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三時間目:ミルグラムの服従実験 【前編】
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「藍斗!藍斗!!」
身体をがたがたと乱暴に揺さぶられる。僕は朦朧とした意識の中で、そうして無理矢理に目を覚まされた。
「なんかオカシイ!見ろ」 慌てる春馬の声に、ただごとではないと感じ取り僕は目を擦って、ぼやける視界でその空間を見渡した。あれ・・・・・・?なんだこれ。僕は辺りを見渡した瞬間に言い知れない不安を感じた。その正体がなんだったのかはすぐには分からなかったが、後に明確に判明する。
「え、たったこれだけ?」
これまでの密室より更に小さな窮屈ささえ感じる広さの密室。造りはこれまでと同じで、暗幕の様な物は見られないから、恐らく二回目の実験の見学をした部屋を一回り小さくした感じだろうか。その部屋の中に、僕と僕を起こしてくれた春馬。それに、亮二に委員長、原田さん、中澤さん、佐野くん、雨宮さん、仁科くん、田口くんに土井垣くん。
小池っちがいない…………それに寺井くんと、あんな状態の眞木さんまで。
「この部屋にいたのはこの11人だけだ。残りの20人が居ない」
「なっ…………それじゃあ」
可能性は二つ。僕ら11人が実験対象となるのか、もしくは残りの20人が実験対象になるのかだ。そして、これまでの傾向こらしてそれはきっと・・・・・・
「・・・・・・今までのことを考えるとこっちが危ないな」 春馬はそう言う。僕も同じ事を考えていたので、頷いてその意見に賛同する。
これまでアイツはどういうわけか少人数を対象にしてきた。一回目『パブロフの犬』では野比先生の一人。二回目『ブアメードの血』では眞木さん、中村さん、堀田くんの三人。もし、何かしらの理由で少しずつ人数を増やしているのだとしたら20人の団体よりも、こっちの11人のグループになるのではと考えることは自然だった。
「おい、根暗」 すると急に佐野くんが声をかけてきた。
「なに?」
「お前、昨日トイレで何してた?」
「えっ!?」 別に何も悪いことはしていないのに、いや少し後ろめたいことはしていたのだけれど。僕は心臓が激しく脈打つのを感じた。声が少し震えてしまっていた。
「何ってトイレでトイレ以外になにするって言うの?」
佐野くんは睨み付ける目を逸らさない。いつのまにかこの部屋にいた皆の視線は僕と佐野くんのやり取りに集まっていた。
「トイレットペーパー」
「え?」
トイレットペーパーがなんだっていうんだ?
「お前がトイレに入ってた時間は小便にしては長すぎた。ならクソでもしてたのかもしれねぇが、お前は水は流したくせにトイレットペーパーは使ってなかった」
確かに僕はトイレをしていない。昨日のトイレではあの本を読んでいたからだ。きっと取調べとかで不利になる人って言うのは今の僕の様な思考で言葉を選んでしまうのだろうと感じた。
「なんでトイレットペーパーを使っていないって分かるのさ?」 僕は震える声でそう聴いた。佐野くんは不敵に笑っていた。何がおかしいんだ?
「あのトイレットペーパーな。折ったのオレ達なんだよ」
佐野くんが田口くんを親指で指差す。田口くんも笑っていた。
「誰かがトイレに行く度にオレらのグループで決めたトイレットペーパーの折り方をしていた。
昨日はカレーのせいでトイレラッシュがあって苦労したけど、オレらは順番に割って入るのは簡単だからな」
つまり、こういうことか。佐野くんは初めからかは分からないけれど、このクラスにアイツにつながる怪しいやつがいると踏んでいた。そして、あの密閉されて多くの視線が集まる教室の中で唯一自分の思うように動くことができるのがトイレ。
「おい、お前…………アイツの仲間か?」
そのトイレの中で怪しい行動をした人物に疑いをかけるつもりだったんだ。そして、僕が昨日たまたま該当してしまった。
「え、藍斗…………お前」 真っ先にその言葉に反応をしたのは春馬だった。僕は春馬の、親友のそのもっともな反応に動揺してしまう。
「春馬!?僕を疑うのか!?」
そして遅れて気づくのだった。いや、気付くのが遅すぎたんだ。僕を見る皆の視線は今までのクラスメイトを見る目ではなく、犯罪者を見るかのような目になっていたのだから。焦りで言葉が出ない。自分の口なのに、思うように言葉を発することができないもどかしさに、少しだけ涙が溜まっていた。
「僕は!僕は…………」
すると委員長が立ち上がる。そして提案をするのだった。その表情は真剣そのもので有無を言わさぬ凄みがあった。
「クラスメイトを疑うのは心苦しいが、こんな状況だ。もし佐野くんの言葉が真実なら、上杉くんには昨日の夜のトイレで何をしていたのかを話す義務がある」
