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51・大魔境大陸の住人達

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 私たちが案内されたのは、森の中のぽかっと開いた場所だった。広地と森の境目には、家の側に立つ巨木と似た大樹があり、感嘆のあまり思わず見上げてしまった。
 お家君の指示で背追っていた彼の本体を妖精たちに渡し、枝を受け取った相手とお家君が定住地について話し合っている間に、私たちは広い敷地の中央へと招かれた。

 そこは、まるで緑の絨毯が敷き詰められたような苔に覆われた三十畳ほどの広場で、中央に巨大な切り株をテーブル代わりにして、座するのを勧められた。
 苔って湿った場所に繁殖する植物じゃない?だから触れればジットリと湿っていて水分保有が多いと感じるはずなのに、不承不承と手をついて腰を下ろしたら、そこはふかふか絨毯みたいな感触だった。なんで乾いた感触なのかも理解不能で、思わずリュースとまじまじ観察しながら撫でまくった。
 そんな私たちを見てか、危険がないと安心したのかほのぼのとした眼差しを皆様に向けられ、慌てて姿勢を正した。

「改めて、・・-・-は難しいか。エンデファラティティアルティに帰郷の助を示して下さり、礼を言う。私は緑の妖精族を率いる王の家臣、北森の領主グリアデュディディティオと申します。グリアとお呼びください。歓迎いたします」

 ああ、よかった。発声しやすく言い直してもらっても、何度か聞き直さないと覚えられそうもない名乗りに内心慄いたけれど、通名を教えてもらえたことにほっと安堵した。リュースも同様だったのか、肩の力が抜けたのが感じ取れた。うふふ。

「ありがとうございます。私はアズ。ただのアズで。彼は弟子のリュース。エンデ…君と一緒に暮らす仲間――――家族です」
「人族の赤目の民のリュースです。よろしく」

 切り株を囲む妖精たちを見渡しながら、再び自己紹介をした。途中でお家君が小声で「エンデでいいよ」と言ってくれて、晴れて彼の名を口にすることができた。
 妖精の方々は、グリア氏と似たような容姿をしていて、髪形や体形の違いで個性を表しているようだった。ただ、誰も彼も美しい。女の私が恥ずかしくなるほどの美貌の持ち主ばかりで圧倒された。
 そんな美人さんの一人が、そっと私とリュースの前にお茶を置いて回った。そして、グリアの隣りに座ると、少しだけ厳しい顔つきで私たちを見返した。

「私はユリス。領主様の一の従者です。端的に伺いましょう。貴女方は、エンデを連れて来るだけが目的なのですか?」
「=---・-・-=!!失礼だぞ!いきなりなんだ!?」
「領主様が信用しても、私はまだ信用するつもりはありません。この大陸に近づいて来た過去の人族のやりようを忘れる訳にはまいりません!」

 まあね。過去にここへ来た連中は占領部隊だ。上陸できたか分からないけれど、魔法でも飛ばして先制攻撃したんだろう。ア・コール大陸の人族は、ここに住むのは魔獣や魔物だと思い込んでる奴らだし、人化した妖精が相手であっても、自分達より下等な相手と最初から侮ってのことだろう。
 それが遠征失敗の原因だろうけれどさ。

「確かにそうだが…」
「それなら話は早い。お聞きしたいことがあります」

 私は身を乗り出して、従者の彼の言葉にのっかって話を進めた。のんびり親交を深めるのは、リリアの件が片付いてからでいいのだから。彼らには彼らの暮らしがある。私はそこへ入り込んで一緒に居たいとまでの望みはない。

「ほう、何かな?」
「私たちの下に今、リリアリスティリアと言う名の半人半妖の6才の少女を保護しています。大陸のパレスト神聖王国に幼少時より囚われており、先日助け出しました。彼女の両親や身元を調べ探しています」
「リリアリスティリア…6つとな?」
「彼女には父母の記憶はなく、父母のどちらが妖精族かも分からなくて…こちらにおいでなのか、大陸で暮らしているのか、はたまた亡くなって…」

 私が最後まで言い終えない内に、妖精族の間にざわめきが流れた。密やかな声で情報を交換し、その内の何人かは立ち上がってどこかへ念話のような方法で連絡をとっている様子だった。

「他に…なにか特徴はないか?」

 グリア氏は、お茶を一口飲んでから私に困惑の表情で問うてきた。

「皆様と同じく銀の髪に緑の眼。ああ、ギフトに緑の王の加護を…」
「何!?王の加護持ちか!!それならすぐに分かろうぞ!王の加護持ちは王族かその縁者。そして、王と繋がっておる」
「ああ、よかった~~~」

 私とリュースは顔を見合わせて息を吐いた。一気に気持ちが軽くなる。
 両親がみつからず、ここで引き受けを拒否された場合、こちらで養育する覚悟はあったけれど、大きくなったリリアにきちんと話してあげたいから、身元くらいは知っておきかった。

「王から、その少女に会いたいと伝えて来た。連れて来れるか?」
「ええ、どこか【空間門】を設置しても大丈夫な場所を頂けるなら、すぐにでもお連れしますよ」
「それでは頼む。ここに戻られるまでに、王の居城までお連れする準備をしておこう」

 それでは、と皆が一斉に立ち上がった。グリア氏は耳に手を当てながら、他の従者に指示を出し、その一人が私たちを【空間門】の設置場所へと案内してくれた。
 私もリュースも、何の障害もなく事が進んだ状況に面くらいつつも、案内に従った。

 そこはエンデの本体が植え直された場所で、さきほどの広間から少し離れた場所だった。案内の従者は、後をエンデに頼むと戻って行った。
 まあ、監視の目が隠れているのは気づいてますが?

「元々ここが僕の棲み処だった場所だよ。妖精族はね、生まれた時から自分の地を持っているんだ。持ち主の安否がはっきりするまで保全されている」
「へぇ~」

 少し開けた場所に、ぽつんと枝が植えられていた。半径10メートルほどの広さがある。

「でも、ここに本体が移るなら、あちらの巨木はどうなるんだ?」

 リュースが眉間をや肩を揉みながら尋ねた。
 迫力の美形の集団に囲まれ続けるのは、精神的に圧迫感が凄まじかったねぇ。うん。

「あっちはあっち。この大陸では僕の土地はここだけだけど、あっちの土地は妖精族間の決まり事からはずれてるから大丈夫。どちらも僕の本体だよ」
「え?自分の土地でさえあれば、こうして何本も本体を作れるの?」
「うん。人族風で言えば、本邸と別邸みたいなものかな?」

 お家君改めエンデが説明してくれたけれど、私の脳裏は中継局の電波塔が浮かんでいたわよ。枝さえ根付けば、どこまでも増殖できるってことだ!しゅごーい!

「で、門はどこに?」
「ここにどーぞ」

 エンデが、私の肩からふわふわと飛びたち、広く開けた土地の境目に立つ一本の木の幹を叩いた。すると、そこに扉が現れた。
 それを見た私とリュースは固まった。え?他の妖精の本体じゃないの?その樹は…。
 呆気にとられて立ち竦んでいる私たちの心情に気づいたのか、エンデがお腹を抱えて笑い出した。

「ごめん!説明不足だった。この大陸の樹々全てが妖精の本体な訳じゃないよ。妖精の本体になれる樹は、王の妖力と呼ばれる力が与えられた樹だけなんだ。だから、他の木はただの植物だよ」

 はーーーーーーーーっ。息が止まりかけたわよ。まったく!リュースなんて、さすがに驚き疲れて膝を付いて脱力していた。

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