アレハタレドキ [彼は誰時]

えだまめ

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餼羊編

ep12 傀儡者

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「傀儡者か……………いいだろう 」



気絶したメアリーをまるで無視するかのように 
付添人はサングラスを弄りながらそう答えた


「だいたいの流れを話そう
まずは太平洋戦争まで遡る必要がある 」


未知なる生物の情報を前に自分は黙って息を飲むなか
そう男は言い始めて語るように話を続けた


「私達の国は第二次世界大戦で枢軸国となり争うが
ミッドウェー海戦を発端としアメリカに敗れ、
そのまま敗戦国となりGHQの実験の場と化した」

「最後には原爆を落とされるまでに至るが
その代償として安寧と生まれ変わるチャンスを得た
しかし唯一の失策として……… 」



「 核兵器の所有権を剥奪されたことだ 」



「 他国は相次いで核兵器の開発に力を注ぐが
意図的に我が国はその土俵にすら上がれなくなった
ソレが原因で外国との政治でも下手に出る他ない…
敗戦した時から既に我々は詰んでいるのだよ 」

「ではこれからどうするべきか…………………」


ここから男の雰囲気が変わり
何かに激怒するように声色が鋭くなった



「人間を 生物兵器 へと作り変えるべきだと
判断したのだよ 」



奴のその言葉を聞いて背筋が凍っていくのがわかる
その根底にあるのは未知への明らかな拒絶であった
しかし情報を得るには今が最大のチャンスだ
自分は震える手を無理矢理抑えつつ口を開いて


「彼女のような生物兵器は何人居るんですか?
正確にはこの国内に……です」


「俺もよく知らないんだが…
まぁおよそ数百体といった感じだろうな」


「…………数百っ…!? 
まさか……拉致して人数を揃えているのですか?」


「上層部なそんな効率の悪いことはしない
海外から 子供 を買ってある場所で研究してたのさ」


自分は付近で倒れている少女…メアリーに目を向けた
確かにどうみても日本人の容姿とは異なっている
西洋風の顔立ちに銀髪、瞳は薄く綺麗な青色だった
そして肌は色白く俗にいうエルフのようである


(しかし所詮は生物兵器だ
容姿と内面は明らかに参考にならない……)


自分はそう思いながら黙りこんだ
ソレを確認した男は淡々と話を戻し始める



「まず研究の支柱となるのがある特殊な 細胞 だ」



先程メアリーの尋常ではない速度/反射神経/膂力から
容姿は人間でありながら人ならざる者だろうとは
容易に予測できていたものの、
実際にフィクションのようなこの事実に対峙するのは
何処か不気味な印象を強く受ける
そんな自分と対極に男は迷うことなく話し続けた


「何が特殊なのかを簡単に説明すると
全く他の生物の細胞と細胞を
組み合わせる 特性 を有しているのことだ」


台本でもあるかの様に驚きの事実が相次いで出てくる
しかし抽象的で少し意味が掴みにくいと思ったのは
どうやら自分だけではなかったらしい
そう男が語っている途中で楽斗が口を挟んで



「おい、ソレってつまり………
人の細胞と……犬の細胞を混ぜることができるって…
そういうことなのか?…… 」



メアリーに重症を負わされた彼は
地べたに座りガードレールに寄りかかりながら
息苦しそうに表情を歪めながらそう聞くと


「そうだ…
まさにその通りで 細胞同士 を繋げる
ボンドのような細胞なのだ 」


医学の専門的な知識がない自分にも
ソレが良い意味でも悪い意味でも革命的であることは
火を見るより明らかであった
沈黙する楽斗を傍らに自分はもう一つ疑問を投げた



「その細胞が傀儡者に超人的な運動神経を賜った…
そういう認識で間違いないのですか?
それともまた違った関係があるんです……? 」



そう自分が聞くと 
自分達を前にして男はククク…と初めて笑った
その姿が嘲笑されたように映った自分は反射的に


「何がおかしいんです?………」


「失礼、決して馬鹿にした訳ではなく
君は偉いなと思ってな」

「並べられた未知なる事実を前にした際に
無理矢理ソレらに因果関係を付けなかったこと…
厳密にいうと他の可能性も考慮したこと…を 
俺は称賛するよ 」


「ソレが何か関係があるのですか?…」


「この世界ではとても重要になってくる思考法だ
前提や情報に囚われずに思考できるのは良いことだ
世にいう批判的思考さ」


そう男は答えて再度話を続けた


「そのボンドのような細胞を細胞pとしよう 」

「その細胞pを使って我々の組織は次々に研究し
その研究はサイやカバなどの大型動物から
微生物やプランクトンまで様々な生物の細胞を使った
そしてこの世のに存在しない細胞を創り続けた」

