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prologue:積まれた書籍とタバコケース
治癒のアビリティ
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ルーザが敢えて復唱したことで、その真意をシドも汲み取り少し悔しそうに頭を掻いた。これまでに起きたことを受け止めていたつもりではあったものの、まだシドの頭は正常な思考を取ろうとしていたようだ。
「注射器の様な力だ。
・・・・・・あれが俺に携帯させる為の簡易版だったとすれば、それですら医学の範疇を越えた処置が出来たのだから、より治療を押し進める力があっても可笑しくはない」
「ふん、言うじゃないか。だとさ、シルビー」
「はい、ルーザしゃま!」
シドの意識にはすっかり居ないものとなっていた、大剣のブレイグルの少年の側に居たナース服を着た幼女がルーザの呼びかけで近づいてきた。少し舌足らずな喋り方が特徴的だったが、それよりもシドの目を引いたのが、歩いていても膝裏まで伸びている長いピンク色の三つ編みだった。目は零れ落ちそうなくらい大きく、瞳はどこかに光源があるのかと感じる程にキラキラと輝いている。
「紹介するよ。この子は、今では希少となった『治癒』のアビリティを持つブレイグルだ。シルビーはあたしの大事なビジネスパートナーの一人さね」
「君もブレイグルなんだな。治癒のアビリティ・・・・・・治せるのか?」
ルーザに紹介されてニコニコしていたシルビーだったが、シドの問いに答える為に患者の視診を始めた。突然の表情の切り替えのギャップに、シドは面食らってしまう。
「少なくとも生命維持に関しては、騎士団の施設まで運べば十分に可能な状態になるわ。
・・・・・・けど、黒涙の呪いの影響が読めないわね。呪いの浄化は私の力ではどこまで出来るか」
「十分すぎるくらいだ! 頼む君の力を貸してくれ」
真剣な表情で真っすぐに顔を見られ、大人に頭を下げられながら頼まれてシルビーは頬を赤らめて「やめてよ」 と小さくこぼした。ルーザはその様子を見て微笑んでいた。必死でアレックスの手を握りながら、そんなやり取りを首を小刻みに振りながら見ていたホニカは不安そうな顔だ。
「それで?アレックスはどうなるの?」
「命の保障はする。だけど戦線復帰・・・・・・いや、意識を取り戻せるのかどうかもやってみなければ何とも言えないわ。あなたは引き続き祈っていてあげて」
「うん」
「それじゃあ・・・・・・やるかいシルビー」
「はい。ルーザ様」
シドは既にブレイグルとブレイザーの闘いと、ホニカが炎を操る姿を目の当たりにしていたが、目の前で人間が変身する姿はやはり壮観だったようで口を開けて見守っていた。ルーザが手を挙げ、手を開く。するとシルビーの全身がほのかに発光したかと思うと、輪郭は急激にぼやけて明確さを失っていく。直後光は力強くなりながら流動する光の液体となりルーザの手に光が集まっていく。
「本当に変身しちまいやがった。それが・・・・・・さっきの」
光となったシルビーが集まり形成が終わると、光は収まりルーザの手には針も接続済みの注射器と、更に交換用の薬液が満たされたシリンジが2本あった。シドの言うところの簡易式との差は、シドが使った者は薬液を満たした筒の部分であるシリンジと針が元から繋がっている針付き注射筒と呼ばれるもので基本的に1度きりの使い捨てとなっている。対して、今ルーザの手にある注射器は別パーツである針をシルビーがルーザの手を煩わせない様に接続した状態で形成したものとなっている。
「ふむ応急処置後でも3本か・・・・・・難儀なことだね」
シルビーの注射式回復液は、対象となる患者の怪我や、病気による症状、自然物や人工物またはブレイグルのアビリティなどによる毒物や呪いの程度によって、1から3本のシリンジを生成する。医学でも対処可能なレベルであれば大抵は1本で足り、例えばアレックスの傷が実際の刃によってつけられたものであったなら、受傷直後なら1本、失血や細菌感染を起こしている様なら2本程度だったというのがルーザの見立てだった。ルーザとシルビーのそれなりに長い付き合いの中で、様々な状態の患者を処置してきたがシルビーの限度であるシリンジ3本を生成したケースは片手が余る程度だった。
