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第五章
奇跡の源
しおりを挟む翌朝に戻って来たファルシェ大神官に昨夜の仔細を伝えると、彼は嘆息して天を仰いだ。
「いっそシステラ様は、聖女の地位をはく奪してくれないものか…」
そう呟いた大神官にぎょっとして目を向けたが、彼は肩を竦めて見せただけだった。
気持ちは分からないではなかったが、大神官の位を持つ聖職者の愚痴にしては剣呑過ぎだ。そう言わせてしまう聖女親子が問題なんだけどね。
「聖女の望みの一つは叶え、俺たちから苦言は呈しておいた。それで理解できないなら、俺たちは彼女を聖女とは認めない。以後は無視する」
ジンさんの厳しい宣言に、大神官も黙って頷いた。
こればかりは仕方ない。聖女は神の使いだ。俺たちの扱いと同じで、子供のお使いじゃないんだ。成人と認められた年齢に達しておいて、回りの信徒の望みに振り回され、親に助けを求める聖女では困る。
それになによりも、システラ神の神託を無視していること自体が問題なんだ。
「これから君たちはどうする?」
「ああ、少し魔物退治に」
「ええ!?」
これは聖女に会う準備をする合間に話しをしたんだが、野山を巡って魔物の調査をしたり、海を見に行ったりしてみようかと計画していた。
あの山から魔獣が降りて来た現象がどうも頭に引っかかっていたのが原因で、それなら行ってみようと。
「また聖女側からの書簡が来ても、いつも通りに無視してください。ただ、彼女自身の考えが、まともなものになっていた場合は、ご連絡お願いします」
「…まとも…ねぇ」
顎に手をやり考え込んだ大神官を置いて、僕らは部屋へと戻った。
その日は一日のんびりと過ごし、翌日は久しぶりに馬を駆って別邸裏の林を散策した。これと言って予定していた訳じゃなかったのに、なぜか女中頭が執事の隣りでランチ籠を持って立っていたのに目を見張り、柔らかい微笑みと一緒に差し出されて参った。ありがたく礼を述べて出発し、奥へと走った。
温泉の湧き出る岩山沿いに馬を走らせると、山は少しづつなだらかな丘陵に変わって行き、私有地の目印になっている小川に行き着いた。
そこで弁当を食べ、川の浅瀬へ足を踏み入れて魚を捕り、川べりに座ってのんびりと過ごす。
「なんか、こんなにのんびりしたの、久しぶりだねー」
「ああ、生き返ってファルシェ様の別邸へ案内されてからの数日間だけだったな」
頷きながらも、あれはこんな風に心穏やかな『のんびり』じゃなかったよなぁ、と思い出す。あの時は、とにかく不安が先だった。
一緒に目覚めて一緒に蘇れたことを喜びつつも、望みが叶った先を考えていなかった自分の前に、いきなり現実が立ち塞がったから。
「僕はね、こんな風に一緒に過ごせるとは思っていなかったんだ。ファルシェ様が後ろ盾になってくるなんて思いもしなかったし、きっとお互いに独立して歩き出すんだと…」
「――――俺と居るのが嫌なら、別れて暮らしてもいいんだぞ?」
ジンさんの、その言葉は不意打ちで僕の心を切りつけた。ばたつかせていた足を止め、奥歯を食いしばって振り返った。そこには、真剣な眼差しで僕を凝視するジンさんがいた。
「そんな気持ち、これっぽっちもないよっ。大体、ジンさんを生き返らせて欲しいと願ったのは僕だよ!嫌なら、初めからそんなことを願わないよ!ジンさんが、そう願うんじゃないかと思ってただけだよ!」
まるで怒鳴り散らすように言い募ると、ふわりと強面が崩れて淡い笑みが浮かんだ。
「んな訳ねぇだろう。アズが嫌がっても離れるつもりはなかった。最初からな…。ただ、あの時の俺の混乱から来る態度がなぁ…お前を苦しめているんじゃないかと思って」
「うん…別邸へ向かう馬車の中では、そう考えていた…。ありがた迷惑だったんじゃないかとか、生き返って残っていたのが僕だって知ってがっくり来たんじゃないかとか…女の子だったら良かったのにね?」
「アホか!」
素早い動きで、僕の脳天にチョップが飛んだ。
「あいつ等は無ぇよ。特に瑠璃だったら、さっさとファルシェ様に押し付けてここを去ってる!」
「薫さんだったら?」
「あいつなら――――前提で無ぇな。あの女が、自分を犠牲にしてまで、俺の生き返りを望むなんてありえねぇ。今だから話すが、奴は婚約者がいたんだ。帰れるなら、自分だけでも帰っただろうよ」
「あー…うん、そうだねぇ。僕らの中で、一番の男前だったしねぇ。あはははっ」
懐かしい…今だから思える。彼らには、もう僕らを思い出すことはないだろう。この世界にいた記憶はないはずだから。
「俺やお前のことは、向こうじゃどう改ざんされたんだろうな…」
最初から存在していなかったことになっているとか、以前に自然な理由で死亡しているとか?寂しいけど、前者だったらいい。僕の我が侭で、あっちの家族が悲しい思いをするのは嫌だ。
「考えても、答えは…神のみぞ知る、だね?」
「ああ…」
ざばりと水を蹴って立ち上がり、大きく伸びをした。
明日からは、気軽な旅の始まりだ。魔獣捜索だけど、僕らは剣を振ることも魔法を使って殲滅することも、あっちの世界の生活よりも身近で自然になってしまった。
今でも消えない力を思う存分振るう瞬間、爽快だと思ってしまうくらいに。
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