どうする?どう答えればいい?ここで本当のことを言ったら疑いが晴れるのか・・・・・・?いや。
「…………」
いや・・・・・・皆の視線はもう僕をアイツの共犯者あるいは協力者だと決めつけているようだ。この状態であの本の話をしたら、逆の立場なら僕もそいつを共犯者であると決定付けてしまうだろう。僕は無意識に原田さんを見た。それは、これまで見たことのないような鋭い視線だった。そう、まさに親友の敵に向けられる憎悪の視線そのものだった。
「違う…………僕は」 呟く声も虚しく、僕はゆっくりと春馬を見る。春馬はまだ断定はしていないのだろうか、僕の視線に合わせようとしていることがうかがえた。でも、これまで一振れもしたことがなかった春馬の僕への信頼が薄れていることは確かに伝わってきた。
「昨日、僕は…………」
ここで僕の取れる選択肢は3つだった。「真実を話すか」、「嘘を話すか」、そして・・・・・・
「僕は・・・・・・そう、佐野くん君と同じ事を考えてたていたんだ」
「オレと同じ事を考えてただ?」
「僕もこのケンショウ学級の中でアイツの正体を探らなければならないと感じていた。
このままではきっと、僕たちはアイツの言っていた一月なんてもたずに殺されてしまうかもしれないから」
「真実を織り混ぜながら核心のみを嘘で塗り替える」こと。僕は三番目の選択肢を選んだ。
…………あぁ、なんて遣りきれない作業だろうか。
「で、それとトイレに籠ることと何がどう繋がるんだ?」
特に確信があるわけではない、でもまだ誰にもあの本のことは知られてはいけないと感じていた。だから僕はでき得る限りの平静を装いながら、答える。
「独りになりたかった。あの教室では目を背けたくなることが多すぎるから。確信の持てない考え事なんてする気になれないだろう?」
とりあえず、今はきっと何をどうしても疑いが晴れることはない。ここでの最善解は、皆の疑いを確信から疑心にまでスケールダウンさせることだ。自分で考えていて悲しくなるような作業だけれど。
「水を流してトイレをしていたフリをしたのは?」 仁科くんからの質問。皆の視線がつらい。
「水流さない方が不自然でしょ?それ以上の理由はないよ」
そう。物証がこの場にはない限り、僕の疑いが確定することもない。そして、例え何があっても疑いの目を一度向けられた僕の疑いを晴らす方法は、今はまだない。
「・・・・・・ふん。だが、お前が怪しいことには変わらない。もし、お前がアイツと繋がってると分かったらオレは躊躇なく殺すぞ」 佐野くんのその言葉が中学二年生のはったりではないことは痛いほどに伝わった。僕は冷や汗をかいていた。もしも疑いが確定されるようなことがあれば、彼はきっと自分の中の正義の元に僕を本当に殺すのだろう。
「うん、そうならないことを・・・・・・祈るよ」 僕は本心でそう思いながら応え、頭の中ではずっとあの本とそして残された赤いメッセージをいつ皆に伝えるべきかを考えていた。早ければ尚疑われて、遅かったら例え無実だとしても皆の中で疑心が確信に変わってしまう。あぁ、やるせない。
「はいは~い、諸君。なんだか楽しいことになってるけど、授業が始まるよ」
僕の背中越しのモニターが点いて、アイツが悠々と現れた。依然としてあの小部屋は薄暗く、その表情すら伺うことができない。アイツはいつになったら顔を出すのだろうか。
「さぁ、今回行う検証は…………」
そうだ、皆からの疑いが向けられて少しだけ、僕らの立場を忘れてかけていた。アイツの協力者だと疑おうと、疑われようとも僕らはアイツのモルモットに過ぎないのだ。
「ーー『アイヒマン実験』だ」
え・・・・・・『アイヒマン実験』?あの本の順番通りであれば次は『ミルグラムの実験』と書かれていた。まさか、これまでの実験がたまたまあの本の内容に則していただけで、本当は関係ないのか?
「今回の実験は二人一組になって行ってもらう」
「え、てことは…………」
「田口くん回転が早いですね。そう、ここにいる君たちは11人の奇数だ。二人一組にはなれない」
じゃあ、今回は残りの20人が彼検体になったということなのか。「良かった」 ……え?良かった?僕は今「良かった」 と思いその言葉を無意識にも発したのか?20人が命の危機にさらされるかもしれないのに、自分は直接的な当事者ではないということに安心して、「良かった」 と喜んでしまったのか?だとしたら僕はなんて醜い。
そうか、これがこの部屋に来て初めに感じた不安の正体だったんだ。自分がこの環境の中で、他人よりも自分の命を安全を優先してしまう醜さに溺れてしまうことへの不安に。だとしたらきっとそれは僕だけではない、今までの尋問だって皆の心をどうにか保つ為に僕を犠牲にする儀式の一つだったんだ。
