラ神の望みに添えた時に、またお会いしましょう」

 細い少女の肩は震え、汚れにも構わず地についた両手が土を握りしめていた。
 僕らは彼女の失意と汚辱に打ちひしがれた姿に構わず林の中へと馬頭を返し、霧の中へと姿を隠した。振り返る気が起きないのは、彼女があまりにも幼過ぎたからだ。


 一行がショックから立ち直る前に護馬に戻ってもらい、魔霧を回収するとさっさと別邸へと戻った。
終ったと一段落着いた安堵に息をつくと、衣装の重みがどっと全身にのしかかった。

「お疲れ様でございました。湯殿のご用意はすでに整っております」

 執事の労いに、思わず破顔した。

 彼女の一言で、僕らは動くつもりだった。
 ただ一言「残された女たちの行く末を」と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

処理中です...