PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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prologue:積まれた書籍とタバコケース

響く銃声と消される命

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「アニキこいつはオイラが」
「まあ慌てるなヤコフ。お兄さん、最後に何か心残りはあるかい?」

 シドはゆっくりと振り返り、泥だらけになっている少女を見て優しく微笑んだ。また救うことができない無力な自分を呪いたい気持ちもあったが、これから確実に自分の命を奪う男の冷静な態度にもう一方の心残りは残さないでいけると感じたのだろう。シドは胸ポケットに手を伸ばす。

「妙な真似をするんじゃないでやんす!!」
「ヤコフ」

 ヤコフは銃口を突きつけたまま歯をむき出しにしながら険しい表情でシドを睨みつけていた。手の震えは一層大きくなり、ともすれば何かのはずみでトリガーを弾いてしまいそうな程。背の高い男の切れ長の目の奥に見えた瞳は、光を全く宿していないかのように冷え切っていた。シドはポケットから、ルーザから受け取ったばかりの新品のタバコケースを取り出す。服はもう泥だらけになっていたが、新品のままフィルムも剥がしていなかったので、中のタバコが湿気てしまっているということは無いだろう。

「火を、火を持っていたら1本だけ」

 そう言いながらシドは銃口を突きつけるヤコフを見る。ヤコフは一瞬目が泳いでいたが、標的を保ったまま背の高い男を見たので、誘導される様にシドは背の高い男を見るのだった。驚くわけでもないのは予想の範疇の答えだったからか、そもそも今際の言葉を聞いたのに興味など一切なかったのか、無表情のまま自分のタバコとオイル式のライターを取り出して火を点けた。そして、その薫る小さな橙の芯をシドに近づけていく。シドは薄っすらと口角を上げた。そして、火を分けてもらう為にタバコを咥えて男の差し出したタバコの先に重ね息を吸った。

 火は吸気によって移動し、シドの手にあるタバコから白い煙がすっと真っすぐに天に向かって伸びる。それは何処か意志を持った何かに導かれていく様に、真っすぐに立ち上って空を覆う黒い靄に飲み込まれる様にして見えなくなる。

「・・・・・・なんだ、吸わねえのかい?」
「良いんだ、これで」
「そうかい。じゃあ・・・・・・お別れだ」

 今までで一番低い声。ヤコフの手の震えはもう治まっていた。シドは眉間がヤコフの銃口に向くようにして目を瞑った。嫌気がさす様な悪臭の中でも、自分のタバコの匂いだけは感じることができた。

 ヤコフは引き金をしっかりと引き、「ターン」 と、弾丸を放つ為に内部にある火薬が燃焼し発生したガスが行き場を求めて急激な体積の膨張を起こした破裂音が虚空に響き渡った。ほどなくして何かが地面に崩れ落ちる音をシドは、発砲音の耳鳴りの中で確かに聞いた。

「なんで俺が・・・・・・銃声を聞いているんだ?」
「ヤコフ!!誰だ出てきやがれ!」

 恐る恐る目を開けると、目の前にあったはずのヤコフの姿が無くなっていた。背の高い男は激昂して叫び、拳銃を構えながら周囲をしきりに見渡している。視界の端では白い煙がわずかに左右に身をよじりながら、それでも空に向かって伸びていた。シドはゆっくりと煙の元へと視線をずらしていく、少女はシドがタバコに火を点けた時から変わらずに悪臭放つ泥に付したまま。何かがすぐ側に落ちているのを感じた。

「うおっ!死んでる・・・・・・のか?」

 シドの目線の先では、ほんの数秒前まで自分に銃口を向けていた男が全身の力が抜けた状態で顔の右半分を埋もれさせながら地面に崩れている姿があった。目は大きく見開かれ、こめかみを何かが貫通したような真新しい孔からは、自動能で動く心臓の脈動に合わせて黒い液体を絞り出している。泥が目に入っていたが目を閉じる反応は一切なく、すでにヤコフが死んでいる、正確には即死した後に地面に崩れ落ちたことが見て取れた。脳からの信号が途絶えたことで収縮していた瞳孔が解ける様に開いていった。シドはまだ温かさの伝わる瞼を手で閉じた。そして、タバコをそっとヤコフの側に火が消えない様に立てた。
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