「今回も厳正なるくじ引きの元に彼検者とペアを決定しました。ではモニターを見ていきましょうか。今回は四分割したモニターを五台用意しています」
実験はどんどん進められていく・・・・・・まったく。自分への嫌悪感を抱くだけの時間もないな。それが今の僕にとって悪いことなのか、良いことなのかは判断が付かなかったのだけれど。
モニター越しにアイツが後ろを指差したので、僕らが後ろに振り返るとモニターが点いた。五台のモニターに20人10組がそれぞれ写っていた。
「なぁ、おい」 佐野くんが何かに気付いて田口くんに耳打ちをする。
「…………確かに。おかしいよ、たっちん」
田口くんの言葉に皆が振り返った。
「何がおかしいんだ?」 そう委員長が聞く。佐野くんはそれぞれのモニターを指差して言うのだった。
「モニターの中にそれぞれ、クラスの奴らと白仮面が写っている。てことはだ、白仮面は現時点で少なくとも10人はいるってことだろ?」
「いったい、こいつらの仲間がどれだけいるっていうんだ?」
ますます謎めいていく。この時点でもうアイツが単独犯である確率はかなり低いんだろう。でも、だからといってこんな残忍な実験に、アイツに賛同する協力者がここまで多いのかと言われるとそれもまた疑問が残る。
中学生を実験対象にして、いとも簡単に命すら奪う。そんな検証実験に賛同するような人がどれだけいるんだろうか。
「なぁ、お前らの仲間は何人いるんだ?」 佐野くんはそれをアイツにではなく僕に聞いてきた。
「分からない。僕がアイツらの仲間がどれだけいるのか知りたいくらいだよ」
「ふん・・・・・・」 そう言って一瞥して佐野くんはアイツが映るモニターに目を戻した。
「さて、これから行う『アイヒマン実験』について見学検証の君たちには、本当の実験概要についても説明しておく必要がある。
引き続きこちらのモニターに注目していてください」
アイツの映っていたモニターが切り替わる。するといきなりアニメーションが流れ出した。
「よく分かる!アイヒマン実験~~!」
ブロンドに三つ編みの少女のキャラクター。3等身ほどのデフォルメされた教育番組にでも出てきそうな可愛らしい女の子だ。背景は小学生が描いたような花畑が見える。
「この実験は歴史的大事件が背景にあるってことは良い子の皆は知っているかな?
そう、アドルフ・ヒトラーによるユダヤ人大虐殺のことだね!」
明るい声、湾曲した線一つで描かれた笑い口。その見た目とは裏腹に内容は惨たらしく、違和感しか感じられないアニメだった。
「実験の名前ともなっている人はヒトラーの行ったナチス政権の「ユダヤ人問題の最終的解決」に関与した重要人物よ」
「これぞ、悪魔!人間とは思えないね、フローラちゃん!!」
更に急に現れたマスコットキャラクター。そのキャラクターの登場によってようやく少女の名前が判明した。どうやら女の子の名前はフローラちゃんだったようだ。亮二をふと見ると「構成が成ってないな・・・・・・」 とぼそりと批評をしていた。こんな環境でもアニオタがぶれないな。
「なんかあのキャラクター気味悪いな」
「よく見るとあれ人の首じゃない?」
ネコの様なキャラクターだが、体は斑模様になっていた。目を凝らすと、そこには無数の首が描かれていた。それも、一人一人違う顔、表情は苦悶し恐怖に苛まれるような歪んでいた。
「ユダヤ人問題の最終解決では約600万人ものユダヤ人が様々な方法で虐殺されてしまったの」
「虐殺!虐殺!あははははー」
「そして、その数多くのユダヤ人達を収容所へと移送する時の指揮官として先頭に立っていたのが、この「アイヒマン」という人物なの」
アイヒマンの肖像画からは、肖像画特有の印象ではなく、確かな冷徹さを感じた。社会の教科書でも扱われていたユダヤ人大虐殺。でも、本当に小さく書かれていただけで授業ではそんな残酷な政権が存在したのだということを紹介するだけだった。
「皆は戦犯て言葉は知っているかな?そう、戦争犯罪人のことだね」
「戦犯!戦犯!!きゃははははー」
「戦犯とは『戦時国際法』に違反した主に指揮官を呼ぶ言葉のことなの。アイヒマンは600万人の命を奪った収容所の最前線の指揮官として戦犯になり、裁判にかけられることになったのよ」
フローラちゃんとマスコットの後ろの花畑が戦火に包まれて、そして場面が切り替わった。花畑から一転して寒々しい密閉空間。収容所だろうか?まるで、この密室のような暗く寂しい部屋に切り替わる。
「その中で彼は最終的に自らの責任を認めるまでの間何て言っていたと思う?
本当ならそれほどまでの人々の命を奪ったのだから謝罪や自責の言葉があってもいいものよね」
「ごめんなさいー!ハンセイしてますー!まことに遺憾でございますー!
