PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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prologue:積まれた書籍とタバコケース

吐露

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「・・・・・・ん?」
「アニキ?
?どうしたでやんすか?」

 何という不幸、何というタイミングの悪さ。しかし、シドはパニックに陥りそうな思考をしっかりとつなぎ止めながら、その不幸が致命的ではないことに安堵していた。

「いや、何でもねえ。コイツの処分については、そうだなお前の意見も尤もだ」
「食い扶持も用意してやっても、コイツが金を生み出さないならただの厄介者。いくら貴重なーーの女だとしても・・・・・・」

 シドが除いた先では男2人が背を向けて立っていた。シドと目が合ったのは、男たちの更に奥、向かい側に位置する壁を背に座り込んでいる商品と呼ばれた少女だった。

 立ったまま覗き見たシドと、その少女と目が合ったのは偶然以外でも何でもなかったのだろう、自分を物の様に扱う男2人の奥をずっと見つめていたとは考えにくい。たまたまその一瞬だけ顔を上げただけだったかもしれないし、たまたま向かいの壁のシミに意識が向いただけかもしれない、たまたま壁に入った亀裂を目で追っていただけかもしれない。そんな偶然の産みだした、邂逅が後に必然であったことなど当事者であるシドとその少女ですら、その瞬間では想像することもできなかったの何ら不思議な事ではない。

  シドはもう落ち着きを取り戻すことは不可能であると判断していたが、それでも心臓の急激な乱れによってかき乱される頭をどうにか未来に向けようとしていた。確認できたのは一瞬ではあったが、幸いなことに小さな部屋の様な空間の中は程よく荒れており、余計な遮蔽物もなく十分に中の把握ができた。

 その小さな空間は、一家族がどうにか寝食をする程度の広さしか無く、壁の崩壊によってどの面からでも出入りが可能な造りになっていた。床にあたる部分は跡形もなく、わずかに状態が良いだけでシドが立っている場所と同じく砂混じりの泥になっている。男2人は背中しか見ることができていないが、小綺麗な黒の上下のスーツに身を包み、背の高く線の細い男は黒の中折れ帽をかぶっていた。もう一人の男はマーズ程の低身長だったが、恐らく上半身が発達しているのであろう似合わない逆三角形の体型をしていた。帽子は被っておらず短い黒い髪をしていた。

 シドと目が合った少女は、整えてももらえていないばさばさに傷んで伸びきった金の髪、頬の辺りまで伸びた前髪で隠れてはいたものの頬がこけてしまっていた。元はローブの様になっていたのか分からないが、黒い布を羽織っている。髪にほとんど隠れていた瞳は大きく、色素の薄い茶色で深く吸い込まれる様な気にさせた。

「貴重なの女を拾って、良いビジネスになるはずがとんだ目論見外れだ」
「こいつを変体趣向の金持ちに売って大儲けのはずが、取引が終わってあっし達が席を離れた途端に断末魔が聞こえて取引相手は無残な姿で殺されたでやんす」
「騎士団には殺人の嫌疑をかけられ、得意先が次々と死んでいくことで商会にも目を付けられ始めた。
 ・・・・・・引き時か」

 シドは途中に聞きなれない単語があり、首をかしげる。それはヒュージの落下事故を記した書物の中で取り上げられていた言葉だったが、憶測の域を出ないような論調であったし、シドはそれまで聞いたことも、そうした存在を見たこともなかったので単語をはっきりと記憶していなかった。しかし、それがあの少女を指す何かしらの言葉であることは理解できた。

 男二人が背を向けていることは分かっていたので、シドは今度はしっかりと中の様子を伺うために亀裂から覗き見る。黒ずくめに見えていただったが、よく見れば身長の高い男の方のスーツにはストライプが入っているし、何よりも生地の質が隣にいる背の低い男のものとは明らかに異なっていた。ゴミ溜めではまずお目にかかることはないであろう上質な生地に、その男が闇の取引を行う世界でそれなりの地位を築いていることが想像できた。それだけに人身売買の商品として扱っていたのであろう少女の身なりに激しい憤りを隠せないでいた。

 少女の様子を改めて伺おうとしたシドだったが、あまりの不憫な姿に目を逸らす。ボロ切れの様な布を羽織り、時期的に凍えたりはしないであろうが、膝から下は無防備に出ており、こんな場所に連れ出したにも関わらず裸足だった。放り出された瘦せこけた足は生傷があちこちに見られ、その幾つかは少し距離が離れていても化膿た状態が長らく放置されていたことが分かる。栄養状態も悪く、今は首をうなだれる様にしていて目が合うことはないが、全身から生気というものを全く感じることができなかった。本来であればすぐにでも保護をして、医師に診てもらう必要と、栄養を摂ることが望まれる。しかし、ここには医師などという者は居ないし、何よりも保護をした所で十分な栄養を与えてあげられるだけの余裕がある人間など居ない。

 それは診断などと言う高尚なものではなく、シドは残酷な判断をせざるを得なかった。少女を見限り、この場所を速やかに離れ、ヒュージの欠片の探索を続ける。どんな武器を持っているのかも分からない男2人から少女を助け出して、傷の手当てをしながらこれから先の衣食住の面倒をみることなど出来るはずもなかった。

「ここはゴミ溜め、ポイ捨てしようと拾おうと、本だろうとイモリだろうと何かの欠片だろうと、人間だろうと
 ・・・・・・ここに棄てられた時点で全てゴミ以外の何物でもない」

 吐き捨てるように口に出していた言葉。シドはそれが、自分を無理矢理納得させる為に声に出していたことに気が付いて、はっとしてしまう。そして程なくして湧き上がるのは怒りと、諦めだった。

「じゃあコイツは処分して良いんでやんすね?」
 
 そう言って背の低い方の男が胸元から何かを取り出す。シドは実物を見たのは初めてだったが、それが人の命を容易に奪う為の道具、拳銃であることが分かった。ゴミ溜めにも模型が捨てられていたり、時には発砲はできないが本物の銃器が落ちていたことがないわけではなかった。しかし、それはここにいる住人のほとんどにとって無価値で、シドにとっても手にする意味すらないものだった。しかし、いつでも発砲できるように手入れがされ、恐らくは弾丸も装填済みのはずである、実際に命を奪うために用意されたソレは存在感がまるで違っていた。

「もううんざりなんでやんす。お前みたいなやつと関わらなければあっしは、あっし達は」

 男の手は震えていた。怒りとも恐怖心ともとれる震えを片方の手で抑え付ける様にしながら、男はゆっくりと銃口を目の前にいる何の抵抗もできない少女に向かって向けようとする。その手を、背の高い男が止めた。
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