ルーザの険しい表情に、シルビーの能力の詳細を知らないシドとホニカは不安そうに見つめていた。
「何をぼさっとしているんだい、あんたが祈りも治療の一つだよ」
「あ、はい!!」
ルーザはホニカが一心に祈り始めたのを見て、注射器を構えた。アレックスの腕に注射針がゆっくりと穿刺していく。「頼んだよシルビー」 と言ってルーザは薬液の注入を開始した。薬液はキラキラと光りながら、アレックスの身体に染みわたっていく。
「シルビー迅速に次の薬液に針を接続」
「はい」
針が引き抜かれた瞬間に空になった注射器が霧の様に消えた。ルーザはすぐさま、足の注射可能な部位を特定する。その間に、中指と薬指に挟まれていた2本目のシリンジの先が光ると瞬く間に新しい針が生成・接続される。ものの数秒のうちに2人は2回目の与薬の準備を完了させる。正に阿吽の呼吸と言うべき洗練された連携だった。2本目の注射は右足から行った。連続する注射による投与の際に、連続して同じ箇所から薬液を注入してしまうと周辺部位の筋肉の拘縮を防いだり、静脈内に血栓が形成されるリスクを低減させたり、炎症が起きないようにするという患者の負担を徒に増やさない為の基本的な決まりだ。それは一般的な注射の基本であり、ブレイグルの能力においてそうしたリスクはほぼ確実に無いと考えられるが、万が一のリスクを患者にかけることを避け、特例すら入る余地がないようにルーザの信条として行っている。
その配慮が結果として、能力を譲渡するシルビーの信頼を厚くすることに繋がっているし、そうした姿勢だからこそビジネスパートナーとして2人が絆を結んでいる大きな要因となっていた。「次」 と一言、ルーザは最後の薬液を注入する為に向かい側に移動して、すぐに穿刺可能な部位を見つける。一部の乱れも無い連携によって、息つく間もなく最後の薬液の注入が開始された。
必死に祈り続けるホニカの背に手を当てながら、シドはルーザとシルビーの一挙手一投足を、そしてアレックスの症状の変化を見逃すまいと神経を研ぎ澄ましながら見ていた。薬液を投与される中で、アレックスの蒼白になった顔に血の気が段々と戻り、呼吸がゆっくりと深く落ち着いていくのも見て取れた。何よりも、2人が確信をもって「命の保障はできる」 と言っていたことからも、予後の心配は勿論あるけれど、もう最悪のケースは無いと確信していた。
最後の注射が終わる前にシドはすくっと立ち上がり、2つの確認をした。灰色の髪のブレイグルの少年の元には、シルビーと同じナース服を着た、同じくらいの歳の短髪の少女が付き添い治療をしている姿が見えた。なので、シドはもう1人の少女の元に歩み寄っていく。
アレックスが黒い刃に貫かれた場所には今でもおびただしいまでの血液が溜まっていた。そもそも水分を多く含んでいる土地なので、ほとんど浸透もせずそのままで残っているようだ。その子は、ホニカ達を引き離してからアレックスが治療されている今まで微動だにしていないのか、点を仰いだまま、その周りの空気だけが時間の流れから逸れてしまった様な錯覚を感じる。
「暗い・・・・・・まだ、夜は明けないのね」
シドも遠目とは言え蒸気が晴れた瞬間に、黒い刃がアレックスの身体を貫いている所を見ていた。ホニカの安全を確保することに集中していたと言えども、その黒い刃が少女が生み出したものであることはもはや疑いようが無かった。黒い刃はいつの間にか消えていたが、地面を割った跡はありありと残っている。シドは急に足が地面から離れなくなるのを感じた。そこが特に粘度が高かったからというわけではなく、シドはその硬直が本能が引き起こした症状であったと気づく。
「アレックス!!今、アレックスが手をギュって!」
治療が完了し、ホニカにとって祈りを捧げただけの効果が出たのか、背中越しに聞こえた声からでも安堵と喜びを感じる事が出来た。「子どもはああで無くちゃな」 そう言って、シドは軽快に足を前に出して、少女の頬にそっと手を触れて言う。
「君は大丈夫か・・・・・・?」
