願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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06. あの日あの場所で、君は

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 夢も見ないほどの深い眠りから浮上し、うっすら目を開ける。まだ日は昇りきっておらず、あたりは薄暗い。

 隣にあるはずの温もりを探そうと手を彷徨わせ、シーツが冷たいことに驚いて顔を上げると、ノックスは背を向けるようにしてベッドに腰かけていた。


「……ノックス?」
「ん、どうした? もう目が覚めたのか? 疲れただろう、もう少し眠るといい」
「うん、でも……」


 たしかに、体が重くて指一本動かすのも億劫だけれど、ノックスともっと話がしたい。
 ただ、頭がクリアになったことで一気に押し寄せてきた羞恥心が邪魔をする。
 熱い顔を手で覆い、昨夜の出来事を思い返し……そしてサーッと血の気が引いていった。


「っアンナ!!」


 勢いよくベッドから飛び出そうとするも、体にまったく力が入らず、ずるりと手が滑る。
 目前に床が迫り反射的に目を瞑ったそのとき、ノックスの逞しい腕が素早くお腹に回った。


「おい、随分じゃじゃ馬だな」
「ご、ごめんなさい。でも、アンナが……」
「あんたの侍女なら無事だ。親父が匿ってるからあとで合流しよう」
「本当!? よかった……本当にありがとう」


 ノックス曰く、アンナは「グレゴール王子の腰巾着」に襲われかけたものの、彼の仲間にすぐ助けられたらしい。
 香も使われていないし触れられてもいないと聞いて、張り詰めていた気持ちが緩むと同時に、血の気が戻って一気に脱力した。


「取り敢えず水でも飲め。喉がガラガラだぞ。って、しまった、水は俺が……」


 テーブルを振り返ったノックスは、空っぽだったはずの水差しに水が満たされているのを見て固まり、がしがしと頭を掻いてから立ち上がる。
 そしてグラスに水を注ぐと、まるで毒味でもするかのように少量を口に含んだ。というか、しばらく様子を見てからそのまま私に差し出したあたり、実際に毒見だったのだろう。

 思えば、ノックスの纏う空気はいつも鋭く、何かを警戒して張り詰めているような印象があった。もしかしたら、普段から毒を警戒しなければならないような立場なのかもしれない。
 とはいえ、私のために毒見をするのはやめて欲しいけれど……


「どうした?」
「あ……ううん、なんでもない」


 不思議そうに顔を覗き込まれて、慌てて水を受け取ろうと手を伸ばす。
 しかし、昨夜体力を使い切ったせいで震える手は、グラスの重みに耐えきれそうになかった。
 それを見たノックスは、サイドテーブルにグラスを置き、私を抱き上げて胡坐をかいた自分の膝に座らせる。


(こ、これ、昨夜の……あのときと同じ体勢……!)


 彼の指で高められていく感覚を思い出し、一気に体温が上がる。
 そんななか顔を横に向けるよう優しく誘導されて、どきどきしながらノックスの顔を見上げると、彼はグラスをそっと私の唇に寄せた。

「ほら、飲め」
「あ、ええ……ありがと…………んっぅ、ゴホッ」

 ノックスがグラスを傾けるのにあわせてこくこくと飲み込んだものの、平静でなかったせいかうまく飲めずにむせてしまう。
 すると、それを見たノックスは一瞬顔を強張らせ、それから苦しそうな表情で私を見つめた。どこか泣きそうにも見える。


「ノックス、どうしたの? どうしてそんな……っ!?」


 眉間にしわを寄せたノックスは、私の戸惑う様子を見ながら水を口に含むと、まるで質問を恐れるかのように性急に唇を重ねてきた。
 注がれる水をこくり、こくりと必死に飲み込む。
 
 胸が締めつけられるような心地になり、唇を割り開く彼の舌をあやすようにくすぐった。
 彼はびくりと反応して舌を引っ込めたけれど、追いかけるように舌を絡める。
 やがて彼は、耐えきれないとでも言うように私を掻き抱いた。


「んっ……」


 口の端から水がこぼれるのも無視して、夢中で舌を絡め合う。
 ざらざらした粘膜を擦り合わせると、ひとつに溶けていくようだった。
 しかし彼は、突然何かを振り切るように離れ、無言のまま私の首元に顔を埋める。
 ノックスはまるで、私に触れることは罪深いことだとでも思っているかのようだ。

 あなたの心が知りたい。何に苦しみ、何を恐れているのか。
 つまり、で何があったのかを――

 
「私ね、あなたと同じ顔をした、セルヴィオという男性の夢を毎日のように見ていたの。私は彼が大好きで……とても幸せな夢だったわ」
「……そうか」
「でも王宮の庭でお茶会をする夢を最後に、彼の夢をまったく見られなくなった。それから毎日、続きが見られますようにって祈りながらベッドに入るの」


 ずっとあれが夢だとは思えなかった。
 こんなにも愛しいのに、この気持ちが錯覚で、セルヴィオがこの世にいないなんて、到底信じられなかった。
 そして、あなたと出会って、あなたに見つめられて確信した。やっぱりあれは夢じゃなかったんだって。

 あなたも私と同じ記憶を持っているんだって。
 
 私を見つめるあなたの目が、そこに宿る熱が、夢の中のあなたと同じだったから。


 目の前にある眼帯の紐をそっとほどく。
 のろのろと顔を上げたノックスの右目はルビー色に変化しており、そこには、かつて輝いていたであろう複雑な紋様が刻まれていた。


「……、あなたが時を戻したのね」


 彼は何も言わず、苦しそうな表情で私の乱れた髪をさらりと耳にかける。
 思わず頬に当たる彼の手のひらに顔を擦り寄せると、彼は青い目から涙を一粒こぼし、再び私の首元に顔を埋めてぽつりと呟いた。


「……夢の続きを見られないのは当然だ。あの日あの場所で、君は……死んだのだから」
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