きゃははははー」
「彼は本当に最後の最後。死刑判決が下るその寸前まで「私は命令に従ったまでだ」と、自分には責任がなかったと言い張っていたの。それも表情一つ変えずにね」
「きゃははははー。鬼だね!悪魔だね!さいっこうにファンキーでクレイジーだねぇ!!」
600万人もの人の命を奪って、自分に責任がないという。普通に考えて信じられない。でも、そのアイヒマンと言う人物とこれから行われる実験とどんな関係があるのだろうか。
「この事件で注目されたのは、アイヒマンの「私は命令に従ったまでだ」 という、司令官という上からの命令への服従心についてだったの。
果たしてこの服従心による責任逃れはアイヒマンという人物だけのものなのか?もしかしたら善良な市民と言える一般の人びとでも、特定の状況においてアイヒマンとなり得るのではないか?そこに研究者達は注目したのね」
「は~い、わたしもー、あなたもーーアイヒマン!きゃははははー」
僕らがこのアイヒマンになり得る?人を殺して償いもせず、命令だからだと表情変えずに言い放つ残酷な人間になり得るなんて、そんなことあるわけがない。そう思いたいのに、胃が重たくなるこの嫌な感覚を振り払うことができないのは、僕の中にもやはり・・・・・・
「その疑問を持ち実験によって解明しようとしたのが、「ミルグラム」と言う学者だったの」
「…………ミルグラムだって!?」 僕は思わずそう口にしていた。幸いなことに皆はモニターに集中していて誰にも聞かれてはいないようだった。
「彼は閉鎖された空間に置いて人々は権威者による命令に従ってしまう。人々の権威への服従の心理を研究したの」
これで大分、確信が持てるようになってきた。やっぱりこの一連の検証実験はあの本の順番で行われている。本には『ミルグラムの服従実験』と書かれていたけれど、実験というもののタイトルは実験を行った人から名付けられたり、実験の対象を用いて名付けられたりする。
恐らくアイツやフローラちゃんの言う『アイヒマン実験』と『ミルグラムの服従実験』は同一の物で、その別称ということになるのだろう。
少しだけ間があいて、フローラちゃんの背景が今度は実験室になった。一つの部屋に、人が三人。まさに後ろのモニターに映し出されている20人と同じ状況だった。一人は椅子に座って手を拘束されているのだろうか?何かの装置が取り付けられている。もう一人は仕切りの向かいに座り、手前には何かの機器が置かれているようだった。そして、最後の一人は偉そうにふんぞり返っている。
「これから被験者には偽りの実験をしてもらうことになるの」
「偽りの実験?」
そういえばアイツもこれから僕らには本当の実験の概要を説明すると言っていた。偽りの実験。本当の実験概要。いったい、どういうことなんだろうか?これからアイツらは僕らに何を見せようと言うのだろうか。
「こらから先生役には生徒役に記憶力に関する実験を行ってもらいます」
記憶力に関する実験?さっきは服従心に関するものだと言っていたのに。記憶力と服従心に関係が有るようには思えない。
「これから生徒役に与えられるのは『連合学習課題』と呼ばれるもので、ある単語二つが次々に提示されて、それに対する問いに答える。という簡単なものです。
もし間違えた場合には罰として電気ショックが与えられます。これは始めは人体に影響のない弱い刺激ですが、不正解が続くとどんどん電圧が高くなり最終的には450ボルト、人命にも影響が出るとても強い刺激となります」
電気ショック。もう、その単語を耳にするだけで大上先生や小野さんの姿が思い浮かんでしまう。僕らはすでにアイツによって消えないトラウマを植えつけられていたのだ。
「実験の前に先生役には45ボルトの電気ショックを体験してもらいます。これは痛みがありますが、人体への影響はありません。
そして、先生役には特別な報酬が用意してあります」
「だけど、ここにいる皆には内緒だよーん!!」
先生役への特別な報酬?いったい。でも、なにかしら誰かが不利になるものに決まっている。ただの報酬などアイツが僕らに与えるわけはないのだから。
「この実験で最も大切なルールを見学者の君たちにだけお話しします。ですが、私の出番はここまで、ごきげんよう」
「ばいばい、フローラちゃん!それじゃあ、ボタンをぽちっとなー」
マスコットがいつの間にか手にしていた450ボルトと書かれたボタンを、楽しそうに押した。
「え、うそでしょ?」
マスコットは満面の笑みだった。次の瞬間、フローラちゃんの可愛らしい声からは想像もできない断末魔が響きわたった。
「きぃやああああああああああああああああああああああああああ…………
ああ…………あ……………………」
フローラちゃんの顔が醜く歪み絶叫しながら息絶え、そして画面はアイツの部屋へと切り替わる。
「可愛いアニメは楽しんで頂けたかな?」
原田さんは目を覆い隠していた。それほどまでにリアルでショッキングな演出だった。こんな後味の悪いアニメがあるなんて。
「この実験では電気ショックの痛みに耐えかねて生徒役が命乞いをすることが強く予想される。そこで、この大事なルールだ」
わずかに光がある左手を前に出して、アイツは指を親指以外4本伸ばした。
「----4回だ。
生徒役の実験中止の懇願に先生役である人が実験の中止を申し出た時、白仮面は彼らに継続しなさいと4度まで言う。4度継続を強いられて尚、実験の中止を申し出た時この実験は終了する」
実験の中止!?その明確なルールを・・・・・・アイツが提示している。いったい何を考えている?何を企んでいるのだろうか。
「要するに。この実験においてペアとなった二人が助かる方法は、この生徒役の実験中止の懇願に対し権威者の命令に先生役が4度抗うこと以外にはない。ということだ」
今確かにアイツは言った。二人が助かる方法があるのだと明言した。今までで初めて希望があるのだと思えた。気になるのは先生役に対してのみ伝えられた報酬だけれど、きっと皆怖くなって電気ショックを止めるに決まっている。僕らの中に「アイヒマン」 と同じ残酷な人間なんて居ないって証明してくれるはずだ。