触れられた瞬間に少女はびくっと身体を強張らせたが、聞こえてきたシドの声に敵意を感じることはなく、ふっと瞳に生気が戻った。その瞬間に、少女の警戒心を表すかのように目に残っていた黒い涙は消滅した。
「ああ・・・・・・なんだ、その答えを聞いてないから同じことを繰り返すが。
大丈夫か?」
「注射器の様な力だ。
・・・・・・あれが俺に携帯させる為の簡易版だったとすれば、それですら医学の範疇を越えた処置が出来たのだから、より治療を押し進める力があっても可笑しくはない」
「ふん、言うじゃないか。だとさ、シルビー」
「はい、ルーザしゃま!」
シドの意識にはすっかり居ないものとなっていた、大剣のブレイグルの少年の側に居たナース服を着た幼女がルーザの呼びかけで近づいてきた。少し舌足らずな喋り方が特徴的だったが、それよりもシドの目を引いたのが、歩いていても膝裏まで伸びている長いピンク色の三つ編みだった。目は零れ落ちそうなくらい大きく、瞳はどこかに光源があるのかと感じる程にキラキラと輝いている。
「紹介するよ。この子は、今では希少となった『治癒』のアビリティを持つブレイグルだ。シルビーはあたしの大事なビジネスパートナーの一人さね」
「君もブレイグルなんだな。治癒のアビリティ・・・・・・治せるのか?」
ルーザに紹介されてニコニコしていたシルビーだったが、シドの問いに答える為に患者の視診を始めた。突然の表情の切り替えのギャップに、シドは面食らってしまう。
「少なくとも生命維持に関しては、騎士団の施設まで運べば十分に可能な状態になるわ。
・・・・・・けど、黒涙の呪いの影響が読めないわね。呪いの浄化は私の力ではどこまで出来るか」
「十分すぎるくらいだ! 頼む君の力を貸してくれ」
真剣な表情で真っすぐに顔を見られ、大人に頭を下げられながら頼まれてシルビーは頬を赤らめて「やめてよ」 と小さくこぼした。ルーザはその様子を見て微笑んでいた。必死でアレックスの手を握りながら、そんなやり取りを首を小刻みに振りながら見ていたホニカは不安そうな顔だ。
「それで?アレックスはどうなるの?」
「命の保障はする。だけど戦線復帰・・・・・・いや、意識を取り戻せるのかどうかもやってみなければ何とも言えないわ。あなたは引き続き祈っていてあげて」
「うん」
「それじゃあ・・・・・・やるかいシルビー」
「はい。ルーザ様」
シドは既にブレイグルとブレイザーの闘いと、ホニカが炎を操る姿を目の当たりにしていたが、目の前で人間が変身する姿はやはり壮観だったようで口を開けて見守っていた。ルーザが手を挙げ、手を開く。するとシルビーの全身がほのかに発光したかと思うと、輪郭は急激にぼやけて明確さを失っていく。直後光は力強くなりながら流動する光の液体となりルーザの手に光が集まっていく。
「本当に変身しちまいやがった。それが・・・・・・さっきの」
光となったシルビーが集まり形成が終わると、光は収まりルーザの手には針も接続済みの注射器と、更に交換用の薬液が満たされたシリンジが2本あった。シドの言うところの簡易式との差は、シドが使った者は薬液を満たした筒の部分であるシリンジと針が元から繋がっている針付き注射筒と呼ばれるもので基本的に1度きりの使い捨てとなっている。対して、今ルーザの手にある注射器は別パーツである針をシルビーがルーザの手を煩わせない様に接続した状態で形成したものとなっている。
「ふむ応急処置後でも3本か・・・・・・難儀なことだね」
シルビーの注射式回復液は、対象となる患者の怪我や、病気による症状、自然物や人工物またはブレイグルのアビリティなどによる毒物や呪いの程度によって、1から3本のシリンジを生成する。医学でも対処可能なレベルであれば大抵は1本で足り、例えばアレックスの傷が実際の刃によってつけられたものであったなら、受傷直後なら1本、失血や細菌感染を起こしている様なら2本程度だったというのがルーザの見立てだった。ルーザとシルビーのそれなりに長い付き合いの中で、様々な状態の患者を処置してきたがシルビーの限度であるシリンジ3本を生成したケースは片手が余る程度だった。
ルーザの険しい表情に、シルビーの能力の詳細を知らないシドとホニカは不安そうに見つめていた。
「何をぼさっとしているんだい、あんたが祈りも治療の一つだよ」
