PARADOX=世界の真相を巡る旅に始まり終焉へと帰結する、数多の矛盾と真実で紡がれる物語

小鉢 龍(こばち りゅう)

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2話:スティグマの尖兵

野鼠の酒場

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 リンクタウンを出発してから2度目の朝日が昇った。整備された道は次第に狭くなり、魔獣の群生地に続く道は商人からも忌避され荒み始めていた。

「くそ、ここもダメだな」

 道すがらに見つけた廃屋を覗き込んだシドが、ため息交じりにそうこぼした。鬱蒼と草木が茂る森の中、ようやく見つけた休憩できる場所だったが、廃屋の中まで背の高い雑草や若い木も侵入していた。

 ようやく慣れ始めた強い太陽光が真上から照り付け、濃い青が風に揺れて葉の擦れる音が断続的に聞こえている。それは草と土の濃厚な匂いを連れていた。シドは、文句一つ言わずについてきているネオンを見る。わずかに汗ばみながら、胸を押さえている姿から確かな疲労感が伺える。

「30過ぎのおっさんにもキツいが、子どもの足で整備されていない森を進むのは辛いに決まっているか。
おい、ネオン。アジェットの爺さんに聞いた休憩所は近いはずだ、もう少し頑張れるか?」

 シドがそう言いながら手を伸ばすと、ネオンはしっかりと握り返した。シドは額を伝う汗を力強く拭って、また獣道を進み始める。そんな2人の背を押す様に強くなった風が、それから一刻も経たない内に急速に発達した黒い雲を運んでくることとなった。

「おや、これは大変だ。今、タオルをお持ちしましょう」
 
 一帯を覆った雨雲が激しい降雨をもたらし始めた。降り始めは、森の木が雨粒を十分に遮っていたがシド達がそこに着く頃には大粒の雨が幕の様に降りしきる様になっていた。遠雷がわずかに聞こえている。

 そこはアジェットに聞いていた「魔獣の群生地」に入る手前に存在するパブ「野鼠の酒場」。そこに白衣を羽織りフードを被った子どもと、男が訪ねてきた。獣道の道中には人に遭遇することはなかったが、客席はほぼ埋まっている。木製の汚れたテーブル席は3つで、それぞれに屈強な体躯の男が4人ずつ窮屈そうに座って、酒をあおっている。カウンター席にはおあつらえ向きに中央の2人分の席が空いており、奥には長髪の線の細い男が、手前にはタバコをふかす2人組の男が座っている。

 店主と思しき中年の男が持ってきたタオルは使い古されごわごわとしていた。酒と埃とタバコの臭いが布の奥から漂う。シドは自分の頭を大雑把に拭きタオルを首にかけて、ネオンの頭を丁寧に拭いていく。店内の客には見えない様に背中で隠しながら頭を拭いて、終わるとフードをかけ直しカウンター席に向かう。

 シドのみぞおち辺りまであるカウンターテーブルに、腰ほどの高さの椅子。ネオンは椅子に付けられていた環状の踏み台を使って椅子に腰かけた。シドは手持ちのアルミケースを両足で挟むようにして、荷物を置く為の段差に置いた。

「助かったよマスター」
「いえいえ、ここいら一帯は山の様に天気が気まぐれですからね。ご注文は?」
「何か軽く腹に入るものと・・・・・・スープがあればそれを」
「はい、畏まりました」

 店主の物腰は柔らかく、成人男性の平均よりもずっと低い背に細い腕、シドは率直に「この場所での商売がよく勤まるな」と感じていた。公に目線を向けたりはしないが、ここに居る客はお世辞にも行儀が良いとは言えないものだったからだ。

 バーカウンターの中は店主1人が通れる程度の狭い空間に、簡易的な調理スペースと、酒を置く棚、料理の素材を入れておくケースがある。店主は何かをささっと切って、それらを順番に重ね、一つにまとめたそれを一緒にしながら丁寧に斜めに切り分けた。

「お待たせしました。サンダイッチとモリジカのテールスープです」
「ほぉ、見たことない料理だが、野菜とスライスした肉をパンで挟んでいるのか、旨そうだ」
「ふふふ、お口に合いますかな? さ、お嬢さんもどうぞ」
「いただきます!」
「・・・・・・いた、きます」

 シドはサンダイッチを鷲掴みにして頬張る。シャキシャキの鮮度の高い葉野菜と、軽く燻製されたスライスハムの薫りと塩味がよく効いていた。パンは安いのか、製造されてから時間が経っているのか乾燥していて口の水分を奪っていく。ネオンは琥珀色に澄んだスープをまだ慣れないスプーンで口に運ぶ。

「ふふふ、表情豊かなお嬢さんですな」
「・・・・・・ああ。ん?」
「どうかなされましたか?」
「いや・・・・・・なんでも無い」

 シドは違和感を感じたことを悟られない様に、残っていた半分のサンダイッチを口に放りこむ。しかし、その僅かな同様に気付いた人物が居たことを知らなかった。

「あんだとコラァ?」
「てめぇが先に喧嘩売ってきたんだろうが、ああ?」

 テーブル席の一つが大きな音を立てた瞬間に、立ち上がった男2人がお互いの胸ぐらを掴みながら怒号を飛ばす。その勢いで倒れたグラスが机から転げ落ちて、床で砕ける。慌ててカウンターの端に置いていた箒と塵取りを持った店主が飛び出す。

「ああ、もう。困りますよお客さん達」

 男達と一緒に飲んでいた男も止める気配はなく、他の客も指を指しながら笑っていた。「勘定はここに置いておくよ」 と言って立ち上がり、醜悪な雰囲気に包まれる店内の混乱に紛れる様にして、カウンターの奥に居た線の細い男が歩き始めた。そして、シドのテーブルの端に小さい紙切れを置いて店から出ていった。

 シドはネオンのスープが残り1口なのを確認しながら、男が残した紙切れを手に取る。そこには走り書で二言だけ残されていた。

「店内刺客 直ぐ逃げろ」
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