「さぁ、ケンショウを始めましょう…………」
人の中の善意・悪意すら実験の対象にして弄ぼうとするアイツの思い通りになんてならない。そんな希望的観測は僕らの、当事者ではない人間の浅はかな夢物語であったことを僕らは実験を見届けてから知ることになるのだった。
身体をがたがたと乱暴に揺さぶられる。僕は朦朧とした意識の中で、そうして無理矢理に目を覚まされた。
「なんかオカシイ!見ろ」 慌てる春馬の声に、ただごとではないと感じ取り僕は目を擦って、ぼやける視界でその空間を見渡した。あれ・・・・・・?なんだこれ。僕は辺りを見渡した瞬間に言い知れない不安を感じた。その正体がなんだったのかはすぐには分からなかったが、後に明確に判明する。
「え、たったこれだけ?」
これまでの密室より更に小さな窮屈ささえ感じる広さの密室。造りはこれまでと同じで、暗幕の様な物は見られないから、恐らく二回目の実験の見学をした部屋を一回り小さくした感じだろうか。その部屋の中に、僕と僕を起こしてくれた春馬。それに、亮二に委員長、原田さん、中澤さん、佐野くん、雨宮さん、仁科くん、田口くんに土井垣くん。
小池っちがいない…………それに寺井くんと、あんな状態の眞木さんまで。
「この部屋にいたのはこの11人だけだ。残りの20人が居ない」
「なっ…………それじゃあ」
可能性は二つ。僕ら11人が実験対象となるのか、もしくは残りの20人が実験対象になるのかだ。そして、これまでの傾向こらしてそれはきっと・・・・・・
「・・・・・・今までのことを考えるとこっちが危ないな」 春馬はそう言う。僕も同じ事を考えていたので、頷いてその意見に賛同する。
これまでアイツはどういうわけか少人数を対象にしてきた。一回目『パブロフの犬』では野比先生の一人。二回目『ブアメードの血』では眞木さん、中村さん、堀田くんの三人。もし、何かしらの理由で少しずつ人数を増やしているのだとしたら20人の団体よりも、こっちの11人のグループになるのではと考えることは自然だった。
「おい、根暗」 すると急に佐野くんが声をかけてきた。
「なに?」
「お前、昨日トイレで何してた?」
「えっ!?」 別に何も悪いことはしていないのに、いや少し後ろめたいことはしていたのだけれど。僕は心臓が激しく脈打つのを感じた。声が少し震えてしまっていた。
「何ってトイレでトイレ以外になにするって言うの?」
佐野くんは睨み付ける目を逸らさない。いつのまにかこの部屋にいた皆の視線は僕と佐野くんのやり取りに集まっていた。
「トイレットペーパー」
「え?」
トイレットペーパーがなんだっていうんだ?
「お前がトイレに入ってた時間は小便にしては長すぎた。ならクソでもしてたのかもしれねぇが、お前は水は流したくせにトイレットペーパーは使ってなかった」
確かに僕はトイレをしていない。昨日のトイレではあの本を読んでいたからだ。きっと取調べとかで不利になる人って言うのは今の僕の様な思考で言葉を選んでしまうのだろうと感じた。
「なんでトイレットペーパーを使っていないって分かるのさ?」 僕は震える声でそう聴いた。佐野くんは不敵に笑っていた。何がおかしいんだ?
「あのトイレットペーパーな。折ったのオレ達なんだよ」
佐野くんが田口くんを親指で指差す。田口くんも笑っていた。
「誰かがトイレに行く度にオレらのグループで決めたトイレットペーパーの折り方をしていた。
昨日はカレーのせいでトイレラッシュがあって苦労したけど、オレらは順番に割って入るのは簡単だからな」
つまり、こういうことか。佐野くんは初めからかは分からないけれど、このクラスにアイツにつながる怪しいやつがいると踏んでいた。そして、あの密閉されて多くの視線が集まる教室の中で唯一自分の思うように動くことができるのがトイレ。
「おい、お前…………アイツの仲間か?」
そのトイレの中で怪しい行動をした人物に疑いをかけるつもりだったんだ。そして、僕が昨日たまたま該当してしまった。
「え、藍斗…………お前」 真っ先にその言葉に反応をしたのは春馬だった。僕は春馬の、親友のそのもっともな反応に動揺してしまう。
「春馬!?僕を疑うのか!?」
そして遅れて気づくのだった。いや、気付くのが遅すぎたんだ。僕を見る皆の視線は今までのクラスメイトを見る目ではなく、犯罪者を見るかのような目になっていたのだから。焦りで言葉が出ない。自分の口なのに、思うように言葉を発することができないもどかしさに、少しだけ涙が溜まっていた。
「僕は!僕は…………」
すると委員長が立ち上がる。そして提案をするのだった。その表情は真剣そのもので有無を言わさぬ凄みがあった。
「クラスメイトを疑うのは心苦しいが、こんな状況だ。もし佐野くんの言葉が真実なら、上杉くんには昨日の夜のトイレで何をしていたのかを話す義務がある」
どうする?どう答えればいい?ここで本当のことを言ったら疑いが晴れるのか・・・・・・?いや。
「…………」
いや・・・・・・皆の視線はもう僕をアイツの共犯者あるいは協力者だと決めつけているようだ。この状態であの本の話をしたら、逆の立場なら僕もそいつを共犯者であると決定付けてしまうだろう。僕は無意識に原田さんを見た。それは、これまで見たことのないような鋭い視線だった。そう、まさに親友の敵に向けられる憎悪の視線そのものだった。
「違う…………僕は」 呟く声も虚しく、僕はゆっくりと春馬を見る。春馬はまだ断定はしていないのだろうか、僕の視線に合わせようとしていることがうかがえた。でも、これまで一振れもしたことがなかった春馬の僕への信頼が薄れていることは確かに伝わってきた。
「昨日、僕は…………」
ここで僕の取れる選択肢は3つだった。「真実を話すか」、「嘘を話すか」、そして・・・・・・
「僕は・・・・・・そう、佐野くん君と同じ事を考えてたていたんだ」
「オレと同じ事を考えてただ?」
