PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

文字の大きさ
46 / 46
2話:スティグマの尖兵

しおりを挟む
「ネオン出るぞ」

 シドは小さくそう言って、銅貨を1枚テーブルに置いて席を立つ。ネオンは悠長に、お行儀よく「ごちそうさまでした」と手を合わせていた。

「おっとぉ? あんちゃん達、そんなに慌ててどうしたんだい?」
「へっへっへ」

 シドは十分に警戒していたが、元から刺客として息をひそめていた者からすれば逃走を察知することなど容易で、カウンターの手前の席に座っていた2人組が進路を阻むように立ちふさがる。

「くそっ」

 足止めをされた瞬間に、他の刺客たちも事態に気付いた様でそれぞれに物騒な獲物を手にしながらじりじりとシドとネオンを囲っていく。

「え? え? お客さん達、どうしたんですか?」

 砕け散ったグラスの破片を掃除ながら店主が慌てている。店主の他でシド達ににじり寄って来ていないのは喧嘩を続けている2人だけ。その2人も素で喧嘩を始めてしまっただけの刺客の1人で、店主以外は全員シドとネオンを狙って予めこの店に潜んでいたことが分かる。2人分の席がカウンターの中央のみに空いていたことも偶然では無かったのだ。

「ネオン力は使わずに、俺の合図で店の外に走れ。いいな?」

 シドは力強くそう言って、ネオンの頭をぽんと叩いた。

「うおおおぉ!」

 アルミケースを振り回して、退路を塞いでいる2人組に飛び掛かるシド。2人の間に身体を分け入れながら、ネオンが逃げる為のスペースを確保すると「今だ走れ!」 と叫んだ。ネオンは体勢を可能な限り低くして、床に這うようにして走り抜ける。

「くそ、餓鬼が逃げたぞ。追え!!」
「行かせねぇよ」

 大柄な男を組み倒して出口の道を塞ぐシド。ネオンも必死で駆け抜け、入り口の扉に手をかけていた。ネオンが振り向き、シドと目が合う。シドは出来る限り自然に見えるようにして、笑顔を作った。

「このおっさん力強ぇじゃねぇか」
「はっ、おっさん舐めるなよ」
「・・・・・・ちっ、まずはこのおっさんから殺せ」

 ぎざぎざに刃こぼれした鉈や、殴打することを目的にしたこん棒の様な鉄製の棒、じゃらじゃらと擦れるさび付いた文鎮付きの鎖、人を苦しめることと殺める為の物がシドに向けられている。十数人の屈強な男達をどうにかできる力などシドにはなく、顔や背中を殴打されながら必死で一人の男を組み伏せることがやっとだった。

 ゴミ溜めでも暴れる者は居たが、そうした暴力は自分に向いた経験など無かった。シドは悪意を以て殴られることも、死んでも構わないと加減無い暴力に曝されるのも初めてだったのだ。

「くそ、好き放題に殴りやがって・・・・・・死ぬのか俺?」

 加減の無い暴力はいとも簡単に、想像もつかぬ短時間で人の命を奪うことが出来る。全身に受けた打撲や裂傷の痛みで、意識を失うこともできなくなっていたが、シドは既に軽い脳震盪を起こしていた。男を掴む手にも段々と力が入らなくなってきていた。シドの視界が力なく揺れる。

「何を恐れる?」
「目を背けるな」
「思い出せ」
「思い出せ」

 シドは聞き覚えのある声を聞いていた。額の傷口から流れた血が右目を塞いでいく。それでも頭の中の声は続ける。

「思い出せ」
「思い出せ」
「受け入れろ」
「思い出せ」
「思い出せ」

 右目に侵入した血が、世界を赤く、黒く染めていく。溢れた雫が涙の様に頬を伝っていく。

「ああ・・・・・・暗いな、また夜か」

 思わず口を吐いた言葉で、シドはネオンが「黒涙」の力を使用した直後の様子と言葉を思い出していた。

「思い出せ」
「思い出せ」
「『まだ、夜は明けないのね』・・・・・・か、あんな顔もうさせたくねぇよな」
「受け入れろ」
「思い出せ」

 その時の世界に絶望した様な、生への執着を必死で諦めようとしている様な表情、そんな顔を目が合った逃げていくネオンがしていたこともシドは思い出した。自分の不甲斐なさに怒りが沸き上がってくる。

「思い出せ」
「望め唄え」
「思い出せ」
「・・・・・・るせぇよ」
「思い出せ」
「受け入れろ」
「思い出せ」
「思い出せ」

 シドは握りしめた拳で、右目の血を強引に拭い取り、頭の中に響く声に向けて叫ぶ。

「うるせえよ。ぴーぴーと人様の頭の中で喚き散らすんじゃねぇ! 消え失せろ!!
・・・・・・俺はさっさと泣きそうな顔してるネオンの所に行かなくちゃいけねぇんだ!!!」

 意識を取り戻したシドが身体を起こす。事態は想像以上に深刻だったが、もうシドはネオンを一人で行かせるつもりなど無かった。

「邪魔をするんじゃねぇ、俺はネオンを迎えに行かなくちゃならねぇーー」
「五月蠅いよ、おっさん」

 背後からの声に、視線を向けるシドの目に写ったのは、振りかぶっていた両刃の剣を一切の躊躇いなく振り下ろす男の氷の様な目だった。その鈍く光る刃は、身体を起こしたシドの首に向けて一直線に振り下ろされる。極限状態にコマ送りの様に、その刃が自らの首元に向けて奔るのを見ながらも、それで身体能力や反射速度が上がるということは無く、指一本動かすこともできないままその刃が自分の首を通過して、頭部が転がり落ちる永い一瞬を待つことしかできなかった。

 それでもシドの目の光は僅かも曇りはしなかった。

「よく言いましたねシド先生」

 シドは刃の動きを見ながら、身体に何か太い紐所の物が巻き付く感覚をおぼえた。その奇妙な感覚を感じた瞬間、店の外に向かって強力な力で引っ張られ、何かに弾き飛ばされたかのように出口の扉を突き破って店の外に投げ出される。

 両手も胴と一緒に縛られていたので受け身も取れず、弱まったとは言え土砂降りの雨に濡れていた地面に思い切り背中から着地した。強い衝撃に顔を歪めながら、シドが目を開くとそこには、シドに書置きを残した男とネオンの姿があった。

 いつの間にか全身に感じていた束縛感はなくなっていて、シドは立ち上る。

「ネオン一人にさせてすまなかった。一緒に逃げるぞ」

 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

黒木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...