「この創られた細胞を細胞sとしよう」


「ってことは……地球上に存在しない生物とかも…
どんどん創られたのか………?? 」


そう楽斗が聞くと


「勿論だ 
この細胞sを増殖し移植する所まで順調だった 
しかしそうして誕生した生物はあまりにも知能が低く生物兵器として機能しなかったのだ
幾度となく失敗したその結果から得たこととして 
脳が発達していない生物をベースに細胞sの移植する…
コレは禁忌であるということだ 」


「………ということはつまり
最初から 人間 に細胞sを植え付けるつもりでは
なかったということですね」


自分がそう聞くと
彼は補足するかのように話を付け加えた


「全くもってその通りだ
上層部としても最初は 人間 をベースにするのではなく
それこそ犬や猫などの人の言葉を理解できる生物や
人間に近いチンパンジーなどの霊長類が候補となり
実験対象とされた」

「しかしそのどの生物が対象になろうとも
完全に我々の制御化に置けるものは存在しなかった
いや…厳密に述べると少し違う…………」


「制御できたらできたで……
ソレの生物兵器としての価値は十分には見込めず
制御できなかったらできなかったで………
破壊力は十分だが実用的には程遠い存在だった
そんな矛盾に組織は苛まれていた…違いますか?」


気づいた時には自分そう声に出していた
予想外の発言に驚いたのか思わず男は苦笑し


「あぁ……君の言うとおりだ
よって組織はベースに他でもない人間を使うことで
言葉が通ずるうえに殺傷能力の高い兵器を創る…
そんな方針に沿って新たに活動を始めたのだ」

「そうして我々は数多くの 人ならざる者 を創り
その度その度に膨大なデータを手に入れた
創るだけではなくどう調教すれば従順になるのか
痛みを受け入れ組織以外の人を憎むのか…など
心理的で統計的なノウハウを構築していったのだ」


ここでようやく胸がざわめいている理由がわかった
彼らの愚かさが見えてくるからだ
生物兵器とソレを創り洗脳する人間共………
どちらが 本物の悪魔 なのかは明白であるのに
目の前の男は自分達の軌跡を誇らしげに話す姿に
嫌悪を抱いた自分はイラつき始めていた


「そして何年もの月日をかけて
遂に我々は人型の怪物を作ることに成功したのだ
しかもその怪物は一定以上の知能と
以上な再生力を持っていたが……………………… 」


男はここで区切った
沈黙する我々を前にそしてしばらく間を取って



「その怪物は 寿命 が短かった 」



「せいぜい30日程度だったのだ
これでは 生物兵器 として全くもって使えない」


そう男が言ったあとに楽斗が


「………なら…どうしたんだよ……?」


緊迫した様子で息を呑みながら聞いている
それに答えるように男は


「その怪物を a としよう
原始ということでアダムの頭文字だ 」

「我々が刃物で傷をつけてもすぐに癒えるというのに
日に日に衰弱していくaはあと数日で息絶えるとされ
奴の 使い方 を変えたのさ 」

「具体的に述べると………………… 」


そう言って男は自分達の 足元 を指差した
突然のことに促されたように目線を移していくと


(………………? )


辿っていくと仰向けで横たわるメアリーへ行き着いた
そのまま沈黙する自分たちに


「メアリー は 傀儡者 だと言うことは
本人から聞いたのだろう?…」


「そうですね……」


アダムの用途変更について話すかと思っていたが
何故か男は質問を投げかけてきたことを勘ぐりつつ
安直に自分がそう答えた瞬間、何故か背筋が凍った



「彼女達の母親は 神 なんだ
大地を揺るがし、高速で空を飛び、永遠を生きる……
そんな女神の力の片鱗を受け付いた子供なんだよ 」



いきなりの展開に理解が追いつかなくなる
しかし男がふざけているようには微塵も見えない
何よりも不可解だったことは


(何故…あくまでデータに忠実だった男が
急に宗教じみた話をし始めたのか…これに尽きるな)

 
突拍子のない話を聞き流すなか思考をし続けた結果
アダムの用途はどうなったのか 
この男が言った 神 とは何を指しているのか 
この2つに疑問を絞り込んで男に聞きだそうとすると