「僕もこのケンショウ学級の中でアイツの正体を探らなければならないと感じていた。
このままではきっと、僕たちはアイツの言っていた一月なんてもたずに殺されてしまうかもしれないから」
「真実を織り混ぜながら核心のみを嘘で塗り替える」こと。僕は三番目の選択肢を選んだ。
…………あぁ、なんて遣りきれない作業だろうか。
「で、それとトイレに籠ることと何がどう繋がるんだ?」
特に確信があるわけではない、でもまだ誰にもあの本のことは知られてはいけないと感じていた。だから僕はでき得る限りの平静を装いながら、答える。
「独りになりたかった。あの教室では目を背けたくなることが多すぎるから。確信の持てない考え事なんてする気になれないだろう?」
とりあえず、今はきっと何をどうしても疑いが晴れることはない。ここでの最善解は、皆の疑いを確信から疑心にまでスケールダウンさせることだ。自分で考えていて悲しくなるような作業だけれど。
「水を流してトイレをしていたフリをしたのは?」 仁科くんからの質問。皆の視線がつらい。
「水流さない方が不自然でしょ?それ以上の理由はないよ」
そう。物証がこの場にはない限り、僕の疑いが確定することもない。そして、例え何があっても疑いの目を一度向けられた僕の疑いを晴らす方法は、今はまだない。
「・・・・・・ふん。だが、お前が怪しいことには変わらない。もし、お前がアイツと繋がってると分かったらオレは躊躇なく殺すぞ」 佐野くんのその言葉が中学二年生のはったりではないことは痛いほどに伝わった。僕は冷や汗をかいていた。もしも疑いが確定されるようなことがあれば、彼はきっと自分の中の正義の元に僕を本当に殺すのだろう。
「うん、そうならないことを・・・・・・祈るよ」 僕は本心でそう思いながら応え、頭の中ではずっとあの本とそして残された赤いメッセージをいつ皆に伝えるべきかを考えていた。早ければ尚疑われて、遅かったら例え無実だとしても皆の中で疑心が確信に変わってしまう。あぁ、やるせない。
「はいは~い、諸君。なんだか楽しいことになってるけど、授業が始まるよ」
僕の背中越しのモニターが点いて、アイツが悠々と現れた。依然としてあの小部屋は薄暗く、その表情すら伺うことができない。アイツはいつになったら顔を出すのだろうか。
「さぁ、今回行う検証は…………」
そうだ、皆からの疑いが向けられて少しだけ、僕らの立場を忘れてかけていた。アイツの協力者だと疑おうと、疑われようとも僕らはアイツのモルモットに過ぎないのだ。
「ーー『アイヒマン実験』だ」
え・・・・・・『アイヒマン実験』?あの本の順番通りであれば次は『ミルグラムの実験』と書かれていた。まさか、これまでの実験がたまたまあの本の内容に則していただけで、本当は関係ないのか?
「今回の実験は二人一組になって行ってもらう」
「え、てことは…………」
「田口くん回転が早いですね。そう、ここにいる君たちは11人の奇数だ。二人一組にはなれない」
じゃあ、今回は残りの20人が彼検体になったということなのか。「良かった」 ……え?良かった?僕は今「良かった」 と思いその言葉を無意識にも発したのか?20人が命の危機にさらされるかもしれないのに、自分は直接的な当事者ではないということに安心して、「良かった」 と喜んでしまったのか?だとしたら僕はなんて醜い。
そうか、これがこの部屋に来て初めに感じた不安の正体だったんだ。自分がこの環境の中で、他人よりも自分の命を安全を優先してしまう醜さに溺れてしまうことへの不安に。だとしたらきっとそれは僕だけではない、今までの尋問だって皆の心をどうにか保つ為に僕を犠牲にする儀式の一つだったんだ。
「今回も厳正なるくじ引きの元に彼検者とペアを決定しました。ではモニターを見ていきましょうか。今回は四分割したモニターを五台用意しています」
実験はどんどん進められていく・・・・・・まったく。自分への嫌悪感を抱くだけの時間もないな。それが今の僕にとって悪いことなのか、良いことなのかは判断が付かなかったのだけれど。
モニター越しにアイツが後ろを指差したので、僕らが後ろに振り返るとモニターが点いた。五台のモニターに20人10組がそれぞれ写っていた。
「なぁ、おい」 佐野くんが何かに気付いて田口くんに耳打ちをする。
「…………確かに。おかしいよ、たっちん」
田口くんの言葉に皆が振り返った。
「何がおかしいんだ?」 そう委員長が聞く。佐野くんはそれぞれのモニターを指差して言うのだった。
「モニターの中にそれぞれ、クラスの奴らと白仮面が写っている。てことはだ、白仮面は現時点で少なくとも10人はいるってことだろ?」
「いったい、こいつらの仲間がどれだけいるっていうんだ?」
ますます謎めいていく。この時点でもうアイツが単独犯である確率はかなり低いんだろう。でも、だからといってこんな残忍な実験に、アイツに賛同する協力者がここまで多いのかと言われるとそれもまた疑問が残る。
中学生を実験対象にして、いとも簡単に命すら奪う。そんな検証実験に賛同するような人がどれだけいるんだろうか。
「なぁ、お前らの仲間は何人いるんだ?」 佐野くんはそれをアイツにではなく僕に聞いてきた。
「分からない。僕がアイツらの仲間がどれだけいるのか知りたいくらいだよ」
「ふん・・・・・・」 そう言って一瞥して佐野くんはアイツが映るモニターに目を戻した。
「さて、これから行う『アイヒマン実験』について見学検証の君たちには、本当の実験概要についても説明しておく必要がある。
引き続きこちらのモニターに注目していてください」
アイツの映っていたモニターが切り替わる。するといきなりアニメーションが流れ出した。
「よく分かる!アイヒマン実験~~!」
ブロンドに三つ編みの少女のキャラクター。3等身ほどのデフォルメされた教育番組にでも出てきそうな可愛らしい女の子だ。背景は小学生が描いたような花畑が見える。
「この実験は歴史的大事件が背景にあるってことは良い子の皆は知っているかな?
