PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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prologue:積まれた書籍とタバコケース

錯乱

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 ホニカが後ろに引いていた燃え盛る腕を、じっと動かない少女に向けて伸ばす。ホニカの気持ちの昂りに呼応して、ぐらりと揺らいだ炎。憎悪をべられた炎が、少女を飲み込まんと大きく口を開けた時、アレックスがホニカと少女の間に身体を滑り込ませた。

 すでに振り下ろし始めてしまった腕をホニカは止めることができない。少女の頭に向けられていたそれは、そのままの起動では間に割って入ったアレックスの胸を貫いてしまう。ホニカは急激に方向を変える為に、筋繊維が張り裂ける程の力で無理矢理に手を逸らす。行先を変更されたものの炎の勢いは留まることを知らず、炎の熱を圧縮した力が地面に触れて爆発を起こした。

 泥に含まれる水分が熱風によって、膨大な水蒸気を発生させてそこにいたアレックスやシドを高熱の蒸気が呑み込む。その白い塊は膨張を続け、ルーザの店先からでも視認できるほどの巨大な煙となった。

「ごほっ、ごほ。アレックス? アレックスーー?」

 我に返ったホニカは自分の手すら見えない濃い水蒸気の中で、必死にアレックスの名を呼ぶ。無理な動きをした為に右腕から胸部に至るまで広範囲の筋肉に裂ける様な痛みが襲った。大人でも発狂してしまっても可笑しくない様な激しい痛みにも耐えながら、何も見えない白い世界で必死に左手を伸ばしてアレックスを探していた。

「アレックス、ねえ返事をしてよ。アレックス!」

 目の前に居たのだから、手を伸ばしていればアレックスを見つけることができるはずと、ホニカは涙をいっぱいに両目に溜めながら、ゆっくりと1歩前に出た。左手の小指に軍服の布が引っ掛かった。

「アレックス! ・・・・・・良かった。ごめんアレックス、黒涙を目の前にしたら気が動転しちゃってボクはアレックスを」

 ホニカはアレックスの胴に腕を巻き付け、自分のしてしまったことを懺悔しながら力強く抱き着いた。アレックスからの返事がないことに疑問を感じながらも、しばらくそうしていると、熱源を失った水蒸気は一気に拡散し目の前が晴れていく。

「アレックス・・・・・・え?」

 アレックスの胸に擦り付けていた顔を上げようとすると、べっとりと生暖かい液体がホニカの頬から垂れ落ちる。アレックスは少女を背にして、ホニカの方を向いて両手を広げていた。それはホニカを制止していたというよりも、まるで何かからホニカを必死で守ろうとしている様であった。

 ホニカが顔を上げると、アレックスの胸をが貫いき、今なお蠢いていた。それは黒と形容するにはあまりにも歪つで、言葉を尽くして表現するとすれば、何も存在しない虚無を視覚化した様な漆黒だった。漆黒に貫かれた胸部の傷口から、行き場を求めた血が噴き出て、ホニカの顔に鮮血がかかる。アレックスは膝を着くことすら許されず、串刺しにされたまま、細い細い息を繰り返していた。

「無事かホニカ。良かった、君が怪我をしていなく・・・・・・て」

 一瞬だけ意識を取り戻したアレックスは、ほとんど声にできない中でそう言ってホニカに笑いかけると、気を失った。全身から力が抜けて、アレックスの身体が崩れ落ちそうになるのを、ホニカが必死で抱き支えた。その、アレックスの身体の向こうで、あの少女が空を見上げて立ちすくんでいた。

「ああ、暗い・・・・・・
また暗い場所なのね・・・・・・」

 そうぼそりと呟いた少女の頬から、黒い涙がつうと滴り落ちた。数ミリリットルにも満たない小さな雫は、アレックスを貫いた何かと同じで、地面に落ちる様は、その空間に光すら吸収してしまうブラックホールが移動しているかのような、絵画に開けられた穴が自然落下していくような、無という存在が世界にあふれ出したかのような純粋な黒
の雫だった。

 少女の瞳から零れ落ちたそれは、地面に接触するとほんの一瞬だけ球体を保ったままその場で蠢いたかと思うと、音すらも飲み込んでしまったのか、何の前触れも音もなく急激な体積の膨張をしながら薄く刃の様な形状に変化しながら、接地した地面を貫き諸刃を天に向けて曝した。

「あ・・・・・・ああ、あああああ。うああああああああ!!」

 恐怖で泣き叫ぶホニカが、必死でアレックスの身体を抱きかかえたまま、尻もちをついて、後ずさる。ばたばたと足を動かし、片方の手も使って必死に身体を後ろに移動しようとするが、泥が足と手を滑らせその場から動くことができない。駆け付けたシドが白衣を脱いで、ホニカの視界を遮る様にかぶせながら、力強くホニカを抱きしめる。

「うああ、やめて殺さないで・・・・・・あ、いやだ! 死にたくない、死にたくないよ。やめてえええええええ!」
「大丈夫だ。君を殺させたりはしない、大丈夫だから」
「やだ、いやだ・・・・・・やめて、嫌だよ」
「落ち着けホニカ、大丈夫だから。大丈夫だ」

 動転するホニカはシドの腕から必死で逃げようと、白衣に包まれたまま暴れていた。シドも相当に気が動転していたが、目の前の子どもを落ち着かせようとなるべくゆっくりと低い声で話しかけ続けた。必死でもがくホニカの足が思い切り無防備な腹を蹴っても、顔を手で打たれても決して抱きしめた腕を離すことも、声をかけることも止めなかった。

「あ、ああ。はあ、あ」
「大丈夫、よし偉いぞ、俺の声聞こえているか? 聞こえていたゆっくり息を吸って。おし、そうだ偉いな。
 落ち着いたら、アレックスを俺に診させてくれ」
「そう・・・・・・だ。アレックスが、シド先生助けて! アレックスが死んじゃう」
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