「急に神などと言ってすまないね
アダムの話に戻そう、細胞pを覚えているか?」



「覚えています
細胞と細胞を合成する性質を持った細胞… です」


男の質問に自分は淡々と答える
男は自分の思考を完全に読んでいたかのようだった 
自分が彼の問に答えたことも実は見透かされていて 
全て手のひらの上なのでは…そう考えてしまった
真偽は不明なまま男はまた話を続ける


「端的に話すがaはその細胞pの土台とされたよ
そしてさらに優秀な細胞が創られるようになった
あのまま朽ち果てるには非常に惜しいものだった」

「そして…ようやくeが誕生した」


「イー?… なんだソレは…………」


口を挟んだ楽斗にはまだ全体図が見えていないようだ
しかしもう説明は十分だった
本当に その神 は実体を持って存在しているらしい
無神論者の自分は即座に否定したい気分だった


「ディスコースマーカーから察するに
そのeが貴方のいう 神 ですね?」


「あぁ…勿論だ」


「メアリーに目線を移した上で貴方は
"彼女達の母親は神である"と述べました
そのeと呼ばれる存在が神であるならそのeとは
先のアダムから推測するにイヴですか?…… 」 


「その通りだ 」


やはり直感的に勘付いたことは正しかったようだ
そして2つの疑問をとりあえず解消することもできた
非常に有意義なこの場を利用し次の段階に進むべきだ 
自分は深呼吸をして気持ちを整えたあと 


「質問したいことが三つあります…………
まず1つ目として 
メアリーは銀色の金属のような物質を踵に生成し 
自分を蹴り飛ばしました 
彼女はコレを 傀儡の力 だと言っていたのですが、 
その金属のような物質はなんですか?」 


「俺も詳しくは話せないが確かなこととして 
一定の傀儡者が身に纏うソレのことを 
我々は 傀銀かいぎん と呼んでいる」


「なるほど……
ではeは傀儡者を統率しているのですか?」


メアリー1人相手でもこちらの損害は相当なものだった
そんな彼女らが統率の取れた束となっては
まさに自分達に勝ち目がないだろう
自分のその質問に対して男は


「いや、eは率いたりはしない
ただし統率を図る傀儡者は存在している」


「なるほど………
ではeやその組織の本拠地は何処にあるのです?」


この質問も極めて重要である
これからの自分たちの動向に深く関わっているからだ
遠いならそれに越したことなく近いなら注視する
なるべく戦闘を避けるためにも欲しい情報だった
しかし男は予想外の発言をした


「ここから近い所だと 不知火造船所跡地 だ
しかしそこにeが居たかは俺にはわからない」


「し、不知火造船所跡地……!?
ここから歩いて1時間も掛からない………
そんな近い場所に本拠地があったのかよ………?」


楽斗がそう驚くのも無理はない
自分もまさかそんな近場に存在していたとは
思っておらず衝撃が走っていた


「傀儡者は神の子だと……………」



「さて、三つの質問にも答えたうえに
十分過ぎるほどの情報も開示した、違うか?…」



自分の質問は明らかに故意に遮られた
この時改めてこの男の纏う威圧感に気付かされる
暫く話に没頭していたので忘れていたが取引だった 
正直まだまだ聞きたいことは多かったが仕方がない
自分は一歩彼のほうに踏み出てから


「……はい、自分達はメアリーを置いて立ち去ります 
それで構いませんか?」


「あぁ… 話したことは全て疑いようのない事実だ
取引なのだからそこは信用してくれ」


「わかっています、楽斗立てる……?」


男にそう答えつつ楽斗のほうへ歩み寄り手を貸す
そしてなんとか彼を支えつつ


「リータ、一緒に帰ろう」


終始沈黙していたリータが気掛かりだった自分は
彼女にそう声を掛けると彼女は微笑んでくれた
それを見届けたあとに学校へと向かおうとすると



「おい貴様………まさか……………………」



明らかに男が自分達の方を見て困惑していた
自分は振り返って彼に視線を移すと
彼は少し強引にでも先程の発言を隠すかのように


「いや、何でもない…
情報は役立ててくれよ、期待している」


男が何故困惑していたのか/何を思っていたのか
今の自分にわかるはずなんてなかったが
得た情報はとても価値のあるものが多いことは事実で
結果だけ見ると 勝利 といってもいいはずだ



しかし浮かれている暇など何処にもない



今日、遭遇した傀儡者達は付近に点在し
いつまた対峙してしまうかは不明なのだから………



(自分には力が必要だ………
誰も死なずに死なせずに生きるための力が…………)



~ ep12完 ~
    
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