そう、アドルフ・ヒトラーによるユダヤ人大虐殺のことだね!」
明るい声、湾曲した線一つで描かれた笑い口。その見た目とは裏腹に内容は惨たらしく、違和感しか感じられないアニメだった。
「実験の名前ともなっている人はヒトラーの行ったナチス政権の「ユダヤ人問題の最終的解決」に関与した重要人物よ」
「これぞ、悪魔!人間とは思えないね、フローラちゃん!!」
更に急に現れたマスコットキャラクター。そのキャラクターの登場によってようやく少女の名前が判明した。どうやら女の子の名前はフローラちゃんだったようだ。亮二をふと見ると「構成が成ってないな・・・・・・」 とぼそりと批評をしていた。こんな環境でもアニオタがぶれないな。
「なんかあのキャラクター気味悪いな」
「よく見るとあれ人の首じゃない?」
ネコの様なキャラクターだが、体は斑模様になっていた。目を凝らすと、そこには無数の首が描かれていた。それも、一人一人違う顔、表情は苦悶し恐怖に苛まれるような歪んでいた。
「ユダヤ人問題の最終解決では約600万人ものユダヤ人が様々な方法で虐殺されてしまったの」
「虐殺!虐殺!あははははー」
「そして、その数多くのユダヤ人達を収容所へと移送する時の指揮官として先頭に立っていたのが、この「アイヒマン」という人物なの」
アイヒマンの肖像画からは、肖像画特有の印象ではなく、確かな冷徹さを感じた。社会の教科書でも扱われていたユダヤ人大虐殺。でも、本当に小さく書かれていただけで授業ではそんな残酷な政権が存在したのだということを紹介するだけだった。
「皆は戦犯て言葉は知っているかな?そう、戦争犯罪人のことだね」
「戦犯!戦犯!!きゃははははー」
「戦犯とは『戦時国際法』に違反した主に指揮官を呼ぶ言葉のことなの。アイヒマンは600万人の命を奪った収容所の最前線の指揮官として戦犯になり、裁判にかけられることになったのよ」
フローラちゃんとマスコットの後ろの花畑が戦火に包まれて、そして場面が切り替わった。花畑から一転して寒々しい密閉空間。収容所だろうか?まるで、この密室のような暗く寂しい部屋に切り替わる。
「その中で彼は最終的に自らの責任を認めるまでの間何て言っていたと思う?
本当ならそれほどまでの人々の命を奪ったのだから謝罪や自責の言葉があってもいいものよね」
「ごめんなさいー!ハンセイしてますー!まことに遺憾でございますー!