「あ、はい!!」
ルーザはホニカが一心に祈り始めたのを見て、注射器を構えた。アレックスの腕に注射針がゆっくりと穿刺していく。「頼んだよシルビー」 と言ってルーザは薬液の注入を開始した。薬液はキラキラと光りながら、アレックスの身体に染みわたっていく。
「シルビー迅速に次の薬液に針を接続」
「はい」
針が引き抜かれた瞬間に空になった注射器が霧の様に消えた。ルーザはすぐさま、足の注射可能な部位を特定する。その間に、中指と薬指に挟まれていた2本目のシリンジの先が光ると瞬く間に新しい針が生成・接続される。ものの数秒のうちに2人は2回目の与薬の準備を完了させる。正に阿吽の呼吸と言うべき洗練された連携だった。2本目の注射は右足から行った。連続する注射による投与の際に、連続して同じ箇所から薬液を注入してしまうと周辺部位の筋肉の拘縮を防いだり、静脈内に血栓が形成されるリスクを低減させたり、炎症が起きないようにするという患者の負担を徒に増やさない為の基本的な決まりだ。それは一般的な注射の基本であり、ブレイグルの能力においてそうしたリスクはほぼ確実に無いと考えられるが、万が一のリスクを患者にかけることを避け、特例すら入る余地がないようにルーザの信条として行っている。
その配慮が結果として、能力を譲渡するシルビーの信頼を厚くすることに繋がっているし、そうした姿勢だからこそビジネスパートナーとして2人が絆を結んでいる大きな要因となっていた。「次」 と一言、ルーザは最後の薬液を注入する為に向かい側に移動して、すぐに穿刺可能な部位を見つける。一部の乱れも無い連携によって、息つく間もなく最後の薬液の注入が開始された。
必死に祈り続けるホニカの背に手を当てながら、シドはルーザとシルビーの一挙手一投足を、そしてアレックスの症状の変化を見逃すまいと神経を研ぎ澄ましながら見ていた。薬液を投与される中で、アレックスの蒼白になった顔に血の気が段々と戻り、呼吸がゆっくりと深く落ち着いていくのも見て取れた。何よりも、2人が確信をもって「命の保障はできる」 と言っていたことからも、予後の心配は勿論あるけれど、もう最悪のケースは無いと確信していた。
最後の注射が終わる前にシドはすくっと立ち上がり、2つの確認をした。灰色の髪のブレイグルの少年の元には、シルビーと同じナース服を着た、同じくらいの歳の短髪の少女が付き添い治療をしている姿が見えた。なので、シドはもう1人の少女の元に歩み寄っていく。
アレックスが黒い刃に貫かれた場所には今でもおびただしいまでの血液が溜まっていた。そもそも水分を多く含んでいる土地なので、ほとんど浸透もせずそのままで残っているようだ。その子は、ホニカ達を引き離してからアレックスが治療されている今まで微動だにしていないのか、点を仰いだまま、その周りの空気だけが時間の流れから逸れてしまった様な錯覚を感じる。
「暗い・・・・・・まだ、夜は明けないのね」
シドも遠目とは言え蒸気が晴れた瞬間に、黒い刃がアレックスの身体を貫いている所を見ていた。ホニカの安全を確保することに集中していたと言えども、その黒い刃が少女が生み出したものであることはもはや疑いようが無かった。黒い刃はいつの間にか消えていたが、地面を割った跡はありありと残っている。シドは急に足が地面から離れなくなるのを感じた。そこが特に粘度が高かったからというわけではなく、シドはその硬直が本能が引き起こした症状であったと気づく。
「アレックス!!今、アレックスが手をギュって!」
治療が完了し、ホニカにとって祈りを捧げただけの効果が出たのか、背中越しに聞こえた声からでも安堵と喜びを感じる事が出来た。「子どもはああで無くちゃな」 そう言って、シドは軽快に足を前に出して、少女の頬にそっと手を触れて言う。
「君は大丈夫か・・・・・・?」
触れられた瞬間に少女はびくっと身体を強張らせたが、聞こえてきたシドの声に敵意を感じることはなく、ふっと瞳に生気が戻った。その瞬間に、少女の警戒心を表すかのように目に残っていた黒い涙は消滅した。
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