きゃははははー」
「彼は本当に最後の最後。死刑判決が下るその寸前まで「私は命令に従ったまでだ」と、自分には責任がなかったと言い張っていたの。それも表情一つ変えずにね」
「きゃははははー。鬼だね!悪魔だね!さいっこうにファンキーでクレイジーだねぇ!!」
600万人もの人の命を奪って、自分に責任がないという。普通に考えて信じられない。でも、そのアイヒマンと言う人物とこれから行われる実験とどんな関係があるのだろうか。
「この事件で注目されたのは、アイヒマンの「私は命令に従ったまでだ」 という、司令官という上からの命令への服従心についてだったの。
果たしてこの服従心による責任逃れはアイヒマンという人物だけのものなのか?もしかしたら善良な市民と言える一般の人びとでも、特定の状況においてアイヒマンとなり得るのではないか?そこに研究者達は注目したのね」
「は~い、わたしもー、あなたもーーアイヒマン!きゃははははー」
僕らがこのアイヒマンになり得る?人を殺して償いもせず、命令だからだと表情変えずに言い放つ残酷な人間になり得るなんて、そんなことあるわけがない。そう思いたいのに、胃が重たくなるこの嫌な感覚を振り払うことができないのは、僕の中にもやはり・・・・・・
「その疑問を持ち実験によって解明しようとしたのが、「ミルグラム」と言う学者だったの」
「…………ミルグラムだって!?」 僕は思わずそう口にしていた。幸いなことに皆はモニターに集中していて誰にも聞かれてはいないようだった。
「彼は閉鎖された空間に置いて人々は権威者による命令に従ってしまう。人々の権威への服従の心理を研究したの」
これで大分、確信が持てるようになってきた。やっぱりこの一連の検証実験はあの本の順番で行われている。本には『ミルグラムの服従実験』と書かれていたけれど、実験というもののタイトルは実験を行った人から名付けられたり、実験の対象を用いて名付けられたりする。
恐らくアイツやフローラちゃんの言う『アイヒマン実験』と『ミルグラムの服従実験』は同一の物で、その別称ということになるのだろう。
少しだけ間があいて、フローラちゃんの背景が今度は実験室になった。一つの部屋に、人が三人。まさに後ろのモニターに映し出されている20人と同じ状況だった。一人は椅子に座って手を拘束されているのだろうか?何かの装置が取り付けられている。もう一人は仕切りの向かいに座り、手前には何かの機器が置かれているようだった。そして、最後の一人は偉そうにふんぞり返っている。
「これから被験者には偽りの実験をしてもらうことになるの」
「偽りの実験?」
そういえばアイツもこれから僕らには本当の実験の概要を説明すると言っていた。偽りの実験。本当の実験概要。いったい、どういうことなんだろうか?これからアイツらは僕らに何を見せようと言うのだろうか。
「こらから先生役には生徒役に記憶力に関する実験を行ってもらいます」
記憶力に関する実験?さっきは服従心に関するものだと言っていたのに。記憶力と服従心に関係が有るようには思えない。
「これから生徒役に与えられるのは『連合学習課題』と呼ばれるもので、ある単語二つが次々に提示されて、それに対する問いに答える。という簡単なものです。
もし間違えた場合には罰として電気ショックが与えられます。これは始めは人体に影響のない弱い刺激ですが、不正解が続くとどんどん電圧が高くなり最終的には450ボルト、人命にも影響が出るとても強い刺激となります」
電気ショック。もう、その単語を耳にするだけで大上先生や小野さんの姿が思い浮かんでしまう。僕らはすでにアイツによって消えないトラウマを植えつけられていたのだ。
「実験の前に先生役には45ボルトの電気ショックを体験してもらいます。これは痛みがありますが、人体への影響はありません。
そして、先生役には特別な報酬が用意してあります」
「だけど、ここにいる皆には内緒だよーん!!」
先生役への特別な報酬?いったい。でも、なにかしら誰かが不利になるものに決まっている。ただの報酬などアイツが僕らに与えるわけはないのだから。
「この実験で最も大切なルールを見学者の君たちにだけお話しします。ですが、私の出番はここまで、ごきげんよう」
「ばいばい、フローラちゃん!それじゃあ、ボタンをぽちっとなー」
マスコットがいつの間にか手にしていた450ボルトと書かれたボタンを、楽しそうに押した。
「え、うそでしょ?」
マスコットは満面の笑みだった。次の瞬間、フローラちゃんの可愛らしい声からは想像もできない断末魔が響きわたった。
「きぃやああああああああああああああああああああああああああ…………
ああ…………あ……………………」
フローラちゃんの顔が醜く歪み絶叫しながら息絶え、そして画面はアイツの部屋へと切り替わる。
「可愛いアニメは楽しんで頂けたかな?」
原田さんは目を覆い隠していた。それほどまでにリアルでショッキングな演出だった。こんな後味の悪いアニメがあるなんて。
「この実験では電気ショックの痛みに耐えかねて生徒役が命乞いをすることが強く予想される。そこで、この大事なルールだ」
わずかに光がある左手を前に出して、アイツは指を親指以外4本伸ばした。
「----4回だ。
生徒役の実験中止の懇願に先生役である人が実験の中止を申し出た時、白仮面は彼らに継続しなさいと4度まで言う。4度継続を強いられて尚、実験の中止を申し出た時この実験は終了する」
実験の中止!?その明確なルールを・・・・・・アイツが提示している。いったい何を考えている?何を企んでいるのだろうか。
「要するに。この実験においてペアとなった二人が助かる方法は、この生徒役の実験中止の懇願に対し権威者の命令に先生役が4度抗うこと以外にはない。ということだ」
今確かにアイツは言った。二人が助かる方法があるのだと明言した。今までで初めて希望があるのだと思えた。気になるのは先生役に対してのみ伝えられた報酬だけれど、きっと皆怖くなって電気ショックを止めるに決まっている。僕らの中に「アイヒマン」 と同じ残酷な人間なんて居ないって証明してくれるはずだ。
「さぁ、ケンショウを始めましょう…………」
人の中の善意・悪意すら実験の対象にして弄ぼうとするアイツの思い通りになんてならない。そんな希望的観測は僕らの、当事者ではない人間の浅はかな夢物語であったことを僕らは実験を見届けてから知ることになるのだった。
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